テープB面

「よし、これでええな。せめて、記録だけでもせなあかん」


(B面に入っても、雑音が多い)


「…相変わらず、あの黒いモンは交番の前におる。さっきも言うたけど、あら絶対に普通やない。人間なんかやない」


(バタンと大きな音)


「うわっ!何や!」


(突然雑音が消え、無音状態が何秒か続く)


「ああ、本が落ちただけかいな。勘弁してくれ、こんな時に。ほんまに、どないしたらええねや…ここはガラス張りで丸見えやから、取り敢えず奥の部屋に隠れよか思うたけど、何やしらんけど、嫌な予感がすんねや。ここであれを見張っとかな、あれがこん中に、入ってきてまうんとちゃうやろか、って。有り得ん事かもしれんけど、怖てしゃあないねん。まあ、見張るいうても、凝っと見ることはようせえへんけどな」


(コトコトという音。本人が触れていないので、何の音であるかは不明)


「もうこうなったら、同僚に、電話かけて助けにきてもらうしかあらへんな。せやけど、どない説明したらええねん。やばいモンがおるから、来てくれっちゅうんかいな。けど、この際や。しょうもないこと言うてる場合やない」


(ゴソゴソという音。暫くすると、ピッピッという音。恐らく、携帯の電子音だと思われる。応答が無いのか、話す事なく、一定の間隔で電子音が鳴っている。掛け直しているのだろうか。その間、明らかに携帯の音とは思えないような音が微かに記録されていたが、本人が触れていないので不明)


「あかん、繋がりもせん。出よらんのやなくて、番号も間違うてへんのに、繋がらへんのや。訳が分からへん。ああっ!また近付いてるんちゃうか。いや、間違いあらへん。絶対さっきよりも近うなっとるで。見てみい。言わんこっちゃない。ほんまに近付いてきとんのや」


(男が喋っている間から、今度は奇妙な甲高い音を捉え始めた。こちらも不明)


「ん?#あれ__・__#が立っとんのは、よう見たら車道やないか。いっちゃん始めに見た時は、車道の向こう側におったのに…こらあっちゅう間に来てまうで。それまでにどないかせなあかん。っちゅうか、よう考えたら、車道に立ってるのもおかしいやんけ。幾ら夜や言うても、ここは暗なると一台も車が通らんような場所やない。あんなもんが道路に立っとったら、ごっついクラクション鳴らされるか、跳ね飛ばされるかのどっちかや。こんな事言うたらあかんけど、ほんま、跳ね飛ばしてほしいで、あんな…」


(発言の途中で雑音が入り、10秒程度声が途切れる)


「…よう考えたら、車だけやない。人もや。あの小母はんが帰ってから、一人もこの前を通ってへん。皆して、今日だけこん前通らんっちゅうのは、有り得ん…いずれにせぇ、あれは絶対にこっちへ辿り着きよる。それまでに、どんな手使てでも、ここから逃げなあかん。せやけど、どないして逃げたらええねん。表のドアは、まず論外や。裏口はあるけど、あそこを開けるには、鍵がいんねん。さっきはちょっと目ぇ放しただけで、えらい進みよった。鍵なんて捜しとったら、それこそあっちゅう間に…でもやるしかあらへんか…鍵は確か、机の中に入れとった筈や…よっしゃ、やったろやないか」


(この後20秒程度、突然無音状態になる。話の流れからして、移動する音が聞こえてもおかしくないのだが、雑音どころか、あらゆる音が聞こえなくなった)


「うわっ!」


(叫び声と共に、激しい雑音。恐らく、テープを落とした音だと思われる。その為、ここから声が先程よりも遠くなっている)


「えらいこっちゃ…電気が、消えよったで…あかん…何も見えへん…」


(またしても甲高い雑音)


「あかん、尻餅ついて、テープも落としてもうた。うわっ、街灯も消えとるやないか。いや、そんなモン、始めからついとったんか…?ともかく、ほんまに何も見えへん」


(ドンドンドンという音。窓を叩いているような音に近い)


「あかん、もう来よった…!」


(バンという大きな音。音の正体は不明)


「逃げな、逃げな、あかん…」


(ここから、男が何かを喋っていたかもしれないが、雑音が大きくなり、ほとんど聞こえない。途中、男の声のようなものともとれるような声が聞こえるが、釈然としない。その上、声は男のものでは無いような気もする。詳細は不明)


「うわあああああああああああっ…!」


(男の凄まじい絶叫)


「▲▲▲▲…」


(テープは、まだ残っているのにも関わらず、ここで切れる。最後の記号で記した部分については、全く分からない。聞き方によっては、何かが床を擦れる音とも捉えられるが、誰かの声のような気もする。声は決して男のものでは無いのだが、先程あった甲高い音とも似ているかもしれない。直感的に、声だと二人とも判断したので、括弧をつけて示してある)

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