7.暗躍と思惑
マリーベルの目の前にはステーキと水が入ったコップが置いてある。
マリーベルは顔をしかめ、数分もの間一口サイズに切られたステーキと睨めっこをしていた。
深呼吸をし、意を決してフォークに刺したステーキを口に運ぶ。
「ゔっ!!」
口に入れた瞬間、腐った味と匂いがフラッシュバックして吐きそうになった。
マリーベルはコップを掴むと、水を一気飲みした後、自身の胸元をどんどん叩いて水と一緒に一口サイズのステーキを飲み込んだ。
「はー、はー、はー・・・水を、お願い。」
「はい・・・。」
ニコラはコップに水を注いだ。
そしてマリーベルは再び、一口サイズのステーキに対してコップ一杯の水で流し込む行為を数回繰り返した。
ステーキを半分くらいまで食べると、水でお腹がいっぱいになり手を止めた。
「今日はここまでにしましょう。半分も食べれたのは大きな進歩です。」
「味わって食べるのはまだ無理みたいね・・・。今晩はスープとケーキを用意してちょうだい。もちろん冷えた水もお願いね。」
「はい、かしこまりました。」
ニコラはマリーベルの目の前にある残ったステーキと水を片付け、頭を下げて執務室から出ていった。
「はぁ~・・・水でお腹が苦しくて気持ち悪いわ。3日後のお茶会大丈夫かしら?」
王宮でのパーティーの次の日から、マリーベルは食べ物を食べる訓練を始めた。
マリーベルの不調は点滴と回復魔法では誤魔化せないところまで来ていた。
パーティーでの一件でそれを思い知らされ、無理にでも食べないと死んでしまうと悟ったマリーベルは、大量の水で少量の食べ物を流し込む方法で無理矢理栄養を摂っていた。
その訓練を初めて1週間経つが、やっとステーキを半分まで食す事が出来るようになったが・・・ろくに噛まずに水で流し込んでいた。
根本的な解決にはなっていないが、今はこんな無茶な方法でしかマリーベルは栄養を摂取出来ないでいた。
そしてジュリアからお茶の招待状が届き、3日後と迫っていた。
まだ人前で普通に食事ができる状態ではない。
「せめて反射的に吐かないようにして紅茶をがぶ飲みするしかないわね・・・。」
マリーベルは机に突っ伏して深いため息をついた。
コンコンとノックの音が聞こえドアが開くと、サラが入ってきた。
久しぶりに会ったサラにマリーベルは嬉しそうに微笑む。
「1週間お疲れ様。大変だったでしょうに。」
「有能な侍女達が手伝ってくれたので特に大変な事はありませんでした。」
「それはよかった。ではお茶を飲みながらゆっくり話しを聞かせてちょうだい。」
この一週間、マリーベルは1番信頼をおけるサラに情報収集をしてもらっていたのだ。
サラは新人の侍女3人を連れてハイロゼッタ国のほうぼうを巡っていた。
「まずは今の王宮はどうなっているのかしら?私のドレスをメイヤ様に差し上げる名目で行ってもらった訳だけど。」
「第二王子の婚約者の小娘はそれはとてもとても喜んでおられました。恥ずかしげもなく下品な笑い声を上げて。そしてマリーベル様がおっしゃった通りと言いますか、私共の期待通り小娘は王宮を大変かき乱しているそうです。」
「ふふ、パーティーでのメイヤ様の様子からして分かりやすかったものね。」
「わがままで傲慢で短気で癇癪持ち。仲の良かった侍女やメイド達は全員マリーベル様を恋しがり、マリーベル様の元へ再就職したいと言っていました。」
「領地の復興が終わったら何人か引き抜きを考えようかしら。大臣達の様子はどうだったの?」
「ギルフォード殿下に苦言を呈しているようです。ギルフォード殿下は婚約破棄騒動以降から度々問題を起こしているだとか。マリーベル様を追い出してまで婚約した小娘の傍若無人な振るまいを許しているので、問題の殆どが小娘関係だそうですが。」
「恋は盲目なのね・・・。ギルフォード様はわがままな子がタイプだったなんて。」
パーティーで会ったメイヤを思い出し、ギルフォードはメイヤの何処に惚れたのだろうかと考えるマリーベル。
「王太子がギルフォード殿下にほぼ決定なのを考えると、国の将来に悲観的な大臣が多いみたいです。」
それが王政という物だが、王になったギルフォードとその隣に王妃のメイヤという想像だけで大臣と臣下達は暗い気持ちになっていた。
「あくまでも噂ですが、シャルル殿下に注目している大臣も多いとか・・・。」
「今まで無視していた第一王子が気になるのも無理ないわね。それにギルフォード様がああなってしまった原因の一端は私にもあるから複雑だわ。」
「そんな事ないです!マリーベル様は被害者です!ギルフォード殿下は元から頭が空っぽだったんです!・・・大臣達はギルフォード殿下がさらに問題を起こさないか不安がっているみたいです。」
「ギルフォード様はお父様である陛下の王命を通して権力の味を覚えてしまったようね・・・。」
