長生きなお祖母ちゃん
「人間の繁栄を支えてきたのは、助け合うことだ。中でも、世話の必要な幼児を抱えていない祖母の功績は事の他大きい」
【イタリア エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】
ベルッチ家の厨房はその始まりから女性の支配下にある。代々の女主人たちが腕によりをかけて料理をしてきたのだ。それはいつの時代にも変わらない。この島で映画の撮影が行われた頃もそうだったし、長女が行方不明になった日も。あの世界間戦争が始まった日も。長男が軍艦に乗り込むことになった日も。戦争が終わり、行方不明になっていた長女が帰ってきた日も、そうだった。
世界は激変したが、しかし元からそうだったではないか。電気などなかった時代の建物には今や様々なハイテク製品が並び、現代的な生活が享受できた。世界はそもそも変わっていくものだ。
だから、その最先端。ハイテクの極致である新兵器がうちの厨房を取り仕切っていてもなんら不思議な事はない。
「お祖母ちゃん、下ごしらえできたよ」
「はいな、じゃあこっちをレンジにかけておいて。リスカムちゃん」
「はーい」
野菜を炒めていたアニタ・ベルッチは、孫同然にも思っている知性強化動物へと指示を下した。
行方不明になった時のままの姿をしたモニカが帰ってきた時は驚いたものだが、この不思議な生物を連れてきた時には更に驚いた。「この子達に私と同じ目に遭って欲しくないから」と告げる娘に、アニタは折れたのだった。夫や両親を説得したのもアニタである。あの眼鏡の科学者―――ゴールドマンを家に入れる許可を出したのも。かつて夫はあの男を殴り飛ばしたものだった。娘を解剖し、体内に爆弾まで埋め込んだというから当然である。よくぞ一家とあの男との関係がここまで改善できたものだ。ゴールドマンには誠意があった。
「人間はね。お祖母ちゃんがいるから生き延びてきたんだよ。ゴールドマンおじさんが言ってた」
不意な発言。
「うん?」
「人間の子育ては手間がかかる。たくさんのエネルギーも。植物の少ない開けた環境に住んでた人類は、だから必要なだけの食べ物を得られないことも珍しくなかったの」
レンジで蒸されている野菜を見つめているリスカム。その間も手は動き、皿と調味料を準備している。
「だから初期の人類が選んだのは助け合うこと。男性は食料を家族や仲間に分配するし、母親は助け合って子育てする。子供を抱えていない祖母は経験豊富な助っ人になったの。人間の女性が長生きなのは、そうできる集団のほうが有利だったから、って言う説もあるんだよ。
お祖母ちゃん」
「なるほどねえ。要するに、娘を助けてたから長生きできるようになったってことかい」
「そう。それ!」
アニタは鍋に食材をぶちこみ、火をかけながら話を聞いていた。
「じゃああたしも長生きできるかね」
「うん。できるよ。きっと」
リスカムはにっこり。
「そう願いたいもんだ」
そう答えたアニタだったが、実際には別のことを願っていた。この子が長生きできますように。どうかもう、戦争など起きませんように。戦死した長男―――ジュリオの時のような思いをせずにすみますように。
アニタ・ベルッチは祈った。心の底から、自らの信じる神に対して。
―――西暦二〇二三年。ジュリオ・ベルッチが神々の捕虜となって五年、アニタ・ベルッチがジュリオの消息を知る二十九年前。
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