第14話 王国軍上級兵士・ワンパ
待ち合わせの相手は約束の時間から10分ほど遅れてやってきた。
「やぁ、君がルーロンちゃん?可愛いねぇ」
「はい、リューサ出版のルーロンです。ええと、ワンパさんですよね?」
ヘラヘラしながらやってきた貧相な体格の中年がルーロンの隣の席に腰を下ろした。
テーブル席なので向かいの席も空いていたが、彼は迷う素振りも見せなかった。
「本日は急な依頼に応じて頂いてありがとうございます」
ルーロンが改めてお礼をいうと、ワンパは顔の前でヒラヒラと手を振った。威厳を見せるためなのか、立派な口髭をはやしているがまるで似合っていない。
「うん、確かに俺は王国軍の中枢を担っている上級兵士だから忙しいけど、ロカは弟分みたいなもんだしね。なんとか時間をつくったよ」
言いながら彼はルーロンの膝の上に手を置いた。全身に寒気が走り、同時にロカとの会話を思い出した。
◆◇◆◇◆◇
「ワンパという上級兵士なんすけど、こいつは上級とは名ばかりのチンピラ兵士っす。十年くらい前に城内に侵入した他国の殺し屋を仕留めた功績で上級兵士になったんすけど、それ以来部下の手柄は自分のものして、逆に自分のミスは部下になすりつけて、を繰り返して上級兵士の地位を守っているゴミみてーな奴っす」
「でも過去に1度は、手柄を上げることが出来たんですよね?」
ルーロンの質問にロカは顔を歪めて左右に振った。
「その唯一の実績も、別の兵士が相打ちで凶悪犯を仕留めたのを自分の手柄として報告したという話っす。兵士としての誇りをまったく持ち合わせていない奴なので、情報はいくらでも提供してくれるけど見返りとして求めてくる報酬もかなりの額っす。しかしルーロンさんの場合は、要求されるのが金とは限らないと思います」
ロカの言いたいことは分かった。それでも立ち止まる気はなかった。
◆◇◆◇◆◇
ルーロンは膝上に置かれた手をそのままにして話を進める。
「ワンパさん、今日お呼びしたのは、1ヶ月ほど前に城内で起こったある出来事について教えてほしいからなんです」
「1ヶ月前?何かあったっけ?」
はい、ルーロンは頷いた。
「1ヶ月前の、クドラ山害獣事件の3日前に起きた6名の兵士が亡くなった事故のことです。軍務中の事故と発表されのですが、知ってますか?」
「あー、はいはい。あれねぇ。もちろん知ってるよ」
「あの日、本当は何があったのでしょうか」
ワンパはルーロンの顔を至近距離から見つめてきた。
「知りたい?」
「ぜひとも」
「それはルーロンちゃんの誠意次第かなぁ」
彼は言いながらルーロンのももをさすった。ルーロンはその手をそっと握った。
「はい、もちろん相応のお礼はさせて頂きます」
ワンパはニタリ、と笑った。
「よし、契約成立だね。」そう言うと更にルーロンに近づいて腰に手を回した。
「まぁ、一言で言うとぉ・・・」
ねばつく口調でゆっくりと間を置いた。ルーロンは苛つく感情を抑えこんだ。
「国王の暗殺未遂事件」
「は?ええ!?」
思わず大きな声が出てしまった。それほど予想を上回る出来事だった。
「ルーロンちゃん、声が大きいよ」
ワンパがルーロンの耳元に口を近づけてささやいた。
「すみません、詳しく聞かせてもらってもいいでしょうか?」
「うん、いいよ」ワンパはコップを取って唇を湿らせてから話し始めた。
この男の話は上手くまとまっていない上にダラダラと自慢話を折り混ぜるので解りづらかったが要約すると、
○当日、国王の命を狙った殺し屋が今夜侵入してくるとの情報が入ったため、ベッチャ大尉の命令のもと城内に緊急配備が敷かれた。各階に中級以上の兵士が5名ずつ。
○現れた侵入者は1人だったが尋常じゃない強さで、迎え撃った兵士達は次々とやられていった。
○最上階まで難なく到達した侵入者は、王室の前で待機していたベッチャ大尉と5名の兵長と対峙。激闘の末にベッチャ大尉が取り押さえる。
とのことだった。ちなみにワンパは2階の警護をしていたが、侵入者はワンパを見ると逃げるように上の階に走っていったとのことだった。
「きっと俺の強さを見抜いて、闘ったら長引くと判断したんだよ。追いかけてもよかったけど、侵入者が奴1人とも限らなかったからそのまま2階にとどまったけどね」
「その捕まった侵入者は、今は牢屋に入れられてるのですか?」
「普通の罪人ならそうだけど、重罪人の場合は裁判の必要無しと判断されて即日死刑執行する制度がある。今回の件も適用されて、翌日に国王の前で処刑されたって話だよ」
「もう死んでるんですか?」
ああ、とワンパが頷いた。それではこの件に関してはもうこれ以上掘り起こしようがないということか。それでもエイディンさんの死の真相が分かっただけでも良しとするべきか。
そんなことを考えていたらワンパが顔を近づけてきて、そのままルーロンの唇に自分の唇を押しつけた。
「!!」反射的にワンパを突き飛ばした。
「ちょっと、ルーロンちゃん何するの?」
ワンパが舌なめずりをしながら言った。
ロカに忠告を受けていたから気をつけていたはずなのに、初めてのキスをこんな奴に・・・・!
