第1302話 クール秘書さん。今日も学園長は大変です。




 私は学園長のメイド兼秘書のコレットと申します。


 学園長は大丈夫でしょうか? 最近根を詰めすぎている様子で、とても心配です。


 おっと、また報告が上がってきました。


「学園長」


「おお、コレット君。なんじゃ? お茶が入ったのかね?」


「現実は無情でございます。〈エデン〉が〈氷ダン〉を攻略したとのことです」


「……ほ?」


「〈エデン〉が〈氷ダン〉を攻略したとのことです」


「…………」


 一度では現実を直視できなかったご様子の学園長に再度現実を教えてあげました。

 すると学園長の開いた口は、見事に閉じてしまったのです。


 ―――〈氷ダン〉攻略。

 それは上級下位ジョーカーの中でも越えられぬ壁とも言われているランク7以降のダンジョンの1つです。攻略されたなんて話はそれこそお伽話。500年前の勇者物語くらいでしょう。それを学生が攻略してしまったのです。これはとんでもないことです。


「待ってほしいの。ごほん、少し落ち着こう。……えー、ゼフィルス君はつい先日まで先生方が〈島ダン〉や〈夜ダン〉でレベル上げをする手助けをしていなかったかね?」


「それは先週終わったではないですか」


「その翌週には〈氷ダン〉を攻略してしまったということじゃぞ!?」


 ええそうですね。こんなことをするのはゼフィルスさんしかおりません。

 ですが、攻略してしまった以上報告は必須です。


「学園長。全国に発信の準備を」


「また仕事が増えたわい……」


 最近破竹の勢いで上級ダンジョンを攻略している〈エデン〉は本当に止まりませんね。まさか〈氷ダン〉まで攻略するなんて。

 新しい上級ダンジョンが攻略された場合、速やかに全国へ情報共有をしなければなりません。

 またいろんなところから詳細を求める連絡が届きまくるでしょうね。

 学園長先生の色素がまた抜けたような気がしました。熱いお茶を入れてあげました。



 それからまた少し経ち、ゼフィルスさんはまた新たな大変革だいへんかくを起こそうとしていました。……割といつものことですね。


「今、なんと?」


「はい! 俺たち〈エデン〉は上級中位ダンジョンに潜れるようになりました! なので、上級中位ダンジョンを解放してほしいのです!」


 学園長室には学園長とゼフィルスさんが話し合っており、要望(?)を聞いた学園長が極めて冷静に見える動作で一度熱いお茶を口に含んでおりました。

 ですが私には分かります。あれは内心パニック寸前になっています。驚きすぎて逆になんのリアクションも出せなくなった、あれですね。

 あんな話を持ってこられたらまあこうなりますよね。


「少し待っていておくれゼフィルス君」


「はい?」


 そう言って一時的に離席した学園長は、すぐに「公爵」様しか使えない遠距離通信用アイテム、〈遠距離通信機〉で連絡を取りました。

 誰に連絡したのでしょう?


「ああ、ユーリ王太子。ご無沙汰しておりますじゃ。それで早速本題なんじゃが――」


 あ、察しました。


「――というわけじゃ。どうすればいいと思、え? 許可? ゼフィルス君が学園にいるうちに? うむ? 最上級ダンジョン門まで解放したい? 王太子殿下の許可で?」


 何やら不穏な声が聞こえて来ますね。

 学園長の背中がどんどん煤けていくように見えます。


「うむ。その任、承りましたのじゃ――――ふぅ」


 あ、通信が終わったようです。

 なんとなく聞いてほしそうな背中でしたので、私は問いました。


「学園長、ユーリ殿下はなんと?」


「ゼフィルス君たちの挑戦は出来る限り尊重せよと。もしかすれば伝説の最上級ダンジョンすら攻略できるかもしれないからと。全ては王太子殿下の指示で行なうとのことじゃ」


「最上級……信じがたいですが、あり得そうですね。王太子殿下が積極的に推し進めているという話になれば、もしも最上級ダンジョンが解放された日には歴史に残るでしょう。では?」


「うむ……。上級中位ダンジョンの解放、前向きに進めるぞい」


 そこからは学園長、頑張っていました。一度戻ってゼフィルスさんと再び会談。

 安全を考慮するだけではなく、先生方の説得。他の公式ギルドの方々を集めて会議。

 ……そこでどうやらゼフィルスさんは、上級中位ダンジョンを解放するために先生たちのクエストに乗ったことが判明しました。


 様々なところに根回しして、さらにゼフィルスさんがじゃんじゃん持ってくる上級中位ダンジョンを解放するに当たっての案なども、どんどん取り入れていきました。

 ゼフィルスさんはさすが、理想ではなく現実を見続けているようで、持って来た案も全て現実的なものでした。おかげで上級中位ダンジョンの解放がかなり早まったかもしれませんね。

