第22話 浸食する力は、世界を貪る闇。

 天之神如則ヤージュヴニャルキーヤが起動する。リヴィアタンが統べる六律系譜の、その水属性の全ての領域魔法の重層起動が究極最終真神成術に並行して現象する。発現される効果は『世界甦生』である。それは、六律系譜の最上位者のみが使うことの許された神の御業。その神如きの力は天地開闢を再び紡ぐ力に他ならない。リヴィアが、その神なる魔法を行使し始めていくと、対象者であるココの輪郭が昇華し得るほどに揺らめいた。実体が不明瞭になるほどのエーテルが上位次元から注ぎ込まれ、ココの姿形を魂から強制的に再生させられていく。

 リヴィアタンが究極最終真神成術を行使せざるを得ないほどにシュルツが持つ連樹子の力は凄まじく、ココを、そしてココを起点にして世界さえをも存在滅失に導こうとしていた。


「ココ、お主を決して死なせはせぬっ!」


 ココの体の内部から臓物を焼き尽くす激痛が、彼女の小さな体を切り刻み続けている。あまりの痛みに四肢が折れ曲がり、声を出そうにも血が喉を塞ぎ呼吸を止める。それでも、ココは現在起きている現象の原因を探ぐろうと藻掻いた。

 そして、突き止めた。

 系譜従者から原典を消滅させる力が私に対して流れ込んできている。これが私の体を滅失し続けているのだ。その事実に彼女は愕然とする。「系譜の暴走? もしかして、不思議な石との融合が上手くいかなかった? ・・・・・・ッ!」激痛がココの神経を無理矢理に捻じり切っていき、思考が止まる。血が噴水のように体の裂け目から流れ出るなかで、霞む視界にリヴィアが必死に天之神如則をかけ続けてくれているのが見えた。そのおかげで、わずかながら目線を動かすことが出来たココはシュルツの姿を探す。シュルツは懸命に原始術法を抑え込もうとしていた。

 リヴィアはココに天之神如則を掛け続けている。リヴィアの胸に抱かれているのは血を吐き全身が痙攣に包まれているココだった。だが、リヴィアの天之神如則をもってしてもココの体は絶えず裂かれ続け血を失い、存在が滅失され続けている。


「何をしておるっ! 早くその術法をやめるのじゃ!! 貴様の術法が自らの系譜を、ココを切り裂いておるのじゃぞ!!」


 リヴィアの隣にいるユリも懸命に回復の領域魔法をココに掛け続けている。それでも、連樹子の力は激しさを増し徐々にココの体は生命力は虫の息となっていく。


 シュルツは、彼の意思から離れて勝手に動作する左腕の、その付け根を噛みついた。何度も腕の肉を噛みちぎっていく。連樹子を止めるには左腕を切り離さなければならない。右腕は先の戦闘で失われ、残る左腕はココに害為す不要なもの。自らの返り血で顔面は真っ赤に染まり、それでもなお左腕を食いちぎり、肉もその骨さえも噛み砕き続ける。痛みなんてどうでもいい。それよりもココが受けている激痛を、ココの叫びを止めなければ、と鬼気迫る表情だけがシュルツの唸り声と共にあふれ出ている。そして、彼はペルンに助けを求めた。


「分かったべ。そのまま腕を掲げていろ」


 肉が削ぎ落とされ骨だけになったシュルツの左腕上腕。シュルツの顎の力だけでは骨を砕くことは出来なかったのだ。そんなシュルツに、ペルンは抜刀の構えで狙いを定める。

 鞘から刀が抜き放たれる音。その音がした瞬間にシュルツの左腕は宙を舞った。それでも、左腕の連樹子は演算処理を続けている。ベルンは体を捻り左腕を空高くに蹴り飛ばす。

 刀を上段に構えて大きく息を吐き、剣技の炎を纏った。


「無道の乖離に示す

 泡沫の燈火

 羅列の階を昇りつめ

 闘気に織りなせ

 天無尽『桜燈羅示あとらじ』」


 修久利の絶技はを青き熱波となってシュルツの左腕を滅炎させた。

 両腕を失ったシュルツが前のめりに自らの血だまりに倒れ込んだ。ペルンがすぐさまに駆け寄り、彼の上体を起こし呼びかけた。シュルツの目が朦朧と宙を彷徨いながらも「僕よりもココを、ココを助けてっ‥‥‥」うわ言のように繰り返し、大量の血が喉を埋めた。無理もない。連樹子がその身に本来の力を呼び込んだのだ。それを押し留めようとすれば、シュルツの体が力に抗せずに砕け散ってしまっても過言ではない。そうならないように、彼の体には弁がしてあったはずではなかったのか!


