陽光と陰り(後編) 初版

第30話 温泉じゃ! 湯気に煙る朝日。

◇◆◇◆



 ココの家が建つ浮島はとても小さい。その家の裏にわずかばかりの畑があったのだが、いまは露天掘りのエーテル温泉が自慢気に湯気を立ち昇らせていた。


「んー、やはり温泉は格別じゃな!」

「そうですね。ココさんの怪我もようやく癒えましたし、本当に良かったです」

「うん、ごめんね。心配かけちゃった」


 ぱしゃぱしゃと湯船の水面を両手で波立てながらココが、左右にいるリヴィアとユリを交互に見上げた。朝の空気の冷たさがココの火照った顔にあたり、彼女は「はふっ」と小さく息を吐いた。先日の怪我から完全に回復したココは、自分は大丈夫なのだとリヴィアとユリに笑顔を向ける。


「ははは! だが、無理は禁物じゃ。ココはゆっくりと湯治をするのが今は大事ぞ」


 リヴィアはココのほんのりと赤みを帯びた頬を指で優しく撫でる。リヴィアがいる露天風呂は彼女が魔術により開湯したもので、ココの療養のために必要なのだと主張したものだ。その開湯のためには家屋裏手にある畑を潰す必要があった。ペルンは自分の畑を潰されたら野菜たちが泣いちまう! の大反対をしたが、リヴィアの圧倒的な力の前に彼の抵抗も空しく強引に作られてしまったのだ。


「ペルンの畑を潰しちゃったんだ。だけど、ペルンにもお湯を楽しんで欲しい」

「大丈夫でございますよ、ココ様。ペルンさんもココ様の療養のためにと快く畑の場所を開けてくれたのです。反対の素振りは照れ隠しなのでございますよ」

「ふむ。だとすれば難儀な奴じゃな」

「難儀な奴‥‥‥ふふ。リヴィア様、そうでございますね」


 現在ペルンは新たな畑の開墾のため、シュルツを伴って地続きの隣の浮島に出掛けている。シュルツは両肩に簡易的な腕を付けているから、以前と同じような動作―――作業は出来るだろう。ただ、本格的な修理をしなければ通常の力は出せない。シュルツは未だ不完全な腕のままだった。

 ココがぶくぶくと鼻下までを湯船につけて何やら思案顔。そんなココの傍でリヴィアは愛おしそうに顔を擦り寄せた。


「なんじゃ? 何か悩みでもあるのかの? 悪いようにはせぬ、に言うてみるのじゃ」


 リヴィアはココを抱きしめる。その胸に抱きしめられながらココは思う。今回の魔動人形体の暴走はリヴィアやユリのおかげで事なきを得た。私は系譜原典であるのに何もできず最後には気を失ってしまっていた。「私って、ほんとに力がない」と呟きが湯船の泡ぶくを膨らませる。


「ココ様、どうか悩みをお話しくださいませ。私をはじめ皆、ココ様の力になりたく思っているのです」

「あ、うん。私はリヴィアちゃんのように強くなりたいんだ」

「おお! そうか、そうじゃな。本当にココはいやつじゃのう」


 そう言って、リヴィアはココの頬に唇を寄せてくる。されるがままのココは強く決意するのだ。「系譜原典として強くなりたい!」と。


「ふむ。であれば、やはり従者を下天させて強化を図ることじゃな。現世界に下天させて、そこで従者の器の強化を行う。そして再び天異界で戻ってその器にエーテルを注ぎ込む、この繰り返しが結果として系譜強化の最短となるはずじゃ。原典と従者は一体であるから、従者の強化が即ち原典の強化となる。手始めに其処なユリでも系譜に入れてみれば良かろうよ」

「ココ様の系譜に指名されたこと身に余る光栄でございます。ココ様、急ぐことはございません。ゆっくりとで良いのでございます。原典としての土台をしっかり固めていけば、自ずと高みに到達できます。私はそう思っております」

「そうだね。現在の私の小さな力じゃ、ユリちゃんを系譜入りに迎えることが出来ない。でも、必ずユリちゃんを迎えるから、そのときまで待ってて欲しい」

「ふふ。承知いたしました。私はいつまでも待っていますので、必ず私をココ様のものにして下さいませ」


 ユリが横からココを抱きしめる。リヴィアとユリの二人からぎゅっとされて、ココは湯船の中でのぼせてしまいそう。「ぷはあ~」と両手を大きく上にかかげてココは立ち上がった。

 上半身を湯船から出したココは、リヴィアとユリの間に仁王立ちして山嶺から吹き下ろす冷涼に火照った体をさらす。湯船の湯気がくねり、その隙間からココの肌が見えた。その少女の小さな背中を見てリヴィアは改めて息をのんでしまう。リヴィアの領域魔法をもってしても消えない傷跡―――無作法に縫い合わされた縫合跡が、少女の白い体を蛇のようにうねって縦横に引き裂いていた。その目をしかめてしまう程の傷跡を見て、リヴィアは居ても立っても居られずココの傷に覆い被さるようにして自分の胸に抱き寄せ、ココの体中を走っている古き傷跡をそっと指でなぞる。


「ココ、痛くはないのか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る