有意義な前進

「戦争はコミュニケーションの一形態だ。その最も過激な側面というだけに過ぎない」


【イギリス イングランドロンドン市 マリオン家】


「お疲れさんだったな。ま、座れや」

グ=ラスは、勧められるままにソファへ腰かけた。

対面に座っているのは銀髪を備えた一見十代後半の少女。実際には既に初老の域に入っている、世界でも屈指の富豪である。

フランシス="ドレーク"=マリオン。古くからの顔なじみであった。

「向こうはどうだった?」

「えらい目に遭ったよ。生きて帰れたのは奇跡だ」

出された紅茶を口につける。美味い。いつもここではいいものを使っている。いや、フランシスはグ=ラス相手には常に良いものと接するように気を配っていた。見る目を養っていたのだ。

窓の外へと目を向ける。帰還兵として戻って来てからの2か月はあっという間だった。軍での報告。休養。クリスマスが過ぎ、もうすぐ大晦日だ。雪がちらつくロンドンの街並みは懐かしく思えた。

「悪かったな。今日しか時間が取れなかった」

「いいよ。家族に会う時間はとれたから。そっちも忙しいんじゃ」

「まあな。トイレットペーパーから義肢まで。それこそうちのグループ総出で戦争協力だ。必要な物資を前線へ大量に送り込んでるし、高度知能機械の演算リソースもずっと国連に貸してる。やりくりで苦労してるんだ。もう六年目だってのにな」

「大変だ」

「これでもまだマシなんだよ。前の戦争と比べりゃあな。地球が戦場にならないためなら、人類は幾らでも前線に物資を送り続けるだろう。その辺はお前の方が実感してるかもしれんが」

相手の言葉に、グ=ラスは頷いた。戦場に旅立った兵士たちを駆り立てていたもの。それは危機感だ。今度こそ人類は絶滅するかもしれない。地球は神々に滅ぼされてしまうかもしれない。その恐怖を払拭するために、多くの若者が志願し、あちらの世界で戦っているのだ。自分の部下たちもそういった者がたくさんいた。その多くを失ってしまったが。

「神々は実際、かなり追い詰められてるように思う」

「だろうな。神王は和睦を考えてるんだって?」

「はっきりとは断言しなかったけどね。しかしこのまま戦ってても意味はないという事実は認識していた」

「そうか……」

フランシスはカップに視線を落とした。そこに映るものから何を読み取っているのだろうか。

「前進した。と言っていいんだろうな」

「たぶんね。もちろん、すぐに戦争を終わらせる力は神王にはない。誰にもないだろう。人類と神々が妥協できる点を探す必要がある」

「だが簡単じゃあない。人類は五十億を殺されてる。それどころか現在進行形で何十万って数の人間が洗脳され、破壊兵器に改造されて差し向けられてきている。単なる敵を相手に戦うよりもずっと、このことへのストレスは大きい。人間の兵士たちだけじゃあない。知性強化動物にも精神面で悪影響が報告されてる。戦いを続けること自体が和平を難しくするだろう。人類が求める最低ラインは神々の完全な武装解除と、今後の恒久的な神格の建造禁止。そしてあっちにいる全人類の解放だ。無条件降伏だな。実際はもっと要求を付け加えるだろうが。それは人類に自分たちの生殺与奪権を預けるのと同義だ。そこまで持っていけそうなのか?」

「ソ・ウルナは言ってたよ。十年か、二十年はかかるだろうと。神々の全てが戦いに疲れ切るまで。そして、そうなったときに人類に運命を委ねてもいいと思えるようになるまで。

彼は人類がこれまで送り続けて来た、有形無形様々なメッセージを受け取っていた。僕自身を含めて。この六年間の戦いで、彼らは少しずつ理解しつつある。人類は神々を滅ぼすつもりはない。って」

「そうか。伝わってはいたか……それを聞いて少しだけ安心した」

「おばさんでも不安だったりする?」

「そりゃもちろん。オレだって人間なんだぞ。こんな無敵の体をしててもな」

都市すら滅ぼせる火力と無尽蔵の体力、そして永遠の若さを持つはずの大海賊は、ずいぶんと疲れているようにグ=ラスには見えた。

「オレだって相手の心は読めない。推測できるだけだ。だからコミュニケーションって奴はいつの時代も難しい。相手が異種族ならなおさらだよ」

「そうか」

「お前の報告は貴重だよ。あっちの内情を詳細に伝えてくれた」

「役に立てたのなら、よかった」

グ=ラスは。この、もはや少年から青年へと成長した戦士は、深く頷いた。

その後見人でもある海賊は、相手を深く労った。




―――西暦二〇五八年末。人類製第五世代型神格が実戦投入される九年前の出来事。

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