第935話 Aランク戦前日。準備の進捗は順調すぎる。




〈岩ダン〉を攻略し、そのままLV30まで至った翌日、今日は月曜日だ。

 冬休み期間に突入しているため今日は授業は無し。

 しかし、明日〈拠点落とし〉が始まるとあって授業も無いのに学園全体はあわただしい雰囲気に包まれている。


 学生は準備を万全にすべく駆け回り、レベル上げをしたり買い物をしたりとせわしなく動いていた。つまりは稼ぎ時だ。

 そんな様子を見て、ハンナからこんなことを言われた。


「今は〈エデン店〉閉店しているでしょ? それでセラミロさんから、〈C道〉の先にある空き家のお店を使ってって言われてね。そこで臨時〈エデン店〉をオープンすることになったんだよ」


 セラミロさんは学園から派遣されている〈エデン店〉の売り子さんだ。

 ハンナはこの稼ぎ時に「やっぱりじっとしていられないよ!」と目をミールに変えながら言い、〈マート〉で臨時〈エデン店〉を開こうとしたらしい。

 冗談だ。


 実は学園からハンナが依頼、というかお願いをされたらしい。

 要はハンナのポーションが足りなくなって学生が悲鳴を上げている。なんとかハンナ印のポーションを学生に販売してもらえないかと。

〈エデン店〉を最後に開いたのってテスト前だったからなぁ。


 依頼を受けたハンナがお店を開こうとしたところ。

 臨時のお店を用意してくれたのがセラミロさんだった。


「これは学園からの極めて重要な依頼になりますため、こちらで全て整えさせていただきました」


 と言って即で確保したのがその〈C道〉の先にある空き家だった。

〈C道〉は元々商店街のような並びでギルドハウスがずーっと立ち並んではいるものの、その先には普通のお店たちも並んでいる。その1つをハンナたちが使わせてもらえることになったのだ。


 セラミロさんのご提案をありがたく受け入れ、ハンナたちはそこで昨日から、臨時〈エデン店〉をオープンすることにしたようだ。


 さらにはセラミロさんがどこかから連れて来たメイドさんたちが商品を並べたり売り子をしたりと、お店を手伝ってくれたらしい。

 今日のお店の準備もセラミロさんたちがやっておくとのことで、ハンナは1時間後に店に来てほしいと言われたのだそうだ。


「よく分からないんだけど、それもいっかなって」


 よく分からないものなのにいっかなんだな~。

 そんなことをちょっと思ったが、セラミロさんが動いているということは学園にとって重要なことなのだろうとそのまま任せておいた。


 つまりハンナは今日もセラミロさんが設置した新しいお店で売り子をするとのこと。ただそれだけのことだ。準備とかなんやらとか、色々ツッコミ所満載なのには触れてはいけない。


「頑張ってなハンナ。俺は今日〈嵐ダン〉のレアボス周回に挑んでくるぜ」


「ゼフィルス君も気をつけてね?」


「おう、任せろ!」


 他の人が見ればツッコミを受けたかもしれないことを言い合いつつ、俺は寮の部屋を出てから一度〈幸猫様〉と〈仔猫様〉にお供えしお祈りもして、アルルに例のものを依頼。

 昨日当てたばかりの〈金箱〉レシピを渡しておく。工房が今は使えないのが心配なところなのだが。


「まあ、なんとかしてみるわぁ」


 アルルが頼もしい!

〈拠点落とし〉は明日だ。どうか頑張ってほしいぜ。


 その後、アルルと別れて〈上下ダン〉へと向かう。

 到着すると他のメンバーも何人かいたので挨拶した。


「みんなおはよう! いよいよ明日だな。そっちの進捗状況はどうだ?」


「おはようございますゼフィルスさん。こちらの攻略も順調ですわよ」


「おはようゼフィルス。レベルがなかなか上がらないのが懸案事項と言ったところか。もう少し稼げる階層まで潜りたいところだよ」


 リーナとリカを始め、次々挨拶を返してくれるギルドメンバーたち。

 現在2陣と3陣メンバーも〈嵐ダン〉を攻略中なので自然とみんなここに集合する形になっていた。

 え? Bランクギルドハウスはって? うむ、明日までしかいないため最低限のものしか出しておらず、なら集合場所はダンジョンに近い〈上下ダン〉の方がいいよね、ってなった形だな。


 そのまま昨日の2陣、3陣の攻略情報を聞いていく。


「私たちは昨日も共に行動しておりました。やはり2パーティいると安定度が違いますから」


「うむ。それで昨日は20層の守護型ボス〈ツインメタルリザード〉を倒し、21層に進めるようになったところだ」


 リーナとリカの報告によれば〈嵐ダン〉の攻略はとても順調なようだ。

 簡単な地図も渡してあるからな。さらに〈竜の箱庭〉とリーナのスキル『フルマッピング』に『ギルドチェーンブックマーク』、そして『投影コネクト』があれば階層門まで一直線で進めるため、むしろ上級ダンジョンは攻略しやすいらしい。