ルーロンは立ち上がると、鞄から準備していた紙幣をありったけ出してテーブルの上に叩きつけた。
「帰らせてもらいます!謝礼はこれで十分ですよね!」
ルーロンはワンパの返事を待たずにそのまま帰ろうとした。が、腕を掴まれた。
「ちょっと待てって」
ルーロンはワンパを睨みつけて腕を振りほどこうとした、が出来なかった。こんな小柄な中年の力にも勝てないことに愕然とした。
「謝礼が足りないのなら、後日お持ちします」
「いや、そうじゃなくてさぁ、実は俺、侵入者の顔をハッキリと見てるワケよ。知りたくない?」
「・・・・」
もちろん知りたい。けれども、もうこの世にいない犯人を知ることにメリットがあるのだろうか。クドラ山の事件と関係があるのかも分からない。何よりもこれ以上、この男と一緒にいたくなかった。
「教えて頂かなくてけっこうですので、手を離してください」
キッパリと言った。
「犯人はポエン国の兵士だ。そして黒幕の目星もついている」
「え・・・!」
それが本当なら大変なことだ。この国でクーデターが起きそうになったということだ。
ワンパが笑いながら手招きをした。ルーロンは彼の座る位置から一番離れた席に座った。
「キスくらいでそんなに怒るなんて、もしかして初めてだったのかな?」
「・・・話す気がないのなら帰らせてもらいますが」
もうこの男の話に乗るつもりはなかった。
「本当に悪かったよ。1杯ご馳走するから、ね?」
そう言うと店員を呼んで勝手にルーロンの酒を注文した。聞いたことのない酒だった。
店員が下がったのを確認したルーロンは中年兵士を見据えた。
「聞かせてください」
「せっかちだなぁ、犯人はね、少し前に行われた査定試合に出ていた奴なんだ」
「え!あの、ジャンザザという若い兵士が優勝した大会ですか?」
「そう、よく知ってるね。その査定試合の1回戦で優勝候補だった兵士がまるで歯が立たなかった相手だよ、そのあと何故か2回戦には出てこなかったけどね。確か名前も言ってたはずなんだけど、ええと何だっけなぁ」
その話は聞き覚えがある。査定試合のあとにジャンザザと会った時、そんな話をしていた。
『今回の大会、すごい人がいたんだよ!優勝候補のブル兵長がまるで相手にならなかったんだ。何故か反則負けにされちゃったけど、あの人と闘ったら俺はきっと負けてたなぁ』
確かこんなことを言っていた。ジャンザザならきっと名前を知っているはずだ。と、思っていたらワンパが顔の前でパチン、と手を叩いた。
「そうだ、思い出した。たしかワネだ。『クドラ山の監視員、ワネ』とか紹介されてたわ」
「え!え、ワネ?クドラ山の監視員の??」
2日前に会ったばかりじゃないか。
「え?だって、暗殺未遂犯はもう処刑されたって言いましたよね?」
「ああ、言ったよ?だから極悪人ワネは今ごろ地獄をさまよっているよ」
「見間違いとかじゃ、ないですかね?」
「いや、査定試合の後に俺は少し話したんだ。だから間違いないぜ?え、俺の話を信用してないわけ?」
ルーロンの質問にワンパは眉間にシワを寄せながら答えた。気分を害した様子だ。まずい、ひとまず会話を合わせよう。
「いえ、信用してます。話したんですか?無礼な態度を取られませんでしたか?」
ワンパはルーロンをじっと見つめた。
「いや?オドオドヘコヘコしてたよ。とてもブルに勝った男には見えなかったなぁ」
「えぇ?」ルーロンの中のワネと印象がまるで違う。どういうことなのか。やはりワンパの見間違いじゃないのか。それとも・・・
その時、お盆を持った店員が入ってきてルーロンの前にお酒を置いた。
金色がかった水色の液体に、コップの縁には一口大にカットされた三種類の色鮮やかなフルーツが盛りつけられている。
「綺麗・・・」思わず呟いた。
「そのお酒はここの名物で、この店に来る若い女の子はみんなこれを飲むために来てるんだよ。さぁさぁ、早く飲んで!」
言いながらワンパがコップを持つとルーロンの口元に近づけてきた。ワネのことをもっと聞きたいけど、とりあえず飲んでからの方が話はスムーズに進められそうだ。
「分かりました、では頂きます」
コップを持つと、まずは淵にフルーツを食べた。どれも瑞々しくて甘くて美味しい。次いで中の液体を飲んでみた。これも美味しかった。アルコールはほとんど感じられなかった。
どう?とワンパがルーロンの顔を覗き込むように訊いてきた。
「とても美味しいです」
素直に答えるとワンパは嬉しそうに表情を緩めた。
「それなら良かった」ワンパが満足気に頷いた。
「あのぉ、黒幕のことも聞かせてほしいんですけろぉ・・・」
舌がもつれて、急に視界がゆがみ始めた。あれ、なんだこれ・・・?
