第2話「変哲もない会話」

『ノーネーム』の彼らは全員出身も違えば、文化も過ごしてきた時間も違います。

荒れた人生を送った者、偽りの平穏な日々から真実を求めた者、路頭に迷う者と様々。

そんな彼らがこうして集まっているのは、ちょっとした縁があるから。



時間は朝11時頃。

休日だから、基本昼食は遅めで、オマケに今朝の任務でほとんどが身を休めている。今頃ベッドで寝ているだろう。

だが、成長盛りな少年の相手を誰もしない訳ではない。そういう子こそ、楽しませなければならない。

「ルナ姉?何か考えてた?」

暁月は私の膝に頭を置き、寝転んでいる。

私達は家から出て南の山の頂上、そこにある木々に囲まれた小さな平原で、木に背を預けていた。

傍らには小さな籠を置いてある。

「そうだな、他が眠っているからお前は暇だろうと思ってな」

「そうなんだよねぇ~、ルナ姉が起きてくれてて嬉しいよ。ルナ姉は眠くない?」

「あぁ、私の事はいい」

暁月の頭を撫でる。

暗い茶色で長い髪は、一見女の子のようで、顔も少々中性的で性別は分かりにくいが男の子だ。

しかしこの髪も最近伸びない。

成長が止まってるという訳では無いが、この髪を見ると感慨深いものがある。

美雪や光も長髪ではあるが……これとは違う。

「ルナ姉も髪綺麗だよね~良いな~。僕もそんな色になってみたい」

私がやけに髪を触っていたから、何を考えているか分かったのか、そんな事を言い出した。

「そうか?」

「だってお日様に当たったら光沢もあって綺麗な色で、お月様に当たったらキラキラ輝く綺麗な色だよ?なんかカッコイイ!」

そう言って、私の銀色の髪を軽くつまんで眺める。

「そうか、ありがとう。でもお前はこのままの髪色の方が似合うと思うぞ」

「うーん、どうなんだろうねぇ?ルナ姉、今度髪染め『駄目だ』」

暁月の言葉を割ってはいる。

「前にも言ったろう。髪は痛むし元の色素に戻りにくい。そのままでいい」

「むー……」

暁月は聞き分けが良い。

オマケに素直で怒りもしない。

注意したらしっかり守るし、何度も注意する時はあまりない。

少し間が空くと、暁月は私の髪を弄り出した。

口も半開きにして、目は熱心に触っている部分を見ている。

こういう時は私はじっとしている。

興味を持って集中しているのを乱す訳にもいけないし、私も悪い気はしないから止めない。


3分程度触っていると、暁月は伸ばしていた腕を引っ込めて『ふぅ』と息を吐き出した。

そこから会話は途切れた。

聞こえるのは鳥が羽ばたく音や風に木々が煽られ揺れる音だけで、静かというより自然そのものの音で聞いていて心地良い。

それが耳を癒し、心を癒す。

この癒しが長く続いた。


いつの間にか時間が経った。

すると突然暁月から溜め息が零れた。

「どうした、暁月」

「いやぁ、いつになったら僕も《罪》を使えるようになるかなって」

「そんな事か。何、使えなくても私が教えている技達を使えばそれ以上の利益を得れるぞ」

暁月は体を起こして、私と対面になった。

「あれは不可能に近いよ!!」

「それは認める。だが便利だろう?」

「うーん……」



【罪の炎】

暁月の言う《罪》とは《罪の炎》と呼ばれるもの。

それらは、「憤怒」「嫉妬」「傲慢」「強欲」「色欲」「怠惰」「暴食」がある。

俗に言う「七つの大罪」に該当する罪達。

その炎には個々に特性と能力が存在し、該当する罪が性格に影響を及ぼすこともある。

この罪達は宿主の左眼に宿り、その力を酷使する事が出来る。

そして、それらを宿しているのがここに居る『ノーネーム』だ。

"傲慢"はアウロラ=イグニス

"強欲"は逆浪 光

"怠惰"は十六夜 夜冬

"暴食"は沙慈 ユウト

"嫉妬"は私

"憤怒"は暁月 夜桜

しかし、今現在"色欲"が存在しない。



15年前には居たが、今は所在も分からない。

美雪は《罪の炎》を宿してはいないが、逆浪と共に居る為『ノーネーム』に入っている。

そして、この7つ以外にもあと2つ別の罪がある。

それは……

「ルナ姉~?また固まってるよ」

暁月はまた寝転んで、顔をこちらに向けていた。

「ん…とりあえず、『罪』は使えなくても構わないって事だ。お前は十分強い」

「うーん…ルナ姉が言うなら良いかな」

「あぁ、私が言うんだ。それで良い」

再び暁月の頭を撫でて、少しでもリラックスさせる。あと10数分で暁月が起きている時間は52時間に到達する。

