第846話 〈ディストピアサークル〉は全員がライバル。




 場所は赤チーム、南西側。

〈12つ星〉フィールドは南西と北東に本拠地があり、中央にZ型の観客席が配置されていて、中心地を横断することは出来ない作りとなっている。

 赤チームはまず北にある〈北西巨城〉か東にある〈南東巨城〉を目指すことになるが、そうするとZ型観客席の近くにある〈中央西巨城〉と〈中央東巨城〉が取られる可能性がある。


 この〈12つ星〉フィールドは最初に狙える巨城が四つもあるにもかかわらず人数は〈15人戦〉、さらには対人戦を誘発するような、相手チームとかち合う場所がいくつもあるという、見た目以上にシビアで厳しいフィールドだ。


 赤チームの本拠地では全員が集合し、作戦の最終確認が行なわれていた。


「それで、どうするのよラウ君」


「ルキア、作戦変更は無い。まずは俺たちの実力を知ってもらう必要がある。セオリーどおり初動は巨城へ向かうぞ」


 赤チーム、〈ディストピアサークル〉のギルドマスターを勤めているのはラウという元2年生の〈新学年〉、【獣装者】に就く男子だ。ゼフィルスが注目した2人の内の1人である。


 またもう1人、ラウの近くで彼に最後の確認をしているのは「兎人」のルドベキア、言いにくいのでルキアと呼ばれている女子だ。彼女の職業ジョブは【タイムラビット】、彼女もまたゼフィルスに注目されている1人である。


 ギルドマスターのラウは地頭が良い。この〈ディストピアサークル〉を作り、〈エデン〉へ挑み、多くのギルドへアピールすることを考え実行しているのはこのラウだった。


 今回の〈エデン〉戦も同じだ。作戦を決め、最終確認をしているところだった。

 だが〈ディストピアサークル〉は1枚岩ではない。ラウの作戦に異議を挟む者がいるのだ。それがサブマスターのソークルである。


「でもよぉ、相手はあの〈エデン〉だぜ? なんかこう、奇抜な方法を使わないと印象に残んねぇだろ? 侵攻方向を潰したり、対人戦で足止めしたり、そういう奇策が必要だと思うんだよ俺は」


「ソークル、対人戦は後に取っておくようにと言った筈だ。俺たちでは〈エデン〉に対人戦を仕掛けても万が一にも勝ち目は無い。無闇やたらに対人戦を仕掛けるのは愚の骨頂。無様を晒すのと同じだ。最初は我慢の時だ」


 ソークルは、というか〈ディストピアサークル〉のほとんどのメンバーは野心家だった。否、野心家になってしまったと言ってしまった方が正しいか。

 元々〈ディストピアサークル〉は〈エデン〉を参考にし、高位職のみで構成された、高ランクギルドに行こうを目標に掲げたギルドだった。

 そこに集まるのは自身の腕に自信があるか、上へと突き進む野心を秘めた者が大半だ。


 ラウだってそういう気持ちが無いとは言わない。

 ただ、全てをLVと力で解決することは出来ないと知っているだけだ。自身の力をアピールするのはここぞというときでなくてはいけない。少なくとも初動ではない。


 だが、〈エデン〉が持ちかけてきた「〈ディストピアサークル〉のギルドごと吸収は出来ないが、良い腕の持ち主は個別にスカウトの用意がある」という言葉は、〈ディストピアサークル〉の内部分裂、自分勝手な行動に一役買っていた。いや、一役どころか十役くらい買っているかもしれない。


 おかげで今の〈ディストピアサークル〉は、仲間の誰もがライバルであり、他人を出し抜いてでも自分がアピールしたいと考えてしまっているのだ。

 ラウはギルドマスターであり、この〈ディストピアサークル〉を作ったときに笑いあった仲間を、出来れば全員連れて行きたいと考えていた。少なくとも〈エデン〉に挑もうと思った当初は。

