4話.クッキーだけじゃ足りない。

ロイドは学園の中庭で授業をサボっていた。

 

 長椅子に腰掛け俯いて座ってるロイドの表情はとても暗く、明らかに元気がなかった。

 久しぶりに学園に来たのに授業を受ける気にならなかった。


 学園側はロイドの家の事情を理解しているので出席日数が足りなくても、課題を提出してテストの点が良ければ評価は下げないという特別な処置を取っていた。

 なので今日のようにサボったとしても他で頑張ればロイドの成績に影響はなかった。

 もちろん学園に来たのにあえてサボるのは良くないが、サボりは今日が初めてで普段に来た日はちゃんと真面目に授業を受けている。


 ロイドの人生初めてのサボりは学園に登校してからずっと中庭の長椅子に座って過ごしていただけだった。


 今のロイドの頭を占めているのは自責の念とマリーベルへの謝罪だった。


 自分の事ばかりで自分の言動により、マリーベルが使用人達からどう見られてしまうかなんて、これっぽっちも考えていなかった。


 この1年、若くて未熟なハーレン公爵を常に支えて領地の復興活動を助けてくれた信頼すべき使用人達の裏の顔と本性。

 そんな使用人達に嫌悪感を感じていた。



「ツラいのは私ではなく、彼女だ。」



 ロイドは執事の掌で転がされ、利用されて最終的にマリーベルを追い詰めた。

 

 そして精神的にも肉体的にも追い詰められたマリーベルは強いストレス障害により、食べ物を口に入れようとすると忌まわしい記憶がフラッシュバックして吐いてしまうようになった。



「私は最低な奴だ、誰よりも。」



 そんなつもりはなかったなんて言い訳は通用しない事はわかっている。

 

 ロイドは執事の言葉を鵜呑みにしてわがままだとマリーベルを責めた。

 リゼと別れさせられた鬱憤で多少の嫌味は許されると思っていた。

 だから軽い嫌味のつもりで母のマーガレットと共にロイドはマリーベルに冷たい言葉を吐いていた。


 悪い事を正さなければ、悪い事を諫めてやらなければという気持ちだった。

 するとリゼと婚約白紙にされた恨みがスッと軽くなっていく気がした。



「彼女は何も悪くなかったのに。 」



 マリーベルが悪い聖女の方が都合が良かった。

 その方がリズと別れさせられた鬱憤をぶつけやすかったから。



「そんなつもりじゃなかったんだ。」



 マリーベルは悪ではなかった。

 悪は自分と屋敷の者達だった。


 マリーベルが日常的に嫌がらせを受けイジメられているなんて知らなかったし、思いもよらなかった。


 マリーベルは自分と同じく王命に振り回された被害者だったのに。

 それを分かっていても最低な自分は徐々にマリーベルを追い詰めていった。



 その結果マリーベルは食べ物を受け付けなくなった。



「そんな風にさせたかった訳じゃない。」



 食べ物を受け付けなくなった彼女が唯一経口摂取できるのがクッキーらしい。

 ただし少量だけで小さなクッキー1、2枚ぐらいしか食べられないのだ。

 小さなクッキー少量と点滴が今のマリーベルの栄養だ。

 

 しっかりと食事を食べていないマリーベルは元から痩せていたのに更に痩せていった。



「ずっとこのままここに居ても仕方ない。彼女が元の元気な姿に戻れるなら、私にできる事はなんでもしよう・・・。」



 ロイドは長椅子から立ち上がると学園から出て馬車に乗った。

 そして学園から少し離れた場所にある王都へ向かった。


 馬車から見える景色をぼーっと見つめながらロイドはあの日の事を思い出していた。





 あの日、マリーベルが腐った料理を食べて吐いて倒れた日。


 マリーベルが倒れた後、新人メイドのニコラの言葉をきっかけに色んな事に気付かされ、聖女が使用人達から酷い扱いをされているかもしれないという疑惑が生まれた。


 そして真実を明るみにする為にロイドは屋敷の使用人全員に1人ずつ尋問を行った。


 尋問のやり方は父の宰相の仕事で実際に見て学んでいた。


 だからそのやり方で使用人達全員から大体の事情と屋敷で行われた聖女への酷い嫌がらせの内容の数々を全て聞き出す事ができた。


 その内容は余りにも酷く、ロイドが長年信頼していた使用人達への信頼が一晩で無くなるには充分だった。



 ロイドが行った尋問方法とは、まずはただ指示を受けていた下っ端から尋問して色々引き出した後に、事件の首謀者や中心人物と思われる人物達を最後に尋問するという単純な方法だった。

