蘇る蟲の群れ
「待て。これは―――体自体が蟲で出来てるのか?」
【
緑の
疲労困憊した体でそれをしばし見上げていた水兵は、自らの頬を叩いて気合を入れ直す。戦闘は終わってこそいないが、ひとまず艦は生き延びた。ダメージコントロールはうまくいき、神々の軍勢と救援に来た人類製神格部隊及び気圏戦闘機隊の戦いはより南へ移っていった。取り残された形となった艦の目下の目的は無事に近くの基地まで戻ることだ。
割り当てられた作業を再開しようとした彼はふと。海面に何かが浮かんでいることに気が付いた。流氷ではない。銀色に光を反射するありゃなんだ―――
「―――!?誰か浮かんでるぞ!!」
たちまちひとが集まってきた。艦の中枢まで報告が行き、推進を停止。慎重に、そちらへと近づいていく。
水兵たちは、引き上げた漂流者に絶句。何故ならばそれは死体にしか見えなかったからである。頭の顎より上と左腕、腹部より下が消えてなくなっていたのだった。明らかに人間ではないが神々でもない。知性強化動物であろう。機種は分からないにしても。
甲板の上に寝かせた遺体を、毛布で包もうとして。
ギシギシギシ……
遺体が動いた。正確には、傷の断面に群がっていた無数の蟲が動いたのである。思わず後ずさる水兵たち。
「いや、待て。これは―――体自体が蟲で出来てるのか?」
知性強化動物の種類は多岐にわたるから、そういうものもいるかもしれない。現場の水兵たちにはよくわからなかったが。専門家ではない彼らはそこまで知性強化動物の生理構造について詳しくない。
「軍医だ!担架を持ってこい!生きてるかもしれん!!」
再び慌ただしくなった。担架が運ばれてくる。そちらに移そうと水兵たちが悪戦苦闘している間にも、蟲たちは動き続けていた。脱皮し、変態し、移動し、交尾し、産卵し、死んだ仲間の体を食べ、必死に群全体を回復させようとしていたのである。
すぐに、知性強化動物?は医務室へと運び込まれていった。
◇
「……むにゃ」
目が覚めた。
はやしもはしばしの間呆けていた。頭(ではないが便宜上こう呼ぶ)がぼんやりする。体が変だ。明かりが眩しい。
起き上がろうとして、異変に気付いた。
体が未分化だ。幼くなっているというか。全体的に幼児体形で、表面を覆っている六角形がその分大きくなっている。体が縮んでいるのだろうか。
と。
「おお。起きたか」
声の方に顔を向けると、医官の格好をした初老の男性。軍医だろう。室内の様子もそれを裏付けている。
「……?」
「大丈夫かね」
「……おなか、すいた。です」
「はは。そうだろうそうだろう。そこまで再生するのに必要だったエネルギーは凄いからね。待っていなさい。スープでも用意しよう。消化のいいね」
傍らにいた兵に食事を用意するよう命じると、軍医はこちらに向き直った。
「いやはや。それにしてもテクノロジーの進歩は凄まじいな。この仕事は長いが、目の前で君のような再生を見る時代が来るとは思っていなかった」
「……再生、です?」
「覚えていないかな。君は漂流していたんだよ。それを我々が拾い上げた。ここはフリゲート艦カルロ・ベルガミーニの医務室だ。君は体の多くを失っていた。だが、体中の蟲が動き出してね。配置を変え、足りなくなった部分は別の蟲が補って、今の状態にまで再構築したんだよ。今は小さくなっているが、その内体の大きさも元に戻るだろう。きっとね」
体を改めて見下ろす。ずいぶんと幼く、そして小柄になった体。だが、生きている。
「……敵はどうなった、です?」
「戦域を移して今も戦っているようだ。詳しくは私も分からんがね。だが、君が助けてくれたおかげでこの艦はまだ浮いていられる。艦を代表して礼を言わせてくれ」
「がんばった、です……」
「そうだな。君はとても頑張った。さ。しばらく休んでいたまえ」
体をベッドに横たえるはやしもに対して、軍医は付け加える。
「っと。そうだ。君の所属と名前を教えてくれるかな」
「……日本統合自衛隊、神格部隊、米海軍空母"ニミッツ"乗り組み、
今度こそ、はやしもは毛布にくるまるとスープの到着を待った。
―――西暦二〇六二年三月。はやしもが初めて実戦を経験した日の出来事。
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