第507話 学園長、上がってきた報告に頭を抱える。




「失礼します学園長」


「急に呼び出して悪いのミストン」


「なんの、問題ありませんぞ。理由は分かっておりますからな」


 夏休みが明けた日。

 もうすでに日が暮れた時間だが、こんな時間に学園長室に訪問する男がいた。


 この〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉が誇る国内屈指の職業ジョブ研究者、ミストン所長だ。


 学園長室にて出迎えるのは〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉の学園長、ヴァンダムド・ファグナーである。


 ミストン所長はこんな時間にも拘わらず、その足取りは軽い。

 何か良いことがあった様子でウキウキとしていた。

 そしてその理由を知っているヴァンダムドはミストンのその様子に表情を緩め、そして次の瞬間には引き締めた真剣なものへと変わる。


「予想していたことが現実になりおったな。まさか、本当にこんなことが起こりおるとは」


「そうですなそうですな! これでさらに研究が――おっと、まずは学園長、いつもの頼みますよ」


「うむ――『情報規制』! これでここで話す事は外部には一切漏れんよ」


「相変わらず羨ましいスキルですな! うちの研究所も最近は無駄に口が軽い者が増えてきて困っているのですよ、成果を自慢したい気持ちは分からんでもないのですが」


 ヴァンダムドのスキルにより学園長室という空間内で起きた出来事は一切外へ漏れなくなる。通信遮断はもちろん、学園長室へ勝手に侵入することも出来なくなる。

 とても便利なスキルだ。

 近頃職業ジョブの研究で最先端を行くようになった研究所を任されているミストンは、このスキルが羨ましくて仕方がなかった。


「さて、では本題に移ろうかの?」


「ですな! いやあ、ハッキリ言いますと自分、とても浮き立っておりますよ! まさかまさか【勇者】が導きの存在である仮説が現実味を帯びるとは!」


「本日【勇者】が起こした〈上級転職ランクアップ〉では全ての者が高位職に就いておる。人数は六名。こんなこと、学園が始まってから初めてのことじゃ。しかも、おそらく新発見となる職業ジョブがいくつかある」


 ミストン所長がこの時間に学園長室へやってきた理由とはまさに【勇者】率いるギルド、〈エデン〉の一斉〈上級転職ランクアップ〉についてだった。

 これはどう考えても【勇者】が主導したとしか思えない。


 この学園では、いや国内全ての施設では職業ジョブに新しく就いた際、国民には国への報告義務がある。もちろんこれは一般には公開されずに管理される。

 この義務は国があらかじめ、言い方は悪いが犯罪に使われる可能性のある能力者を知っておきたいという理由からだった。

 また、珍しい職業ジョブへ就いた者がいれば一早く把握し、研究の協力を願うための処置でもある。そんなわけで、ここ学園では学園長に報告する必要があった。


 そして今回、その報告によって非常に研究が発展しそうな展開となっていた。

【勇者】率いる〈エデン〉で大規模な〈上級転職ランクアップ〉が行なわれたという報告が飛び込んで来たことによって。



「むう。下級職の発現条件を婉曲えんきょくではあるが伝えてきた時にすでに予想はしていたが、まさか――上級職・・・も、か」


「はい! これはとんでもない事ですぞ学園長! 上級職はその〈上級転職チケット〉の希少さから研究は滞っております! 一部王族貴族の方々は御自分たちの職業ジョブを把握しておりますが、それも正確に発現条件を把握しているところはほとんどおりません。当然、一般の上級職の研究は全然です。もし【勇者】氏がこれを把握しているのだとすれば、大きな発展に繋がるのは間違いありませんな! ハハハ」


「ミストンにとっては笑い事か、まったく。……ようやく〈転職制度〉が形になろうとしておる時に、『勇者がもたらす情報爆弾』にはまったく困ったものじゃ」


「【勇者】氏には毎回驚かされますな! 本当にこんな知識どこで手に入れたのやら!」


「もうそんな話はどうでもいい段階に入っておるの。ワシらは【勇者】がもたらす情報を受け止めるだけで精一杯、いや、すでに受け止めきれておらん。これ以上は探ったとしても受け止めきれんじゃろうの」


