ジングルベルは誰がために

「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る!」


【防衛医科大学校近辺 商店街】


「はるなはご機嫌だね」

「サンタさん!」

答えになっていない答えを都築博士に返したのははるなである。白と赤のトンガリ帽子を被り、るんるんと歩く彼女は注意力があっちに向かいこっちに飛び、と危なっかしいことこの上ない。行き交う自転車にぶつかりそうになったことも一度や二度ではなかった。

「危ないなあ、もう」

「子育てがどれだけ大変かわかるだろう?お前たちもあんなだったぞ」

「え、マジ?」

「世の中の親はみんな、私達と同じ苦労をしてるのさ」

都築博士は苦笑しながら刀弥に現実を突きつける。もちろんそんな人間たちの考えなどお構いなしに、お子様ははしゃいでいるのだった。

「クリスマス楽しみー!」

周囲を見回せば赤いコスチュームの売り子や雪だるまの飾り、流れてくるのはリズミカルなベルの音色である。クリスマスシーズンだった。

音楽に合わせてゆらゆらしているはるなの様子に、都築博士は微笑んだ。

「はるな。サンタさんは好きかい?」

「好きー」

「いい子だ」

わしわし、とはるなの頭を撫でると、彼は自分の手をしげしげと見直した。

「どうしたの?」

「成長を実感している。前は腰を曲げないと手が届かなかったからな」

「そっか」

「もうすぐ、はるなの肉体年齢は人間の十歳を越える」

「……」

「あの日の燈火より大きくなる。やがてはお前よりお姉さんに。そこであの子の成長は止まる」

「はるなはどうなるの。大人になったら」

「知性強化動物の権利については法整備中だ。国連も、国際法の締結のために動いてる。人間と全く同じとは行かないだろうが。あの子達は国の資産で、兵器だから」

しんみりとした空気。それを打ち消すよう、都築博士は話題を変えた。

「まあ、今は考えても仕方ないことは後回しだ。クリスマス会をどうするか考えなきゃいかん」

「あれ。吉田さんが幹事するんじゃないの」

部下の名前を出した息子に頷く都築博士。

「そうだが、プレゼント交換があるからな。私も用意しないと。何を買っていくべきか」

「あの子達の好きそうなものかー……楽器とか」

「楽器か。いいかもしれん」

「いいんだ」

適当に口にしただけの刀弥へ、都築博士は微笑んだ。

「社会性のある知的生命体は、音楽を快く感じるようにできてるんだよ」

「そうなの?」

「ああ。音楽はそもそも人間の動作音を真似ているんだ。他人の動きには反応しなきゃいけないから、人間は動作音を聞くととっさに動く。小さな子が車道に飛び出そうとしたらつかまえるし、ボールが飛んできたら頭をかばう。それもタイミングよくだ」

「そんな理由だったんだ」

「音だけじゃない。表情だってあくびにしたって相手につられることがある。極端な例になると、数人の暴徒から大規模な暴動がおきたりする。

ダンスも似た理屈だな。架空の動作音につられて似た動きをするのをダンスと呼んでるわけだ」

「なるほどなあ」

頷きながらも刀弥は、今聞いた話を実践した。またどこかへふらふら行こうとするはるなの首根っこをつかまえると、そのまま抱き上げたのである。

「でっかくなったなあ」

九尾たちは順調に育っているから、そろそろ抱き上げるのが厳しくなってきた。前はよく抱っこをしてやったものなのだが。

「もっと大きくなるよ!」

「そしたら抱っこは卒業だね」

「えー。やだ!」

「僕の腰が保たないよ」

よっこいしょ、とはるなを下ろす刀弥。

「さ。よい子のところしかサンタさんは来ないよ」

「よい子にする〜」

「よし。行こうか」

「うん」




―――西暦二〇二〇年。知的生命体全般への思考制御措置が国際法で禁止される半年前、遺伝子戦争終戦記念日の三ヶ月前の出来事。

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