夜空に浮かぶ都市

「遠くに来ちゃったなあ」


樹海の惑星グ=ラス南半球 多島海南方海域 国連軍海軍第十八分艦隊 空母"クイーン・エリザベス"甲板上】


ミカエルは呟いた。

頭上に広がるのは満天の星々。地球のそれらとは全く異なる並びのそれらを背景に、様々な巨大構造物が見て取れる。神格の強力な視力にかかれば、常人には目にすることの叶わぬ軌道上のステーションやコロニーをはっきりと視認できるのである。

それは、神々の住まう宇宙都市だった。

見慣れたオービタルリングが空にかかっていない。というのがこれほど不安なものだったとは。

飛行甲板の隅に座り、ミカエルは天を見上げていた。手にはしっかり蓋がされたタンブラー。中には温かいポタージュが入っている。

ちびちびと中身を飲む。冷えた体に熱が染み渡った。

「なんだ。そんなところにいたのか」

振り返れば、軍服を着た竜が立っていた。同僚のドラゴーネ級。独自開発するほどの力がない国家でライセンス生産されていたため、比較的よく見かける第二世代型知性強化動物である。第三世代が主流となった現在、生産している国家はもうないが。彼自身は南太平洋生まれだ。

同僚はちょこん、と横に座ると、共に空を見上げる。そこにある宇宙都市を。

「余計な光がないからよく見える。今頃連中、戦々恐々としてんだろうなあ。いつ直接撃たれるか。って」

「撃ったらそれこそ絶滅戦争だよ」

「わーってるよ。とはいえ連中、前の時は散々地球の都市を吹っ飛ばしやがったのについてはどう考えてんだろうな」

「悪いと思ってるなら、今も改造した人間を洗脳して戦場に送り出してこないと思うよ」

「そりゃそうだ」

同僚は納得。神々との交渉は遅々として進んでいないと聞く。それはそうだろう。奴らがこちらに連れて来た人間をすべて返すことなどできようはずもない。それは滅亡への道だ。一方で人類の突きつけている要求はそれだけではない。こちらの人類の帰還と、武装解除。無条件降伏を求めている。遺伝子戦争で人口の七割を殺された以上、これも当然であろう。どちらの要求が通るかは神のみぞ知ると言ったところか。

「超新星爆発、か。最初に滅びの危機に瀕した時、彼らはどうしたんだろう。今みたいに死に物狂いになってたのかな」

「たぶんな。連中の生き汚さは一級品だ。生き残るためにはあらゆる手段を執ったはずだぜ」

超新星爆発に際して神々が行った生存のための試みは、そのすべてが判明しているわけではない。神々自身もすべては把握していないのだった。恐るべき大災厄となった超新星爆発とその後の混乱によって多くの記録が失われたために。

その中でも実態が詳しく伝わっているものの一つが、惑星そのものの改造。この星の生態系とそして神々自身の遺伝子を操作し、来たるべき破滅に備えたのだ。

それ以外にも星系外への移民船団など幾つもの方策がとられたらしいが、そのことごとくは失敗したらしい。もし成功していれば神々は地球に侵攻することはなかっただろう。神々やこの星の生命の、純粋に自然な遺伝子情報が残っていたということになるから。

そして。惑星改造とその後の地球侵攻も、失敗が確実なものとなりつつある。種としての活力を失い、人類という敵を作ってしまったことによって。

「次は彼らはどうするんだろう」

「どうもしないさ。俺たちがさせない。武装解除させ、人間の家畜化をやめさせる。そうすることで連中は、いずれ俺たちの歴史書の中にだけその痕跡を残すんだ。本来なら何百年も前に滅んでるはずの種族だ。その命運を絶って何が悪い?」

「うん」

「さ。戻ろうぜ。体が冷える」

ポタージュを飲み干したミカエルは、言われた通りにした。

立ち上がり、最後にもう一回だけ夜空を見上げた彼女は、艦内へと戻っていった。




―――西暦二〇五六年末。神々による文明が滅亡する千年四百年ほど前の出来事。

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