たいして変わらない
「僕にとっては些細な問題だ。人間の定義というものはね」
【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ ゴールドマン宅】
べろり。
そんな擬音を顔面で感じて、ゴールドマンは目を醒ました。
まだ暗い。カーテンの向こうは闇に包まれたままだろう。更に、目の前に何かいる。まだ視界がぼやけている。枕元に手を伸ばす。手探りで探し当てた眼鏡をかけて、ようやくゴールドマンは事態を把握した。
「……君か」
「おとーさん、おはよ」
目の前でキャッキャしているのは竜の形をした、毛の生えている生き物。
「おはよう、ドロミテ」
挨拶と共にゴールドマンは、この知性強化動物を布団の中へと引きずり込んだ。
「きゃはは」
「まだ寝てる時間だよ」
引きずり込まれたドロミテの方は楽しそうだった。のんきに笑っている。
「トイレかい?」
「といれー」
よっこいしょ、とゴールドマンは起き上がった。まだこのドラゴーネの子供は自分でトイレができない。連れて行ってやる必要があった。
ベッドから降りる二名。人工知能がそれを感知して灯りをつけた。ドロミテは上体を起こすと直立二足歩行でついてくる。この新生物は体の構造から従来の人間用のトイレが使い辛い。使えないわけではないが。日本の和式便器がベストであるが、ゴールドマンの部屋は戦後に建てられ、傷痍軍人の入居も考慮されたアパルトマンであるからその辺は問題なかった。他のドラゴーネの里親もそう言った家屋の住人が選ばれている。
「ねえ。おとーさん」
「なんだい」
「知性強化動物って、人間とちがうの?」
「うん?そうだなあ。違うと言えば違うな」
下着―――もちろん特注———を脱がしてやると、ドロミテは便座の両脇の手すりにひょいと飛び乗った。そのまま尻尾を大きく上に。驚くべき柔軟性を発揮していた。
排泄口からはまず尿。そして大便へと続く。ドラゴーネは基本的には哺乳類である。そして両性具有でもあった。
「知性強化動物は二年で大人になる。尻尾がある。数は少ない。人間は二十年かけて大人になる。尻尾がない。大勢いる。それくらいかな」
「見た目もちがうよ」
「そうだね。例えば肌の色。ペレとモニカは何色をしているかな?」
「チョコレート色と白ー」
「正解。顔立ちもだいぶ違うな。僕とあの二人もかなり違う。じゃあ、逆に共通しているのは?」
「手がふたつ、足もふたつ、頭もあるよ!」
「ドロミテたちにもあるな」
「あれ?あんまり違わない?」
排泄が終了。ビニール手袋を用意。排泄口を拭いてやる。トイレットペーパーを流し、ゴミ箱に手袋を入れ、服を直してやってトイレは終了だった。
「そう。世の中にはいろんな人がいる。ほとんどの人は尻尾がない。手が一本しかない人もいるし、言葉をしゃべれない人もいる。みんな違う。そういう人たちもみんなまとめて、"人類"と言うんだ」
「じんるい!ドロミテも人類?」
「そう。人類だよ。覚えたかい?」
「おぼえたよ!」
「いい子だ。じゃあもうちょっと静かにしとこう。まだ夜だからね。他の住人が起きてしまう」
「はーい」
部屋に戻ると、ドロミテは自分のベッドにもぐりこんだ。
それを見届けたゴールドマンも、眠りを再開した。寝入りは安らかだった。
—――西暦二〇三二年、ゴールドマン宅にて。知性強化動物が家庭を体験するという伝統が生まれて十二年目、国連で知性強化動物を人類の一員と宣言されてから十一年目の出来事。
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