 ゼフィルスさんの早く早く! という子どものような圧が凄いです。


 ある日のことです。


「学園長、〈エデン〉が〈雷ダン〉に潜り始めました」


「な、なんじゃと!?」


 ゼフィルスさんはジッとしていられない性分らしく、上級中位ダンジョンが解放されるまでの間、とにかく元気にダンジョンに潜っておられます。そして――。


「学園長、〈エデン〉が〈雷ダン〉を攻略して戻ってきたとのことです」


「…………う」


 学園長が胃の辺りを押さえました。胃薬の用意が必要かもしれません。

 ですが、報告はこれだけではないのです。


「あとゼフィルスさんから面会の申し込みがありました。良い装備のレシピが手に入ったとのことです」


「今度はなにを持って来たんじゃ!?」


 ゼフィルスさんが持って来たのは、なんと〈上級乗り物〉のレシピ。

〈クマライダー・バワー〉なる装備のレシピだったのです。

 また学園長のお仕事が大量に増えた瞬間でした。


「学園長」


「……なんじゃ? この感覚、覚えがあるぞい。あまり聞きたくないんじゃが」


「〈エデン〉が〈火口ダン〉の攻略を始めたとのことです」


「……ゼフィルス君、もう少しおとなしく待っておれんのかのう」


 あ、学園長がお腹を押さえながら遠い目をされました。熱ーいお茶をお出ししたら「熱ぁ!?」と悲鳴を上げて現実に戻って来られました。

 学園長、頑張ってください。


 そして、案の定です。


「学園長、〈エデン〉が〈火口ダン〉を攻略して帰ってきました。いろんなところが情報の提供を求めてきております」


「…………」


「学園長?」


「…………ぁぁ」


 声小っさ! これはダメかもしれません。


「な、なんの。まだまだじゃ! 先生方も〈ハンター委員会〉も〈救護委員会〉も頑張っておる! わしも頑張るんじゃ」


 おお! 学園長、自力で復活しました。

 それでこそ学園の長です。


 そこに吉報が舞い込んできました。


「学園長、ゼフィルスさんが届けてくださった〈クマライダー・バワー〉により、先生方や〈救護委員会〉の方々の攻略速度が目覚ましく上がっております。もう数日すれば〈氷ダン〉も攻略できそうだと」


「なんじゃと! それは真か!」


「確かな情報です」


「おお、おおお! 終わりが見えてきたわい」


 希望が見えればやる気も上がります。

 学園長はより一層仕事に集中されました。そこにまた報告です。


「学園長」


「こ、今度はなんじゃコレット君? まさか〈エデン〉が最後の〈亀ダン〉に潜ったのか?」


「いえ、ノーアお嬢様が上級職【革命姫帝王レボリューションエンプレス】に〈上級転職ランクアップ〉したとのことです」


「ほ?」


 あ、学園長が固まられました。もの凄い衝撃で意識が飛んでしまったようです。

 どうしましょう? とりあえず戻ってくるまで待ちます。もしも戻って来ないときは……。


「かはっ! ヒィ……ヒィ……」


 あ、戻って来られました。5分くらいでした。アレを使わないでよかったです。


「今、なんと?」


「お嬢様は順調に前衛の道を究めていっているとのことです。とても楽しそうですとも報告が上がっております」


「そっちにいってほしくはなかったのじゃ」


「もうすぐ上級ダンジョンにも入ダンできそうだとか」


「早い! 〈エデン〉はなんでもかんでも早すぎるのじゃ。ノーアが染まってしまうわい!?」


「もう手遅れかと」


 学園長は末っ子の孫であるノーアお嬢様を大変可愛がっていましたからね。

 だからこそあんなに自由なお嬢様になってしまったのだと思いますが。

 ですが私はあのノーアお嬢様の性格が嫌いではありません。

 とても楽しそうです。

 問題は、クラリス様からの報告にはゼフィルスさんとノーアお嬢様を混ぜたら危険と書かれているのですが、これを学園長にご報告するかどうかですよね。


 ……少し落ち着くまで待ちましょう。



 そしてやっと上級中位ダンジョンの調査団を作る目処が立ったとき、それは起こりました。


「学園長。〈エデン〉が新たな事業〈ダンジョンショップ〉を始めまして、その懇願書がとても多く届いております」


「今度はなにを始めたのじゃ!?」


 これが学園に激震を呼ぶ新たな事業。〈ダンジョンショップ〉の到来でしたね。

 上級中位ダンジョンの調査が目前に迫っていたのに横からいきなりドカンときたもので、しかも調べてみたらとんでもなく素晴らしい事業だというのが発覚して上へ下への大騒ぎ。懇願書がこれでもかというほど届きました。これに学園が絡んでいないというのは面目丸つぶれです。

 絶対に学園も参加しなければならず、学園長は追加の書類にヒィヒィ言いながら対応していました。


 ついに〈エデン〉に出張中のセラミロさんにも手を借りることになったりと、学園も手が追いつかなくなりましたね。

 

 そんな中、ついに学園長はやりました。

 上級中位ダンジョンの調査団を立ち上げ、ついに〈謎室の古跡こせきダンジョン〉へ向かわせたのです。


「や、やりきったわい」


「お疲れ様でした学園長」


 お腹を押さえながらも、充実した達成感に笑顔を浮かべる学園長。

 これでゼフィルスさんは9日間調査でダンジョンに入るため、束の間の平和が約束されます。

 ダンジョンでは学園公式ギルドが見張っているので、ゼフィルスさんがはっちゃけて暴走することはないでしょう。無いと思っていました。


 それが嵐の前の静けさであると知ったのは、ダンジョン週間の最後らへんでした。


「学園長、調査団の報告です」


「うむ。昨日は35層までいったんだったかの。素晴らしいペースじゃ」


「それが、本日は50層まで進んだと」


「……ほ?」


 あ、固まりました。最近、学園長のこんな顔をよく見る気がします。

 そして翌日も。


「学園長。調査団からの報告ですが、今日は65層まで攻略したと」


「…………」


 そして最終日。


「学園長」


「…………」


 学園長はすでに白目寸前でしたが、私はお構いなく告げました。

 告げるしかないのです。許してください学園長。


「〈エデン〉が―――〈謎室の古跡こせきダンジョン〉を攻略・・して帰って来たようです」


「……ガフッ」


「あ、学園長! お気を確かに!」


 ついに学園長が自分の世界に旅立ってしまいました。

 しっかりしてください学園長!

 この後調査団が帰ってきたお祝いとセレモニーがあるんですよ!?


 それにまだ調査が終わったばかりです!

 上級中位ダンジョンを解放するのは、まだこれからですよ!?



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