「ですな。やはり人手がまったく足りません。いや口惜しい。特大の研究材料が目の前に有りながら時間と人の関係で後回しにせねばならないとは!」


 ――『勇者がもたらす情報爆弾』。

 とある狭い界隈かいわいでは、ここ最近起きた出来事をこのように呼称していたりする。


 研究所に【勇者】が初めて来た時から、いや、入学式の時に【勇者】に就いた時、つまり最初っから情報爆弾を気軽にほいほい落としていく人物として有名だった。


 おかげで入学式からたった一ヶ月で学園は高位職に就く一年生が3割に激増し、その研究を主導していたミストンは一躍いちやく時の人へ、そして〈国立ダンジョン探索支援学園・本校〉は今や知らぬ者なしと言われた名門校中の名門として名を馳せている。


 たった一ヶ月だ。たった一ヶ月でこの成果である。

【勇者】が気軽にほいほい落としていった爆弾がどれほど凶悪かが分かるだろう。


 当初はこれを受け止めるだけで精一杯、とても【勇者】に追加の情報は、なんて聴ける状況では無かった。


 そんなところに起きた、さらなる巨大爆弾の大爆発。

【勇者】が各大物たちが集う講演で〈転職〉の推奨を唱えたのだ。

 この波紋はとても大きく、学園を軽く通り越して国中で大騒ぎへと発展した。

 おかげで国中からさらに高位職が爆発的に増えるだろうと予想され、新しく〈転職制度〉を国が大急ぎで作る形となった。

 ヴァンダムドやミストンを始め、お偉い方々がしばらく目の下に隈を作るはめになった大きな爆弾だった。


 そして今回のこれだ。

 ようやく〈転職制度〉が形になり始め、来月から行なわれる事になった。

 お偉いさん方はやっと激務から開放されると夢を見ていることだろう。

 そんなところに〈上級職〉の発現条件の一部が発覚した、なんてニュースが飛び込んだらどうなるのか。


 ヴァンダムドは一度目を瞑り、目頭を指で押さえた。


「やはり、『勇者がもたらす情報爆弾』は色々と影響力が強すぎるの」


「聞きましたぞ。おかげで本日、上級生の多くが〈強者の鬼山ダンジョン〉に突撃して行ったらしいですな、ハハハ」


「それもあったのう。まったく、挑戦することはいいことじゃが、みんなボロボロになって戻ってきたぞい。もう少し計画を練り、対策してから挑んでほしいものじゃ」


「しかし、いい刺激になっていることは間違いありません。おかげで〈ランク8〉ダンジョンはBランクギルドから、という妙な慣習を変えるきっかけになりました。今では多くの学生たちが〈ランク8〉ダンジョンを攻略するために心血を注いでおるようです」


「それはいい影響じゃのう」


「学生たちは必死な顔をしておりましたがな! ハッハッハ!」


 確かに【勇者】の影響力はデカイ。

 とんでもなく刺激的で、衝撃的で、多くの人間をその行動で動かす妙なカリスマのようなものがある。


 しかし、その影響はほとんどが良い方向に向かっていた。

 だからこそ、ヴァンダムドたちはこれを止めることはせず、むしろ支えサポートし、本人に影響がない方向でそれを汲み取ることに注力していた。


 だが、それにも限界はある。

 ヴァンダムドは再び思案し、ミストンに告げた。


「今は時期が悪い。やはり〈転職制度〉が始まり、落ち着くまではこの話はここで秘匿しておかねばなるまい」


 話が戻ったことを察し、ミストン所長も唸りをあげる。


「ぬう……、口惜しい。口惜しいですな! 目の前にこうも素晴らしい研究材料があるというのに! しかし、下級職の発現条件の研究もまだ始まったばかり、今度の一斉〈転職〉に向けて高位職が発現されるかどうかの実験を繰り返している今の時期に、これ以上のものを抱えることは出来ませぬか」


「今はまだ、ワシとお主の心に留めておけ、そっとな。開けてはいかんぞ? 【勇者】への接触も禁止じゃ」


「ぬう。分かりました! このミストン、今は〈転職制度〉に向け、全力で準備を進めます!」


「よろしく頼むぞ、ミストン」




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