第807話 安心。ユーリ先輩の問題を〈霧払い玉〉で解決!




 なんと良いタイミングだろうか。

 ユーリ先輩から上級下位ジョーカーランク1、〈嵐後の倒森ダンジョン〉の攻略完了の報告を受け取った。


 見ればその胸元には、〈嵐ダン〉の攻略者の証が光っている。ついに攻略をやり遂げたんだな!


 俺は素直に賛辞を送る。


「おめでとうございますユーリ先輩! 念願の一歩が叶ったんですね!」


「父上の攻略の記録を最大限利用した形にはなったけど、なんとかね。でも正直、ゼフィルス君から渡されたこれがあったからこそ、僕たちも大胆に攻めることが出来たんだ。とても感謝している。ありがとうゼフィルス君」


 そう言ってユーリ先輩が取りだしたのは〈転移水晶〉。

〈サンハンター〉とランク3の〈階ダン〉へ毎日のように通っていた関係で、素材の採集はとても順調だ。ハンナがそれなりに生産した〈転移水晶〉はそろそろ世に解き放っても良いくらいには数が揃いつつあった。


〈キングアブソリュート〉が上級ダンジョンを攻略出来たのは〈転移水晶〉のおかげだと言ったことで、さらなる付加価値が付くだろう。

 攻略が一先ず一段落したことで、ユーリ先輩は〈転移水晶〉の販売に着手できるようになる。

 近いうち、販売が開始されそうだな。


「上級ダンジョンの難関はその道無き大地。迷ったりはぐれたりすると大事になるため僕たちは常に周りを警戒しながら地図を書き、退路を確保しながらゆっくりと探索する必要があった。でも〈転移水晶〉のおかげで最悪迷っても、全滅したとしても何とかなるという余裕が生まれ、探索の速度が劇的に上がったんだ。ゼフィルス君には感謝してもしきれないよ」


 ユーリ先輩の確かな感謝が伝わってくる。

〈キングアブソリュート〉は6月から上級ダンジョンの攻略を開始したが、様々な要因から未だに攻略したダンジョンは無かった。

 苦節5ヶ月。短いようで長い月日が過ぎ、卒業まで半年を切ったところでようやくの攻略だ。その喜びは相当なものだろう。純粋すぎるほどの感謝が伝わってきてちょっと照れる。


「お役に立てて良かったですよ」


 これは俺の本心。上級ダンジョンに挑む者がほとんどいないというこの世界で、上級ダンジョンの攻略を頑張っているギルドなんて超希少だ。頑張れと応援したくなってしまう。


「実は〈エデン〉には別途報酬を検討しているんだ。何か欲しいものがあれば言ってほしい。出来る限り用意しよう。僕が卒業するまでに決めておいてほしい」


 おお、ユーリ先輩ったら気前が良い! 〈転移水晶〉を直接売ったわけでも無いのに報酬をくれるってさ! しかも、中々に希少な物を求めても良さそうな雰囲気。

 つい、「じゃあユーリ先輩、〈エデン〉に来てくれ」と言いたくなってしまうな。

 まあ、そんなことは言わないが。


 さて、どうするか。とりあえずギルドメンバーと相談だな。返事は今じゃなくても良いとのことだし。


「ありがとうございます。ありがたく頂戴しますね」


 俺がお礼を言うと、ユーリ先輩はにこやかに微笑んだ。何というか満足感や充実感を感じる笑みだった。


 そんな満足そうなユーリ先輩に、俺は例のものを出してあげるのだ。


「次はいよいよ〈霧雲の高地ダンジョン〉の攻略ですね! 実は〈霧ダン〉攻略がとても進む画期的なアイテムが手に入ったんですよ!」


「ん?」


 満足そうに微笑んでいたユーリ先輩が、にこやかな表情のまま「ん?」って言った。

 前に約束していたものがようやく手に入ったのだ。

 今朝ハンナに作ってもらった出来たてほやほやアイテムである。


 俺は早速例の物を取りだしてテーブルの上に置いて言った。


「ご安心くださいユーリ先輩。〈霧ダン〉攻略の解決策、このゼフィルスがお持ちしました。これで〈霧ダン〉の攻略も安心。その名も――〈霧払い玉〉。霧を払う特化型アイテムです!」


「…………え、ええ!?」


「なんじゃと!?」


 俺は例の約束通り、〈霧ダン〉の攻略でとても重宝するアイテムを売ろうと思う。

 これでユーリ先輩が目指していた〈霧ダン〉の攻略も万事解決だ!

