第90話 感情の副作用

 



 どうする太陽。ここは一か八か1歩、いや2歩前に進む位……大胆に行っても良いんじゃないか?

 覚悟を決めろ! 日南太陽!


 ―――あのさ? 今度の日曜日……遊びに行かないか? 2人で―――


 出来る事なら、そう意気込んでいた自分に戻りたい。

 出来る事なら、そんなに意気込むなと忠告したい。


 なぜなら……




「はっはは……そっ、それじゃあね? 千那」

「うっ、うん。またね? 太陽」


 ハッキリ言って、今日という日は……最悪だったから。


 駅に入った千那の後ろ姿が見えなくなると、


「はぁ……」


 我慢していたものが、これでもかと言わんばかりに溢れ出す。

 それもそのはずだ。


 誰が聞いても、誰が見ても……数日前に意気込んでいた、理想のそれとはかけ離れる。


 最低。

 最悪。


 その全てが集約された1日だった。


「くっ……そ……」


 そして、その原因が自分だという事も知っている。知っているからこそ……余計に自信が無くなる。




 ――――――――――――


「うぅー」


 アパートへ戻るなり俺はベッドにダイブすると、枕に顔を埋めた。

 目を閉じると、頭を過る今日1日の光景。自分の愚行は頭を抱えたくなる。


 なんでだ……ろ?

 待ち合わせの時間。それまではなんでもなかった。むしろ、楽しみ……というか千那を楽しませようと気合すら入っていた。けど、目の前に現れた千那を見た瞬間……


 嫌われたくない。


 何処からともなく、そんな感情に襲われた。

 そしてそこから……俺は俺じゃなくなった。


 嫌われたくない。

 つまらないと思われたくない。


 そんな感情に苛まれ、千那への言葉1つ1つが慎重になった。

 気を使い、丁寧に。


 けど、その結果はしどろもどろ。まるで、今日知り合ったばかりの人の会話の様に、ぎくしゃくした言葉になった。


 そんな俺を見て、千那は逆に気を使ったんだろう。必死にフォローしてくれたんだ。

 自分だって知ってた。何とかしたいと思った。だから、余計に気持ちを入れたんだ。けど、結局は空回り。


 ぎこちない。

 予定もど忘れ。

 会話が続かない。


 自分が自分じゃない。

 それが怖くて情けなくて……仕方がない。


「どうしたんだよ……俺」




 ――――――――――――




 それから数日。少し休めば自分自身も元に戻るだろう。そう思うようにしていた自分。

 けど、現実は甘くなかった。


 普段通りの講義。いつも通りのメンバー。

 ただ、千那を目の前にすると……うまく言葉が出ない。


 嫌われたくないから言葉を選ぶ。

 だから返事が遅れる。

 必死に返そうとしてしどろもどろになる。

 それを見た千那がフォローしてくれる。

 その姿を見て、自分が嫌になる。


 まさに負のループだった。


 あの、自信に満ち溢れた自分は何だったんだろう。

 格好つけていた自分は何だったのだろう。


 自分でも自分が分からない。




 ――――――――――――




 そんな日が続いたある日。俺は……ついに助けを求めた。心強い、味方に。

 そして事の顛末を伝えると、その返事は如何にもそれらしく、何とも冷静で的確なものだった。


 ≪あの、日南さん? なんか恋をした小学生みたいですね≫


 えっ? まっ、真也ちゃん?


 ≪しょっ、小学生って……≫

 ≪いやいや。要約すると、好きだからこそ下手に口走って嫌われたくない。言葉を選ぶから返事も遅いし、いつも通りに接することが出来ない。好きになった瞬間、態度が変わる……小学生じゃないですか≫


 その思わぬ言葉に、多少のショックを受ける。

 おかしいとは思っていたけど、まさか小学生レベルだとは思いもしなかった。けど、聞けば聞くほど今の状況と、真也ちゃんが話す小学生の行動は……一致していた。


 ≪まっ、まじか……≫

 ≪日南さん。好きって分かった瞬間、相手に嫌われるのが嫌だってのは分かりますよ? けど、恋愛初心者じゃあるまいし、慎重過ぎですって≫

 ≪慎重って……そりゃ慎重にもなるだろ?≫


 いつも通り話せばいい。いつも通りに反応すればいい。勿論、そんな事は自分でも知っている。けど、いざ千那を前にすると……


 好きだから、絶対嫌われたくない。

 そんな感情に襲われて、自分を見失ってしまう。


 分かるけど、上手く出来ない。

 何とも歯がゆくて……仕方がない。


 ≪……じゃあ先輩? いっその事、自分の小学校時代を思い出してはどうですか?≫

 ≪小学校時代?≫

 ≪日南先輩、小学校の時好きな子くらい居ましたよね? だったら、自分の過去を振り返って、どうやって過ごしたか思い出してみるのはどうです?≫


 小学校……


『日南君っ!』

『いつも手伝ってくれてありがとう』


 自分の過去……


『辛い物が好きかな? 家でも智王料理を勉強してるの』

『私は犬派かな? 将来はお花屋さんになりたいなぁ』


 好きな……子……


 ―――日南君の事が好きです。直接言いたいので、今日授業が終わったら体育館の裏に来て下さい。 澄川燈子―――


『わっ、私……私っ! 本当は日南君の事好きじゃないのっ!』



 抹消したはずの記憶。

 ただ、自分に今必要なのは……思うがままに過ごしていた、あの時の自分。


 それは必然的に、思い出す必要がある。

 掘り起こして、立ち向かわなければいけない。



 ≪分かった。やってみる……ありがとう、真也ちゃん≫



 小学校の記憶。


 そう……



「澄川……燈子……」



 その全てに。



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