八核ポンコツどもが、一体何をやってやがるんだっ!」


 ペルンの怒気孕む言葉の背後で、温かく優しい光にココは包まれていた。回復術を行使するリヴィアとユリの表情から緊張が抜けていく。ココはもう大丈夫なようだ。ペルンは細く息を吐くシュルツを抱きかかえて、リヴィア達のもとに歩いて行く。シュルツにも回復魔法は必要なのだ。

 リヴィアは近づいて来る彼らの気配を感じながらも、ココが安らかな寝息を立てている顔を見つめていた。


「大丈夫。ココは、大丈夫じゃ」


 ユリも目に涙をためたまま安堵に呼吸をひくつかせ、ようやく肩の力を抜くのだった。「本当に、本当にっ、ココ様がご無事で何よりでございます」そのまま地面にへたり込んでしまうのだった。

 そんな彼女らの側にやって来たペルンの足音。


「シュルツに回復魔法をかけてやってくれねえか?」


 顔を上げたユリが見たのは、左腕が切り捨てられた―――両腕無き少年の姿だった。「シュルツ様っ!」彼女は大きく目を見開いてすぐさまに駆け寄る。シュルツの左腕には乱暴に巻かれた布が申し訳程度に巻かれた。布から流れ落ちる血量が彼自身の回復機能が間に合っていないことを知らせていた。この傷は修久利の剣技によって出来たもの。並大抵の回復術では傷が塞がることはない。ユリは瞬時に回復の領域魔法を唱える。彼女がシュルツの怪我に驚いたのも無理はない。ココの回復に専念していたユリはシュルツをペルンに任せたきり、その後の顛末は知りようがなかったのだ。回復の領域魔法を続けながらペルンに瞳で問い掛ける。なぜ? このような事態になったのかと。だが、それに答えたのはペルンではなく、リヴィアだった。


「まさか、連樹子を扱える来訪者がおろうとはな。だが、それよりもじゃ。貴様ら、ココが聖霊の愛し子と知ってなお、そやつをココに近づけておるのか? そやつが連樹子により作り上げようとしたもの、まさしく滅相の『熾灼シシャク』に他ならん。この意味が分かっておろうな?」


 凄みを聞かせた声音が周囲の静けさを一段と震わせる。連樹子の力を被った大地は荒れ狂い、地肌もそこに立つ木々さえもが消え失せていた。リヴィアはその様変わりした景色を眺めて、それから天異界の空を見上げる。あのまま『熾灼シシャク』が放たれていたら、この天異界1層は全て消し飛んでいただろう。それほどまでに、連樹子とは常識を超えたモノなのだ。思わず、リヴィアは身震いをしてしまう。先程に自分が言った『連樹子』、その事実を改めて受け止めきれずに震えが止まないのだ。「この威力は滅相の『熾灼シシャク』であることに間違いはない。しかし、いかなる来訪者であっても真なる連樹子には至れないはずだ。そう、来訪者は連樹子の亜種しか手にすることはできない。そのようになっているはず・・・・・・・・・・・・なのだ。しかし、あの少年が今しがた錬成しようとしたものは―――。いや、だとしたら、まさかあやつは悪霊そのものだとでもいうのか?」その結論に突き当り、思わず膝をついてしまう。絶望の闇が見えてしまったのだ。


「リヴィア様。その件につきましては―――」

「待て、ユリ。そのことについては俺が説明するべよ」


 言葉を失っているリヴィアにペルンが一歩前に進み出てきた。リヴィアとペルンの視線が交錯し、数秒が過ぎた。


「ココの事を知ってもらう良い機会だべ。話は長くなる。ココもシュルツも、俺たちの長話で風邪を引かせるわけにはいかねえ。んだから、ココの家に戻って、そこで話をするべえよ」


 ペルンの提案に、リヴィアは素直に頷く。ココを回復させたとはいえ体力は消耗しきっているはずだ。ならば、安静出来る屋根のある家屋に急ぐことに不満などない。

 リヴィアは胸に抱くココを強く抱きしめ、ペルンはシュルツを背負い、ユリを先頭にして来た道を急ぎ駆け降りていくのだった。

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