マリーベルは目を伏せて紅茶を飲んだ。
王太子の決定権が完全に王様にある以上、派閥は勝つ方に入らなければその後の家の立場が危うくなるので、大臣達は簡単に派閥を変える事が出来なかった。
最近のギルフォードは婚約破棄騒動から王太子としての資質を疑うような行動が目立ち大臣達の忠誠心が離れていくので、シャルルの方がもしかしたら・・・と考える大臣が増えているそうだ。
だが当のシャルルは権力に興味がなく何もしないので、ギルフォードが更なる問題を起こすか、シャルルが派閥変えの大きなきっかけを作るか、と大臣達は変化を待ち静止を決め込んでいた。
「シャルル殿下は公の場にあまり出てこないから謎の人物なのよね。王の資質に相応しいかわからないのよ・・・今のところ問題を起こしてないだけギルフォード様よりマシって事だけかしら?だから大臣達も私も思い切ってシャルル殿下を推せないのよね。」
「シャルル殿下の行動待ちなんですね。」
「私とロイドはギルフォード様に個人的な恨みがあるからシャルル殿下に鞍替えしても不思議でないけど・・・現状ギルフォード様に王太子の可能性があるならギルフォード様に賭けるしかないわ・・・。」
私怨でギルフォードの派閥からシャルルの派閥に変わった所で、シャルルが王太子にならなければデメリットしかない。
「ではハーレン家は様子見という事ですか?」
「そうね。シャルル殿下は王の座を望んでいないだろうから。」
「シャルル殿下の性格をご存知なのですか?私達侍女はあいさつぐらいで、常に笑顔でのんびりした白い王子というイメージしかありませんが。」
「なんとなくよ・・・権力に興味がなさそうな自由人。子どもの頃に遊んだくらいだけど。王妃様が私がシャルル殿下に会わないように手を回すようになってから、王宮で偶然会っても挨拶しかしてないけど、悪い人ではないと思うわ。」
子どもの頃のシャルルや、王宮でのパーティーで助けてくれたシャルルを思い出すマリーベル。
「とにかく、疑問や不満はあれどギルフォード様を王太子にという考えは変わらずにいこうと思うの。」
一回の判断が命取り。
選択とタイミングを間違えたら権力と地位を失いかねない。
ギルフォードが悪かろうが、王太子になる可能性の高い王子に付いて行く。
今のところは・・・。
「とは言っても、このままギルフォード様が王太子になったら本当に国の将来が危ぶまれるわ。」
「そうですね、ギルフォード殿下が王太子確実なんて恐ろしいです・・・。」
「だから今度こそ使える側近が手綱を握る必要があるのよ。」
マリーベルはにっこりと意味深に微笑む。
「それをロイド・ハーレンにさせると?」
「心配なのは分かるけど、やってもらわなくちゃ。」
マリーベルとサラは同時にため息をつき紅茶を飲んだ。
「マリーベル様、コレを。」
サラは数十枚にまとめた資料をマリーベルに渡した。
「元使用人達のその後の足取りです。3人の侍女と協力した結果、元使用人同士の繋りや情報屋などを通じてほとんどの元使用人達と直接会う事ができました。」
サラ1人では到底無理だったが、3人の侍女と手分けをして元使用人達の居所を掴み、直接会いに行った。
「会う事ができなかった者は、外国に出稼ぎに行ったり、タイミング的にすれ違ったりましたが居場所を確実に把握する事ができました。ただ・・・・・。」
「ただ?」
「ヴァントの行方だけは全くわかりませんでした。」
「ヴァント・・・。」
ハーレン家元執事ヴァント。
彼だけが全く足取りが掴めず、行方不明だった。
「ヴァントだからなのか不気味に思ってしまうけど、別にヴァントを個人的に探している訳でもないし。」
ヴァントの名前が出て反応してしまったマリーベルではあったが、元使用人全員を見つけ出すのが1番の目的ではないので、ヴァントの事は直ぐに忘れて次の話をサラとする。
「それで協力してくれたかしら?」
マリーベルの言葉にサラは悪巧みをするような顔でニヤリと笑った。
「はい、マリーベル様に行った罪を突き付けて脅したらしぶしぶでしたが協力を約束してくれました。直接会えなかった者達に関しては私の家の信頼出来る者に後日向かわせますが、言う事を聞いてくれるかと思います。」
「飴の事も伝えたかしら?」
「もちろん。あんな奴等には鞭だけで十分だと思いますが、報酬のことも伝えました。」
「ふふ、これでやる気を出してくれるといいのだけど。」
マリーベルは独自の情報網を作る為に元使用人達を利用する事にした。
何故その様に考えに至ったのかというと、とある事が原因だった。
ルーベンス領に度々現れる盗賊達である。
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