 ポイントは下っ端達に正直に言えば罪に問われないと思わせる事。


 ロイドは使用人達を主に取りまとめている執事・侍女頭・メイド長の3人を聖女に酷い嫌がらせを指示していた中心人物として考え最後に尋問する事にした。

 

 そして下っ端とされる人物は新人メイドや屋敷に勤めた歴が短い者や気が弱そうな者達の事だ。

 下っ端の彼らは自分達は上からの命令で仕方なくやったとペラペラと聖女にした酷い仕打ちを話してくれた。

 特に若いメイドは泣きながら細かく話し許しを乞いながら話してくれた。


 彼らの供述はだいたい同じで信憑性が高く、聖女に使用人達が酷い仕打ちをしていたという証拠になった。


 ただ思っていた以上に内容が酷かった。



「わたくしはあの子がこんなツラい目にあっていたのに追い詰めたのね・・・。」



 ロイドの側で使用人との会話を聞いていたマーガレットは自分の行いに後悔して頭を抱えていた。


 そしてロイドは聖女に対して数々の嫌がらせとイジメを指示していた主要人物の3人の口から、何を考えてこんな事をしたのか知りたかった。


 執事・侍女頭・メイド長はロイドを最も支えてくれた3人だ。

 父や母の次に尊敬している立派な大人だと思っていたので、マリーベルへの嫌がらせを指示していると聞いた時に裏切られたかのような気持ちになり失望した。


 立派な大人だと信じていた3人が汚く見えてしまった。


 なぜそのような事を聖女にしたのか?

 なぜそこまでしたのか?

 なぜ、なぜ、なぜ。


 信頼して尊敬していた3人の汚い面を見たロイドは3人に聞きたいことがたくさんあった。

 

 1番聞きたいであろう主要人物達からの供述と言う物は父から言わせると、下っ端と違いしっかりとした証拠が無いと何も語ってくれないとの事らしい。


 ロイドが事前に提示できる証拠といったら聖女が今日の夕食に食べた腐った料理の件しかなかった。

 今日の出来事で聖女が嫌がらせによるイジメを受けている事が判明したが、今日以外の嫌がらせの内容と動機を引き出すには指示を受けていた下っ端の使用人達による聖女が屋敷に来てから今までのイジメの嫌がらせの内容の供述が証拠として必要だった。

 だから他の使用人達から先に尋問したのだ。



 1人ずつ部屋に通して尋問していく。

 侍女頭、メイド長、そして執事の順に。

 使用人達の供述を証拠に3人に突き付けると最初は無言か否定をしてた3人が徐々に本性を表した。


 侍女頭とメイド長は


「私は悪くないわ!全部旦那様を思ってやった事よ!旦那様の代わりに聖女を追い出そうと思っただけよ!」

 

 と、2人共同じ事を言い。

 ロイドの為というワードを繰り返していたが、ロイドが「失望した。」と言うと態度が豹変。

 すると侍女頭とメイド長は


「可哀想なアンタの為にやってやったのに!」


 と、怒鳴り散らし罵詈雑言をロイドに浴びせた。

 その罵詈雑言のほとんどは聖女とまったく関係ない内容がほとんどだった。


 なぜ屋敷の仕事以外もしなければならない。

 仕事が忙し過ぎる。

 忙しいアンタを支えてやったのに。

 誰が使用人同士の仲を取り持ってやったと思っているんだ。

 アンタに色目を使おうとする侍女やメイド達を誰が止めていたと思っているんだ。

 全部主人のアンタの為にやっていた事よ。

 私達がいなければ屋敷で何もできない癖に。


 侍女頭とメイド長は仕事に対する恨み言をロイドにぶつけた。 


 それを冷たい表情で聞いていたロイドは聖女への嫌がらせは面向きにはロイドの為と言いながら、それを大義名分にただストレス発散で聖女をイジメていただけだと分かった。



「お前達の考えている事はよく分かった。」



 罵詈雑言がヒートアップしていった侍女頭とメイド長はハーレン家に仕える騎士達に引きずられながら部屋から出て言った。

 侍女頭とメイド長への尋問は1人ずつ行ったのに、酷い場面を2回繰り返しに見せられたかのようだった。


 部屋には重い沈黙が流れロイドとマーガレットは暗い顔で俯いた。



 そして最後に1番信頼し第二の父のような存在の執事のヴァント。


 執事とのやり取りが1番酷く、ロイドの心に暗い影を落とす事になる。

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