序
それは静かな夜だった。
宿直(とのい)であった陰陽頭(おんみょうのかみ)が執務室で調べ物をしていると、突如として外があわただしくなったのに気付いた。
ついでばたばたと複数の足音がこちらへと向かってくる。
何事かあったのだろうか。
そう考えて腰を浮かせたその時だ。
外から声がかけられた。
「頭(かみ)。星降(ほしくだ)りが……」
「星降りなど珍しくもないだろう」
何を慌てているのだ、と問いかけようとして、局に入ってきた若い陰陽師の顔が青ざめているのを見てただ事ではないことを知った。
「星降りの数は?」
「同時に複数出現したため、いま見た者たちに声をかけて数を算出しております」
陰陽頭はすぐさま手元にあった料紙へと何事かを書付け、それを手渡した。
「すぐにここに書いた事柄を調査してくれ。私はそれを奏上する」
「承知しました」
奏上するという言葉に、緊張度合いがいや増した陰陽師だったが、踵を返して廊下へと出てゆく。
それを見送り、ひとまず第一報を奏上しなければと考え、頭は足早に清涼殿へと向かったのだった。
同時刻……比叡山延暦寺。
ここでも都と同じように、星降りを目撃した僧侶たちが慌てて堂へと報告に入ってくるのを、若い僧侶の一人がじっと見つめている。
そして視線を逸らせ、外へと歩き出した。
夜空には満天の星。
そして地面は先日、降り積もった雪がまだしっかりと残っている。
ざくざくと雪を踏み分けて辿り着いたのは、遠く都が見下ろせる彼の特等席だった。
都を見つめ、ついで夜空を見上げる。
星降りは一度だけだったのだろう。
夜空は静けさを取り戻していた。
「新しい……? はじまり、の……」
炎。
視えたのは、炎。
しかも生まれたばかりの小さな炎だ。
これが意味するものは。
「…………」
若い僧侶は首を横に振る。
結論が出ないということは、まだ自分に学が足りないのだろう。
もう一度、都へと視線を向ければ、おそらくは宮中の辺りが先ほどよりも明るくなっているのが見えた。
しばらくは星降りの件で忙しくなるだろう。
ほう、とため息をついて師のもとに戻るべく踵を返した。
これは物語が動き出す約十五年ほど前の、ある冬の夜の出来事だった。
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