 故にラウはソークルを抑える。


「あいよ。まあ、最初はギルドマスターに従うさ。だが、俺たちの戦果も奪おうってんなら、俺たちは別で動かせてもらうぜ?」


「…………」


 サブマスターソークルの言葉に頷くメンバーが多数。

 多くはソークルの言い分に同調している。

 ラウは一息、深呼吸し、色々な気持ちを飲み込んで頷いた。


「いいだろう。みんな、それぞれ頑張ってほしい。できれば共にSランクへ行こう!」


「「「おおーー!!」」」


 全員がやる気に満ち、作戦通り自分たちの持ち場へと散っていく。

 初動はギルドバトルで何より大切なポイントだ。

 ここだけは連携を疎かにするわけにはいかないと、全員が分かっている。

 そんな一時的な協力関係という姿を見るラウは、人知れずため息を吐いた。

 ただ、そのため息はルドベキアに気付かれてしまったが。


「もう、無理はしないでよねラウ君」


「……ルキア、ラウ君はやめてくれないか? ギルドマスターの威厳がこれ以上落ちるのは避けたい」


「またまたそんなこと言って、ラウ君にはそもそもギルドマスターなんて似合わないんだって」


「まあ、ソークルの方が性に合っていそうとは思うが」


 ソークルは声だけじゃなくガタイもデカい。なんとなくこいつに付いて行けば大丈夫と思わせる力強さがあった。

 それに対しラウは体が細く、一見弱そうに見える。確かにリーダーっぽさではソークルの方が似合っていた。

 しかし、ルドベキアは知っている。ラウの体はどう筋肉をつけても細くなる体質のようで、大きくは見えないが事実ソークルよりも力強いのだと。


 ラウがギルドマスターをしている理由も、ソークルと実際模擬戦をして勝ったからに他ならない。それに断然ラウの方が頭が良かった。

 だが、ソークルの大きい声と野心に同調するメンバーは多く、今ではラウよりもソークルの言うことを聞くメンバーが多くなってしまっていた。


「もう、最初に〈ディストピアサークル〉を立ち上げたのも、そこに誘ったのもラウ君なのに、みんなは薄情なのよ」


「仕方ないさ。俺だってSランクでも通用する職業ジョブを持つ者に片っ端から声をかけた。もう少し性格を考慮に入れておけばよかったと思っている」


「えー、それは仕方ないよ。だってみんな、最初はあんなに喜んでたでしょ? ラウ君に誘ってもらえたって、〈ディストピアサークル〉の理念だって同調したから入ってくれたのよ。それなのにみんな、LVを上げたら予想よりずっと強くなったからって急に驕っちゃってさ」


 ルドベキアの言葉は事実だった。

 最初にラウがソークルを誘ったときは、本当にラウの理念に同調し、共にSランクへ行こうと肩を組み合った仲だった。

 Sランクに仲間全員で行けるのであれば、たとえ他のギルドに吸収されようが問題無い! むしろ今をときめく最高のギルド、〈エデン〉にギルドごと吸収されればSランクで上限人数が50人になったとき、全員が主力メンバーになれる。などと夢を語り合ったりもした。


 しかし、それも束の間。EランクどころかDランク昇格試験すらなんなく突破し、中位職の頃とはその難易度が雲泥の差のダンジョンを攻略していくうちに、どんどん〈ディストピアサークル〉は変わってしまったのだ。


 つまりは強くなって増長した。

 ソークルがその代表であり、気がついた時には仲間がお互いライバルとなっており、〈エデン〉へ入りSランクになることだけが目標になっていた。

 このままでは〈エデン〉に全員が入るどころか、全員が同じギルドに居続けるのも困難だろうと思う。


 今のままではどう考えても〈エデン〉に引き抜かれる人材はいない。いや、ルキアだけじゃないか? と本気で思っていた。


 今回の作戦は失敗だったと学んだラウは、一度ギルドを見直し、ここで真の高み〈エデン〉に負けることでメンバーの長くなった鼻をへし折ってやろうと考えていた。

 そのためには無様に負けてもらっても構わないとすら思っている。


〈エデン〉に引き抜かれても良し、こっぴどく負けて全員の増長を止められても良しだ。

 もちろんこれはメンバーには内緒である。


「だからと言ってこのギルドバトルでは手は抜かない。Sランクに届くであろうギルド〈エデン〉。そのギルドバトルは必ずや自分たちの糧になる。行くぞルキア。手を貸してくれ」


「分かってるよ。試合開始で一気に突っ切るよ」


 ギルド〈ディストピアサークル〉でも、そのスピードで1,2を争うのが獣人のラウとルドベキアだ。

 2人はツーマンセルを組み、試合開始のブザーと共にゼフィルスが〈スタダロード戦法〉と呼んでいるそれを使い、一気に〈北西巨城〉へと走った。




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