けっこう違う

「ねえ、おとうさん。私たちは人間じゃないのに、どうして人間は私たちを人間だっていうの?」


【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ 教会】


娘に問われたアルベルト・デファント博士は考え込んだ。

日曜のミサの最中の事である。

教会に集まっている人の数は多くもなければ少なくもない。今の時代でも宗教は大きな力をもっているが、忙しく生きる現代人たちの中には教会から足が遠のくものもいる。

後方の席に座っていた父娘は、そうではない例だった。一見ごく普通の親子であるが、しかし父親は屈強ながらもずいぶんと年嵩だし、一方で娘は、服装こそ帽子にマフラー、あたたかな衣類ではあるものの、普通とは異なる容姿をしている。角があり、顔を栗毛で覆われ、人間とやや異なる骨格構造を持ち、そして尻尾がある。知性強化動物フォレッティ級、個体名ローザと呼ばれる、最新鋭の兵器だった。

「そうだな。人間と言う言葉に幾つも意味があるからだ。生物としての人間はホモ・サピエンスだ。けれど、人間たち全員。人類の一員として、知性強化動物を人間と呼ぶ場合もある」

「ふしぎ」

首をかしげるローザ。生まれてまだ3か月ほどしかたっていないこの超生命体は知能でも過去の知性強化動物を上回っている。第二世代が肉体的な能力の頂点を極めているとすれば、第三世代は知的な能力の頂点を極めているのだ。

「人間と知性強化動物って、なかま?」

「仲間だ。同じ地球で暮らして、助け合っていくね」

「でもぜんぜん、違うよね。似てるのって見かけくらい」

「そうかな」

フォレッティ級は第一世代と同程度には人間に近い外見をしている。もっとも、肉体構造はかなり異なっていたが。マクロな部分ではなく、ミクロ。非常に微細な部分でそれは顕著だ。

「ローザはこどもを産めないよ。けど人間は産めるよ。ローザは大きな数の素因数分解ができるよ。けど人間はできないよ。ローザは10次元のモデルを直観的に理解して挙動を言語化できるよ。人間にはできないよ。ローザは10次のシャノンエントロピーを持っているよ。人間は9次しかもってないよ」

「違っていたら、仲間になれないと思うかい?」

「……わかんない」

知性強化動物は、悩ましげな顔をした。

「人間はとても数が多い。協力しあっていろんな仕事ができる。ローザたち知性強化動物はとても賢いし、大人になればすごく強くなる。人間にはできない仕事ができる。この二つの生き物が助け合ったら、もっとすごいことができる。

それはとても有益な事だと思わないか」

「……うん」

娘の返事に、父は笑顔を浮かべた。

この超生物は確かに優れた知能を持つが、しかし経験が圧倒的に足りない。知性強化動物は二年で大人になるが、それが真に独り立ちするには人間同様の長い歳月が必要だった。結局のところ、人間と同規模の肉体と感覚器で得られる外界の情報には限度があるからだ。そこがビッグデータを利用することでたちまち成長できる高度知能機械と違う点だった。

「さ。神様にお祈りしたら讃美歌だよ」

「お歌、すき」

「そいつは何よりだ」




―――西暦二〇四五年。ナポリの教会にて。フォレッティ級が誕生してから三か月、アルベルトが神格研究に携わるようになってから二十九年目の出来事。

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