「ああ、はいはい黒幕ね、ていうかルーロンちゃん、大丈夫?なんか眠そうだけど」
「は、い・・・だぁいじょ、ぶです・・・」
眠い。学生の時の、海での遠泳授業をした後の座学授業の時なみに眠い。気づくとテーブルに顔を乗せていた。まぶたが重い。
「ルーロンちゃん、しっかり聞いてくれよ。俺の予想する今回の事件の黒幕は・・・」
意識が深い闇の底に引きずりこまれながらも、なんとかワンパの言葉は最後まで聞いた。
◆◇◆◇◆◇
気がつくと見慣れない景色が目の前にあった。身体を起こすとベットの上にいて、見たことのない部屋にいた。
「あれ、あれ?」何があったっけ、ええと、ワンパさんの話を聞いてて・・・
「やぁ、目が覚めたかい」
不意に声をかけられた。顔を向けると、先ほど飲み屋で会っていた中年兵士が裸で、腰に布を一枚巻いた状態でいた。
「―――きゃああ!」思わず悲鳴を上げた。
「いや、風呂に入っていたんだよ。ここは温泉を引いてるからいつでも入れるんだ。ルーロンちゃんも入ってきなよ?」
「いえ、けっこうです、帰ります」
慌ててベットから降りたけど足に力が入らず、ふらついた。
「まだお酒が抜けていないみたいだし、まだ立たないほうがいいよ」
言いながらワンパがルーロンの肩を掴んだ。ルーロンのカバンはすぐ目の前にあった。手を伸ばして掴むと引き寄せて中に手を入れた。
「離れてください!」
ワンパが反射的にルーロンから手を離した。ルーロンが彼に銃を向けていたからだ。
しかし、すぐにワンパの表情に余裕が戻った。
「ルーロンちゃん、それ下ろしな?今なら許してあげるから」
「なに言ってるんですか・・・本当に撃ちますよ?」
ふー、とワザとらしくため息を吐いた。
「撃てるものなら撃ってみなよ。それ空砲だろ?」
「・・・!」
その通りだった。ミッカリさんに貸してもらって、返すのを忘れていたものだ。念のためにカバンに入れておいたが、さすがに兵士には見抜かれてしまった。
「弾は出なくても、すごい音が出ますよ、誰か飛んできますよ?」
「なら撃ってみなよ?どうなっても知らないよ?」
そう言ってワンパが近づいてきた。ルーロンは目を閉じて引き金を引いた。
部屋に爆発音が響いた。ルーロン自身の耳もしばらく何も聞こえなくなるほどの大きさだった。
恐る恐る目を開けると、ワンパは耳を押さえてしゃがみ込んでいた。しかし顔を上げたところで目が合ってしまった。その表情は怒りのものへと変化していった。
「このクソガキ、調子に乗りやがって・・・」
ワンパは立ち上がると大股でルーロンの前に来ると空砲を奪いとり、部屋の隅に放った。その後にルーロンの髪を掴んで顔を上げさせると、頬を平手打ちした。
「きゃあ!」ルーロンは倒れた。頬が熱い。
「この俺をコケにした罰だ。タダで済むと思うなよ?」
聞きたくもない言葉を聞いて全身が絶望感に覆われたその時―――
部屋の扉が勢いよく開かれた。
「ルーロン、大丈夫か!!」知ってる声だった。
「誰だテメェ・・・え、ジャンザザ!?グァッ!」
ワンパがあっという間に殴り倒されて見覚えのある顔がルーロンを覗き込んだ。
「ジャンザザァ・・・」
幼なじみの顔を見たルーロンは全身の力が抜けて、涙が溢れ出した。
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