3年前ほどから暁月の睡眠は狂っていた。2日3日起きているなんて普通だった。

酷い時は1週間起き続けていた。

オマケに自分で眠気を感じず、自分から眠る事をしない。

極力リラックスした状態で眠気を誘発させないと、深い眠りに堕ちない。

しかし、眠ればあらゆる神経と感覚を切り離すので、体の疲労も急速に回復し、眠りを妨げられる事もなく熟睡し、7時間程度で全てが万全になる。

だから私は眠らせる為に、いつもこうやって膝枕をしてやっている。


「ルナ姉、ここの桜もう全部散っちゃったね」

「あぁ、今年も短いな」

この頂上の周りには桜と呼ばれる木が生えている。

春になるとここら辺は薄桃色の花でこの平原を彩り、そして散ってゆく。

今はもう新緑の葉に変わり、薄桃色の気配は無い。

「夜にここに来て、桜見れないのか…寂しいな~」

「普段は空を見上げてるからな、ある意味珍しいから楽しいだろう?」

「特定の時期だけだからね、はぁ…常に咲いてくれないかな…」

「散るからこそ、稀に見るものだからこそ、価値と意味がある。常にあってはいつかは飽きが来る」

「そっか…」

「あぁ、また来年には真新しく見えてくるだろう。咲き方は一定じゃない。毎年全部違うからな」

「ルナ姉は今まで見た中で1番どの年が綺麗だった?」

……難しい質問をされた。

私はそういう感覚には少し疎いのだ。

「そうだな、毎年毎年が綺麗だ。咲き方が一定じゃないとは言ったが、私には分からない。知人がそれを教えてくれた」

「そうなの?その知人さんは桜が好きなんだね!会って色々桜の話聞きたいなぁ…」

「あぁ、またここに訪れる事があればな」


太陽が真上に昇り、木達の影を移動させて、私達を日の下から隠す。

そして木漏れ日が私達を僅かに照らす。

「もう昼だな」

「早いねぇー」

傍らに置いていた小さな籠を暁月の目の前に置く。

「昼ご飯だ。食べるなら座って食えよ」

「ルナ姉の手作り?」

「一応な。軽く調理しただけだから雑だがな」

暁月は勢いよくと起き上がり、籠に掛かっていた布を捲った。

「サンドイッチだ…チーズとレタスとベーコンを挟んであるのかな?」

「他にもあるだろう、好きなものを選んで沢山食べるといい」

「ほんとだ、下にもある。ありがとうルナ姉!頂きます!」

籠には二段重ねでサンドイッチを詰め込んである。

上段はチーズとレタスとベーコンの組み合わせ。

下段にはハムと卵焼きの組み合わせ、ホイップクリームと餡子と苺の組み合わせで入ってる。

雑ではあるが、3種類もあれば腹の足しにはなるだろう。

暁月は好き嫌いせずよく食べる。

それでいて美味しそうに食べる。

いつも料理してくれている光や美雪も感心している。

成長盛りだから、ほんとに良く背も伸びる。

暁月の身長は167cm、最近15歳になったばかりだが集落の同い歳と比べると大きい。

もう私より背が高いと思うと、感慨深いものがある。

「ルナ姉は食べないの?」

口の中のものを飲み込んでから、そう言った。

「いや、先に好きなだけ食べるといい。残ったならそれを食べる」

「むー…」

すると、暁月は下段にある甘いものが挟まったサンドイッチを渡してきた。

「ルナ姉、甘いもの好きでしょ?僕が全部食べちゃうかもしれないよ?あと、ルナ姉と一緒に食べたい」

そう、私は見た目に反して甘いものが好みだ。

そうなった原因は暁月なんだが。

「あぁ…じゃあ1つ貰おう」


そうして私は──

下段のサンドイッチを喰らい尽くしてしまった。

「悪い…暁月。1つだけと言ったのに、全部食ってしまった」

「ははは、ルナ姉1つ食べると追加で食べようとするからね~。大食いなルナ姉」

暁月はニコニコと笑う。

私は頭を抱えて、ため息をつく。

「ルナ姉?頭痛いの?」

笑顔から心配する顔に違和感無く変わる。

表情が豊富なのも暁月の良い所だ。

「…大丈夫だ。ただ反省しただけだからな」

「?」

言葉の意味がよく分からず、暁月は首を傾げる。

「大丈夫なら良いや!ごちそうさま、ルナ姉。美味しかったよ!」

「あぁ」

昼食を終えた昼下がり、私達は木の影の下で他愛ない話をし続けた。

そう…

それがこの子にとって、1番平穏な時間だ。

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