 5層のボス〈フルモチモチモチッコ〉や10層ボスの〈グレートリザード〉は敵ではなく初日に倒され、そのままの勢いで2日目には20層ボスの2体のボスとなる〈ツインメタルリザード〉まで倒したのだとか。

 今日は21層以降のエリアボスの捜索や上級ダンジョンの探索をして、主にレベルアップを狙いたいようだ。


「了解だ」


「それで、ゼフィルスの方はどうだったのだ?」


「こっちはまだ秘密。というかここでは言えないな」


「まあ」


 リカの言葉に口を濁すとリーナが口に片手を当てるポーズでクスリと笑った。

 どうやらリーナには俺たちがランク6の攻略を成したとバレてしまったようだ。

 まあ、前もって言ってたからな〈岩ダン〉を周回するって。

 しかし人の耳がある場所でそんなことを言えばシエラにお説教されてしまうだろう。

 ということで内緒だ。


 しかしその後の話はさすがに予想外だったらしい。


「実は昨日で目標を達成してしまってな。今日は〈嵐ダン〉の最奥でレアボスを狩ろうと思ってるんだよ」


「なに?」


「もう終わったんですの!? ということは?」


「うむ」


 リカとリーナが驚きの表情を浮かべてこちらを見るのに鷹揚に頷く。

 俺たちの目標は〈岩ダン〉を周回し、LV30に到達して五段階目ツリーに覚醒すること。


 LV30で〈五ツリ〉が開放されること自体はありうる話と伝えられていたが、実際そこまで到達した人で今の世の中に生きている人はいない。

 それを達成してしまったと言ったのだからリカとリーナが驚くのも当然だろう。いくら前もって言っておいたとしても彼女たちにとってはやはり驚きが勝るようだ。


「ということは新しいスキルもか?」


「それは〈拠点落とし〉でお披露目予定だ。今日はまだ、な。どこに人目があるかも分からないし」


「そうですわね。うーん、なんだか現実じゃないみたいですわ」


 メンバーみんなの目がキラキラと輝く。どうやら早く〈五ツリ〉を見てみたいようだ。

 だが、〈拠点落とし〉まで内緒。俺たちも最奥近くの人目に付かないところで練習する予定だから。

 こういうのは本番に見せないと、もし情報が漏れたときに対策されてしまうからな!

 対策されたとしても諸共吹き飛ばせそうなのは置いといて。


 おとなしく頷くメンバーたち。だが、みんなソワソワしていた。

 まだ気になっている様子。それほどこの世界にとって〈五ツリ〉とは凄まじいものなのだ。


 と、そこへ聞きなれたニーコの声が聞こえてくる。


「やあ、勇者君。おはようだね」


「お、ニーコおはよう! 来てくれたか!」


「そりゃあ僕の負担が減ると聞けばどこへでも参上するさ」


 そう言ってニーコは胸を張る。

 その表情がとても嬉しそうなのには気がつかないフリをしよう。


 ニーコがパーティを組んでいるレグラムチームは中級上位ダンジョンでレアボス周回をして様々なドロップ品を集め中だ。〈上級転職チケット〉もその中に含まれている。すでにエリサに使った分を含めて3枚ドロップしているというのだから頭が下がる思いだ。

 なのだが、今日は俺たちもレアボス周回がしたいので、預けてある一部の〈笛〉を1陣にも貸してほしいと昨日メッセージでお願いしたのだ。そしたら。


「もちろん良いに決まっているじゃないか! 一部と言わず全部持って行くといいよ! あ、もちろん僕が持っていってあげるよ。だからちゃんと受け取ってね?」


 とメッセージが返ってきて今に至る。

 本当に全部持ってきたらしい。


 絶対全部は使わないので8本、32回分くらいで十分なので貰い。後は全てニーコに返してあげた。

 やたらと全部押し付けようとするニーコを説得するのが大変だったとここに記載しておく。


 そんなことをしていれば1陣パーティも集まってきていて、メンバーが揃った。


「おまたせしたわ。おはようゼフィルス」


「寮を出るときシエラと一緒になったのよ」


 そんなことを言いながらシエラとラナが合流。ちゃんとその後ろにエステルとカルアもいた。


 俺はそんな4人に告げる。


「よし、行こうか!」


「「「「おおー!」」」」


 レアボスの〈金箱〉は俺たちのものだ!

 最奥に着き次第すぐにSP振りもするぞ!




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