小説家と漫画家 / 『嗤う田中』シリーズ
日南田 ウヲ
第1話
「なぁ…日比野」
金髪、黒縁眼鏡の男が目の前に座る男に声を掛けた。声を掛けられた男がグラスを手にして顔を上げる。見上げる顔はどこか生気が無く、やつれている。
「お前さぁ、聞くが…」
言って男が手元にグラスを引き寄せる。引き寄せると瓶ビールを注ぎ、それを一気にぐぃと喉奥に流し込んだ。
「なんだ?山岸」
日比野と呼ばれた男が金髪眼鏡をそう呼んだ。ビールを飲みほした金髪眼鏡が、日比野と呼んだ男のグラスにビールを注ぐ。
「お前さぁ、『漫画家』と『小説家』どちらがこれからクリエイティブで生き残れると思う?」
問いかけられた男が僅かに眦を上げる。男は生気の無い様な表情を先程までしていたが、しかし言葉に反応したのか、それとも瞬間口にしたビールが回り始めたのか、段々と頬が朱に染まる。いやもしかしたらそれだけではないかもしれない。
(嫌味なことを言いやがって)
これが男の顔を朱に染めた本音かもしれない。
「なぁどう思う?」
山岸が日比野に再び問いかけた。日比野はビールを口に運び一気に喉奥に流す。流しながら先程湧き上がった熱を冷まそうとする。冷静にならなければ自分が馬鹿を見る。馬鹿を見るとは現実的を見せつけられ、自分がみすぼらしくなるだろうと言う意味だ。
自分は小説家である。だが現実は山岸の様に週刊誌に連載している漫画家ではない。自分は世間に対して小説家と言っているが実情はウェブコンテンツに載せて小さな金銭を稼いでいるそんな小裴の身だ。有名な小説公募選考にも一度も残ったことが無い。だが実力はあると思っている。何故なら目の前にいる山岸とは同じクリエーター学校ではあったが、自分の方が彼よりシナリオでは抜群に良く、その頃は幾つかの賞も取っていたからだ。才能で言えば自分の方が上だという自負が三十台を迎える自分の心の内に今でもある。だから時が来れば『いづれは』と思っているのだ。
だが山岸が放った問いかけはまるで今の自分の状況を端的に示している嫌味にしか聞こえなかった。山岸本人にどういう意図があったかは分からないが、それはそれとして
――嫌味なことを言いやがって
と瞬時に思った。
そう思ったが、しかしそんなことはお首にも出さない方が良い。努めて冷静を保つことがこの場での自分の自尊心というか尊厳を保つ最善の方法だと気づいたのでビールで熱を冷ました。
グラスを置く。それから首を軽く回して窓の外を見る。外は夕暮れに染まり始めている。
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