第7話 理の外。見いだせし力。

 異形獣キメラは咆哮とともに雷撃をシュルツに向かってほとばしらせた。


 聖霊魔術・複合制御式Ⅰ型『紫刹雷リラ・ブリッツ


 直線上に貫いてくる雷撃をシュルツは上空に跳躍してかわす。だが、その行動は読まれていたらしく異形獣の背中に別の頭が生えて雷撃の連撃に晒されてしまう。シュルツは片手に持つ鉄杖を大きく振って、それに重心を移し器用に体を捻りながら雷撃を避ける。だが、体の半分が雷撃に焼かれてしまっていた。それでも怯むことなく人形体の自己修復機能を稼働させ、異形獣との間合いを着実に詰めていく。戦闘初心者のシュルツにここまでの戦闘が出来たのも、ひとえに人形体の身体能力が想定以上に優れていたからに他ならない。それは異形獣の身体強化を軽々に越えてしまう程に。

 シュルツは戦術の駆け引きをすることもなしに戦闘の主導権を握り、異形獣の懐に潜り込み鉄杖の一撃をもって骨を砕いた。実存強度(≒エーテル支配力)が同程度ならば打撃が無効化されることもない。

 鉄杖が異形獣の腹を抉り肉片を周囲にばら撒く。その飛び散った肉片がシュルツの視界を一瞬だけ塞いだ。その一瞬にも満たない時間が経過した後、シュルツの視界を埋め尽くしたのは異形獣の表皮全てに表れた幾多の顎。それらの口々から魔術が放たれた。


 聖霊魔術・複合制御式Ⅱ型『包雷ベラーゲルング・ブリッツ


 範囲攻撃。空間の全てを埋め尽くす魔術ならば、いくらシュルツが魔術の射線上から逃れようとも確実にダメージを与えることが出来ると異形獣は判断したのだ。

 異形獣の包雷に対して、その場しのぎの防御としてシュルツは自身のエーテルを体の全方位に放出した。異形獣の魔術がシュルツに襲い掛かったが、放出されるエーテルによって徐々に相殺されていき、最後には雷撃の収まった場所に焦げ付いたシュルツが立っていた。


「魔術を単純にエーテルで相殺するのに10倍のエーテルが必要になるのか。聖霊魔術が使えないというのは、全くもってもどかしい限りです」


 シュルツは引き離されてしまった異形獣との間合いを一気に詰めていく。彼は聖霊魔術が使えない。この世界に目覚めて最初に自分自身の体の機能を確認していく過程で気付いたことだ。聖霊魔術の根幹である制御式を描くことがどうしても出来なかったのだ。ココが分析した限りでは『シュルツの核そのものが、シュルツの意思に関係なく自動的に制御式を破壊している』ということらしい。

 だが、問題はない。シュルツの身体能力は異形獣を遥かに上回っている。たとえ聖霊魔術が使えなくとも、接近戦で殴り合えば実存強度が同程度である敵など容易く打ちのめせるはず。


「それにしても、実戦とはこんなにも猛るものだったのですね。僕と実存強度がほぼ同じ敵でこれなのですから、あの黒魔術師を殺せばとても感動するのでしょう」


 戦闘の高揚感がシュルツを包み、戦いに意識が集中していく。「そうか。聖霊魔術を使えないのなら応用すれば良いわけだ」ようやく自身の能力の使い方に気付く。自分には制御式を破壊する特性がある。ならば、敵の魔術を壊して仕舞えば飛躍的に戦いを有利に進められるはずだ。

 シュルツは相手の攻撃の出方を注視しながら、もう一度接近戦に持ち込むことを考えていた。エーテル放出で防御するのではなく相手の制御式を破壊し聖霊魔術を行使不能にする。危険を伴うが素早さで優る自分なら可能だ。既に制御式展開から発動までのタイミングは把握したのだから。


 シュルツは異形獣の聖霊魔術を器用に左右に躱しながら狙い通りにその懐に潜り込んだ。再び体重をのせた一撃を脇腹に放つ寸前に、その鉄杖の先に異形獣の顔が無数に表われ出でいた。異形獣もまた単純なシュルツの戦闘方法を見てとり、自らの懐に誘い込んでいたのだった。異形獣の表皮全てに魔術を行使する顎が大きく口を開き、最大まで高められた聖霊魔術が怒涛の如く行使される。


「魔術も使えぬ只の人形ごみがっ! 全くもって興覚めだ。唯一、身体能力をこそ期待してみれば、阿呆のように鉄杖を振り回すだけ。この浮島もハズレだ」


 軍服の男は魔術の奔流に飲まれたシュルツにため息を吐き、自身の背後で稼働する制御魔動器にも興味を失くしたようにその場から歩み出す。ふと、目線を上空に向けて浮島全体を俯瞰するように探っている。「ほう? 天異界3層レベルの隠形結界が敷いてあるな。ここまでの念の入れよう、魔動器の『制作者』こそが観る価値のあるモノということか? 手っ取り早く製作者の身を引き裂いて情報を取ったほうが良かろう。既に防壁の打ち壊しを始めているようだからな。さて、こちらも遅れぬよう向かうか」軍服の男がシュルツが来た方向―――ココ達の家屋が在る方向を見つめて再び一歩動き出す。


 ―――と、

 空間の軋む音がした。


「お前、どこに行こうとしているんだ?」


 魔術の雷撃が紫に閃光する場所。人形シュルツが焼かれているはずの場所から怒気が突き刺さってきた。軍服の男の訝しむ目線の先に、弱き者であるはずの人形から計り知れない力を感じたのだ。その声のする辺りに散らばった魔術の制御式。それらが無残にもバラバラに砕かれ、無理矢理に魔術が停止させられていた。焼け爛れた人形シュルツの手に持つ鉄杖が、怒りの熱量を感じる程に赤い閃光を発して異形獣の腹を横なぎに吹き飛ばす。

 シュルツから赤い閃光が瞬くたびに周囲に衝撃波が走る。焦げた匂いを周囲に漂わせる人形の体など無視して、彼は軍服の男を睨みつけた。「ああ、本当に許し難い。本当に―――」泡立つ怒りが全身を駆け抜ける。既に軍服の男はココの場所に足先を向けていたのだから。シュルツは燃えるような熱さを鉄杖の切っ先にのせて、構える。ココの元に向かわせてしまった自分、それこそが本当に許し難かった。


「‥‥‥どういうことだ?」


 驚愕に目を見開く男。先程の余裕は掻き消え、真っ直ぐにシュルツと対峙し戦闘の態勢となった。それに対してシュルツは鉄杖の一撃を撃ち込もうと身を屈めて、全身の力を軸足に込める。

 だが、シュルツが飛び掛かろうと意識を男に向けた瞬間には、その姿が消え去っていた。決して逃しはしないと睨みつけていたはずなのに、構えた鉄杖の切っ先は無人の岩肌をなぞるだけ。


「なぜ人形ごときが『恩寵』を扱えている?」


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