帰ってきた男
「今日、この場で話をする機会を与えてくださった皆さんに感謝します」
【ニューヨーク 第106回国際連合総会 臨時会議】
燈火は会場を見回した。国連総会、本会議。今ここで議題に上がっているのは、自分が引き起こした一連の事態に関するものだ。自分がこんなところに立っているなんてかつて想像したことすらなかった。こちらを見るのはその多くが国家を代表する人々のはず。年齢からすればあの戦争を経験した人々だろう。自分同様に。
何を話すかは考えはしたが、小学校すら卒業していない自分には荷が重すぎる。それでも、ここで話すべきなのは他の誰でもない。自分だ。門を開き、自分の名義でメッセージを残し、そして生きてここまでたどり着いたのだから。
「僕の名前は都築燈火。あちらの世界に囚われていたひとりの人間です。どこから話すべきか、僕には難しい問題だ。皆さんがどのような話を期待しているかも分かりません。けれど、まず。僕はこの世界古来の神仏に。救いの手を差し伸べてくださったすべての人類に、感謝したい。門の開通後すぐ、救助を開始してくださった地球に属する全ての人々、知性強化動物、知能機械の方々には深くお礼を申し上げます。
僕は神々に挑んだ最初の人間でもなければ最後の人間でもありません。既に多くの方が人類のために戦い、傷つき、時に自らの生命さえもかけています。そのような多くの方々と同じです。ただ、手段があり機会に恵まれただけです。ですから、僕はあちらの世界で今も囚われている何千万という人々のひとりとしてここに立っています。皆さんにお招きいただいたことを大変光栄に思います。
親愛なる皆さん。僕は二〇一六年三月十六日。他の多くの人々と共にあちらの世界に連れていかれました。ですから、その後の地球が辿った道についてはごく限られたことしか知りません。ですが、あなた方が僕たちと同様。いえ、ひょっとすればそれ以上の辛酸を舐めて来たのであろうということは分かります。
けれど、それでも信じるしかなかった。あなたがたが現在置かれている状況は僕らよりマシで、手を差し伸べてくれるだけの余力があると」
一息。喉がからからに渇く。手元のペットボトルから水分を補給。こういうところは戦前と変わっていないことに安堵する。古い伝統が残っているというのもよいことだ。少なくとも、自分のような浦島太郎が戸惑わずに済む。
「この三十五年あまり、神々は僕の生命を何度も奪いかけました。僕だけじゃない。何十人。何百人。何千人という数が、僕の見ている前で無惨に殺されました。惑星全土ではその数は何桁も膨れ上がるでしょう。彼らは人類を貴重な資産と見なしていますが、管理に不都合とみなせば容易に間引きます。僕には何もできませんでした。逃げ回り、姿を隠すことしか。彼らは僕たちが生まれながらに持っている権利に対して微塵ほども敬意を払いません。多くの人々がその現実に屈し、神々に対して膝を折りました。他にどうすることもできなかったからです。力がないというのはそういうことでした。神々にとっては僕たち人間は敵ではありません。対等の存在とみなしていないからです。
皆さんは違います。地球人類は門が閉じていた期間に驚くべき強さを得るに至った。神々も対等の相手とみなす事でしょう。例えそれがどれほど認めがたい事実だったとしても。彼らは恐怖することになるでしょう。今まで踏みつけていた人間との力関係が変化することに。
神々は僕たちに対して多くの酷い仕打ちを行いました。僕の眼前で繰り広げられた光景はまぎれもない悲劇ですが、僕は彼らをもう、敵とは思っていません。神々の行いはただの、追い詰められ、滅亡を間近に控えた哀れな種族の苦し紛れに過ぎないからです。僕は地球に帰還し、その事実をはっきりと認識しました。
彼らの過ちは正されるべきです。より若く新しい種である、我々人類によってです。それによって、今も生きている人々が救済されることを願っています。僕自身には何の力もありませんが、皆さんの力があればきっと成し遂げられることでしょう。
ですから、親愛なるみなさん。どうか忘れないでください。あちらの世界で今生きている人類。そして、これから生まれてくる子供たちの運命は、皆さんにかかっているという事実を。そしてどうか、再び明るい未来を、すべての人類が切り拓いていける世界を創造してください。それが。それこそが、僕とあちらの世界に生きる人類の願いです」
語り終えた燈火は、聴衆を。国連総会の出席者たちを見やった。
いや、彼の視線はその向こう。出席者たちを通してこちらを見ている、全人類に向いていた。
かつて少年だった男は、自らが属する種族の善意を信じた。
やがて、拍手が始まった。最初おずおずと。しかしたちまち巨大な音の洪水と化したそれに、燈火は自らのスピーチがもたらした反響の大きさを知った。
―――西暦二〇五二年五月十八日。都築燈火が国連総会にてスピーチを行った日。人類製第五世代型神格が実戦投入される十五年前の出来事。
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