クリスマスの女

青山えむ

第1話 いつものこと

 自分が作った曲を他人が楽器で弾いている。

 ライブハウスのステージで、まさに生きた音。こんなに至近距離で自分の曲が立体化して物理的に音として聴こえる。

 自分の作った物語がドラマや映画になる時、こんな感覚なのだろうか。


 若い子が必死になってギターを弾いている。俺は自分で弾くわけじゃないので難しいコードを組み込むのもためらいがない。

 若い彼のバンド名を最近よく見かける。やる気があるのが目に見える。

 以前は長い髪の毛をなびかせてかっこよく見えるステージングをしていたけれども「弦が見えにくいので髪を切った」と言って短髪になっている。

 短髪にしたので彼の顔がよく見える。ステージのことしか考えていないという目をしていた。確か大学生だったな。何もかもをバンドにかけている、いられる時期だろうか。


 俺の作った曲の演奏が終わり、セットリストはそのまま彼のバンドのオリジナル曲へと移った。

 俺の作った曲とは違い、素直でまっすぐとがっている曲調。彼らにしか、今しか作れない曲だろう。

 ライブは終始盛り上がっていた。観客は対バンのバンドメンバーと、純粋なお客が十名ほどだろうか。これが地元のいつものライブ風景だった。

 

 俺は作曲が趣味だけれども自分で演奏したいとは思わない。バンドメンバーを集めて練習するのはだるい。でも自分で作った曲はバンドサウンドで聴いてみたい。それをバンドをやっている友人に言ってみたら「じゃあ曲を作ってくれ」と言われた。

 俺の作った曲は結構評判が良くて他のバンドからも依頼が来るようになった。

 もともとライブを見るのが好きだったし、自分の曲が演奏されるのを聴くためにライブハウスへ行く回数も増えていった。


 若いバンドのステージが終わった。彼らは汗だくのまま、自主制作CDが並んでいる物販席へ向かっていた。

 ステージでは次のバンドのセッティングが行われていた。


 こんな暑い日はライブハウスで涼むのも一つの手だろう。涼むために来ているわけじゃないが猛暑の中どこかへ行く気にもなれない。

 クーラーが効いているライブハウスでライブを見て愉しいトークをしているのはものすごくぜいたくな過ごし方かもしれない。

 それに夏は女の子が薄着になるのもいい。俺はビールを片手に壁に寄りかかっていた。


天城あまぎ、お疲れ!」

 いつもの顔ぶれがビールの缶を合わせてきた。

「おう」

 俺はいつもの調子で返す。どうしてライブハウスで会うと「お疲れ」が挨拶なんだろうと思う。バンド同士ならなんとなく解るが、誰もかれもが「お疲れ」と言っている。まるで業界人で仕事仲間のようだ。


「天城さん、打ち上げ出ますか?」

 先ほどの若いバンドの子が声をかけてきた。今日は夜になっても暑いしこのまま涼しいライブハウスで打ち上げに出席することにした。

 本日の出演バンド五バンドと、彼らと仲の良い者が集まっている。いつもの風景だ。


 打ち上げ中盤を過ぎた頃、程よく酔いが回ってきた。隣に女が座っていた。時々ライブハウスで見かける顔だ。

 女は短いワンピースにカーディガンを羽織っていた。太ももの半分辺りまでスカートの裾が来ていた。一瞬目が釘付けになったが凝視するのも失礼だと思い、顔を見ることにした。

 ストレートの黒髪が胸の辺りまである。胸は適度に膨らみ、体全体が細身だった。顔は普通だった。眉毛も目元も化粧がばっちりなのは解った。


「私、天城さんの曲好きなんです」

 女が最初に放った一言、ストレートに言われると嬉しい。聴いてくれるだけでもありがたいが褒められるとさらに嬉しい。

 俺は気分が良くなり饒舌じょうぜつになっていた。女は色々な質問をしてくる。


「天城さんの奥さんてどんな方なんですか」

 初めて話したが、女は俺が既婚者なのを知っていた。俺の曲を好きだと言うくらいだから、ある程度情報は持っているのだろう。隠しているわけじゃないし知っていても何の疑問もない。

 妻とは二年前に結婚した。お互いに好きで好きで結婚をした。

 妻は美人で愛想が良い。頑張り屋で周りの評判も良い。俺も最初はそこに魅力を感じていた。あんなに美人なのに努力を怠らない妻が輝いて見えた。

 けれども今は違う。「こんなに頑張っているんだから私のこと絶対好きでしょう」そんなオーラが伝わる。

 結婚は若気の至りだったと思う。最近はお互いに冷めているのが解る。けれども友人たちの前に出ると上手く夫婦を演じている。つまらない平行線が続いている。


「ちょっと俺たち抜けるわ」

 俺は女と二人で打ち上げを後にした。

「天城さん、お疲れ様でした」

 若いバンドの子が元気に言う。


 そのまま女とホテルに行った。独身時代はよくあることだった。

 今日はライブも良かったし心地良く酔いが回っていた。なんだか愉しくなってノリで女をホテルに誘った。

 女はスタイルが良く、小柄な体型だった。妻は長身だから違うタイプに惹かれたのだろうか。

 女を抱きしめるとつやつやの髪の毛からいいにおいがした。


「妻に全てを管理されている気がして休まる時がないんだ、もっと自由にさせてほしいよ」

 俺は女に愚痴ぐちっていた。女は根気強く話を聞いていた。一切自分の話をすることはなく、ずっと俺の話を聞いていた。

 妻とは正反対だと思った。おしつけがましいところが一切ない。髪型も身長も、外見も正反対だった。

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