 俺は〈霧払い玉〉の効果を説明する。


「あの深い霧が、ほぼ完全に晴れる、だって!?」


「もちろん素材があれば大量生産が可能です。よろしければ〈転移水晶〉と一緒に販売しますよ」


「ふむむ……」


 ユーリ先輩のにこやかだった表情が驚愕に変わり、学園長が〈霧払い玉〉を見ながら腕を組み深く唸った。


〈キングアブソリュート〉は〈霧ダン〉、31層で攻略がストップしている。

 元々王家にある地図でも42層までしか書かれていなかったのもあるが、〈霧ダン〉の霧が濃すぎるために、現在の斥候担当では力不足で危険が大きすぎたのだ。


 だがご安心を。この〈霧払い玉〉は救済アイテム。

 誰でもどんな職業ジョブでも使えば霧は払えてしまうのだ。

 1層に付き、最短なら10個、フィールド全体なら100個も使えば大体の霧は払えてしまうだろう。時間経過で霧は元に戻るだろうが、数時間は持つはずだ。

 攻略は捗る、むしろ捗りまくるだろう。


 そして多分、この恩恵を受けるのは本人たちだけではない。

 別のパーティでも、同じ層の探索者なら全員がその恩恵を受けられる。

 だってフィールドの霧に効果が及ぶからだ。


 それについて、おそらく学園長やユーリ先輩も気が付いている。


「そしてこれがあれば〈霧ダン〉は上級ダンジョンで最も安全なダンジョンに化けます。ランク1の〈嵐ダン〉よりさらに難易度は低くなるでしょう。攻略ももちろん大切ですが、上級ダンジョン初心者がまず上級に進出するために手頃なダンジョンとなります」


 俺の言わんとしていることは、どうやら伝わったようだ。


「これからの時代、上級職が増えていくだろうね。だけど、上級職が増えただけで攻略できるほど上級ダンジョンは甘くはない。その練習台として、経験を積むための難易度の低い上級ダンジョンは、確かに有用だ」


〈転移水晶〉だけでは学生全体の上級進出が進まない可能性もあった。採算が取れなければ誰も上級へは進みたがらないだろう。もう少し上級ダンジョンへ進む難易度を下げる必要があった。


 そのためユーリ先輩の言うとおり、俺はこれを上級ダンジョンの登竜門として使おうと思っている。

〈嵐ダン〉はボス戦中でも突風が吹くことがあるため事故が怖いんだ。

 しかし、〈霧ダン〉ならそんな心配はしなくていい。


 霧さえ晴れてしまえば奇襲の成功率は大きく下がる。

 探索者の数さえ確保すればモンスターもその分捌けるため、連続エンカウントする事態も減り全滅のリスクはさらに下がるだろう。


 そして大地がなだらかというのが最高だ。

 障害物が少なく戦闘がしやすい。上級ダンジョンなのに〈馬車〉まで使えるしな。

 ランク2なので上層ならボスもさほど強くないときている(ゼフィルス主観)。


 つまり〈霧ダン〉は学生の練習にはもってこいなダンジョンでもあるんだ。

 サポートとして〈キングアブソリュート〉に売るのはもちろんだが、学園にもたくさん、お高い値段で買ってほしいな?


「ふう。やっと上級ダンジョンを攻略出来たと思ったら、これかい? 学園祭で上級ダンジョン攻略の発表、そして〈転移水晶〉の販売の発表をする予定だったけれど、もう一つ、もしくは二つ、ビッグニュースが増えてしまったかもしれないね」


 ユーリ先輩は苦笑しながらそう言った。



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