婚約者のいる側近と婚約させられた私は悪の聖女と呼ばれています。

鈴木べにこ

一章.幸せになったのは王子様だけでした。

第1話.悲劇の主人公は聖女ではない。

「真実の愛を見つけた。だからお前との婚約を破棄する。」


「え?」



 久しぶりに会った婚約者の第二王子ギルフォードから突然の婚約破棄を受け笑顔で固まる聖女のマリーベル。

 


「お前はとても美しいがずっと一緒に暮らしてきたせいで妹にしか見えんのだ。そのような存在を抱けるわけもなかろう?それにお前は綺麗に笑っているだけで人形の様で面白味もないからな、これ以上好きになる事もない。だから婚約を破棄をする事にした。」


「・・・・・・・。」



 笑顔で固まるマリーベルの脳内では口にだしたら不敬罪となる言葉が駆け巡った。



「(そもそも魔力が多くて見た目がタイプだからっていう理由で修道院で穏やかに皆んなと暮らしてた私を無理矢理連れて来たのはそっちじゃない!ただの平凡な子どものシスター見習いの私に無理矢理王妃教育させといて飽きたから捨てるとかお前なんて呪われてしまえ!好きじゃないアンタに尽くすためにこちとら嫌々勉強させられて毎日修道院に帰りたいって泣きながら過ごしてたんだよ!ふざけんな!)」



 本人の意思とは関係無しに婚約者にされ実家ともいえる修道院から離された平民の少女が厳しい王妃教育を叩き込まれ12年もの間を城で我慢して過ごして来たのに、あっさりとその日々が終わってしまったマリーベルは静かにその怒りをふつふつと沸き上がらせていた。



「だがな・・・。」



途端に深刻な表情をする王子。



「お前を今更修道院に戻す事になると、お前を手塩にかけて王妃教育をして育ててきた母上と聖女信仰の強い家臣達から無情だと批判を受けてしまう。このままだと兄上と継承権を争ってる途中で格下の爵位に養子に出されかねん。」


「(私のいた修道院は貧乏で人もいっぱいだから今更私が出戻ったところで迷惑になるだけだから戻れないわよ。これ以上私をどうするつもり?)」



 王太子がまだ決まっていないこの国ハイロゼッタでは側妃の第一王子派と王妃の第二王子派で王宮は揺れていた。


 聖女信仰のあるこの国では聖女に選ばれる基準は案外緩く、神の如き力が無くても魔力量が多く戦争時に大いに役に立つと認められれば聖女とされるので現在5人もの聖女がハイロゼッタに存在している。

 聖女になれば人々から尊敬され祭り上げられる尊い存在として扱れるが、戦争が起これば聖女は強制的に参加させられて利用されるので賢い人からすれば戦争の道具の哀れみの存在として見られているのである。



「俺とお前の婚姻を誰よりも願っているのは母上だが、いくら王位のため聖女が必要だと理解はしていてもやはり無理な物は無理だ。私は心から愛する者と結婚したい。」



 聖女は必ずしも王の伴侶になる必要はないのだが、聖女を伴侶にした方が王位継承権を争うには有利な材料になるのは確かだ。

 だから息子に王位を継がせたい王妃は幼いギルフォードと共に聖女になり得る基準を満たした女の子を国中から探し、その中で1番容姿の美しかったシスター見習いの5歳の少女マリーベルを無理矢理婚約者にした。


 王妃は美しい容姿のマリーベルは息子ギルフォードを王として立てる事に大いに役立つと信じ、じゃじゃ馬だったマリーベルを手塩にかけ何処に出しても恥ずかしくない自分の後継者として根気強く育て上げたのだ。


 王妃はたくさんの労力と努力と時間をかけて育てた息子の婚約者聖女マリーベルを血が繋がってなくても自分の子どものように思って大切にしている。

 その母の姿を近くで見てきたギルフォードはその事を充分理解しているので、マリーベルをただ捨てるという選択を知った時の王妃の反応がどれほど恐ろしいのか予想もつかない。


 最初はマリーベルの容姿に一目惚れして婚約者にしたギルフォードだったが、王妃は常にマリーベルを連れ回し手元に置いていたので自然と王妃・ギルフォード・マリーベルの3人で家族の様に過ごし、王妃教育を嫌がり泣き喚くマリーベルを柄でもないのにあやしていたギルフォードがマリーベルを妹としてしか見れなくなっても仕方ない事かもしれない。



「簡単に婚約破棄が出来る物ならお前を妹にしか見えなくなった時点でとっくにやっている。それで母上の怒りを買わずにどうすれば角が立たぬように婚約破棄が出来るかずっと慎重に考えていた。」



 王妃のマリーベルへの力の入れようはマリーベル本人が1番よく解っている。

 婚約破棄という一つの事実からどうやって王妃を説得するというのか?どうやっても角が立つに決まってる。



「そして俺は考えた!母上が娘のように思っているお前が俺に負けないくらい幸せになればいいのだと!」


「・・・・・。」



 どうやってだよ、とマリーベルは絶句した。

 そしてギルフォードの提案に嫌な予感がした。



「俺が1番信頼する側近のロイド・ハーレンとお前が結婚すればいい!それで全て解決だ!」


「は?」



 ギルフォードの側近ロイド・ハーレンは宰相の息子であり3年くらい前から父である宰相の仕事を学ぶ為に王宮に足を運び、マリーベルとは偶然会った時に挨拶する程度の交流しかない関係で真面目でとても優秀だと評判の公爵令息だ。


 第二王子派の派閥のロイドはギルフォードが王になるように尽力し、将来は王となるギルフォードを支えるべく日々励んでいたのだが1年前に父の宰相が病気で亡くなったことで16歳という若さで公爵家当主となり、宰相としての勉強と領地運営を同時にこなしている苦労人という噂がある。


 真面目で優秀なロイドは容姿も素晴らしく、恐ろしく整った美しく冷たい印象の容姿から『氷の貴公子』などと呼ばれサラサラの銀髪と冷たいスカイブルーの瞳に令嬢達は心を弾ませるだとか。



「ロイドは見た目も中身も素晴らしいからな!俺が妹のように大切にしているお前を大切にしてくれると自信を持って言える!」



 マリーベルを自分の派閥で1番評判もよく地位もあり信頼している男と結婚させるというある意味ギルフォードにしては考えた解決策かもしれない。

 結果的に聖女を自分の派閥の1人として手元に置く事と同じになるので王位継承権の道具としては有利である。

 もちろん聖女と婚約した方が有利ではあるが。



「でも、確か・・・ハーレン様には婚約者がいましたよね?」



 1ヶ月前の王国主催のパーティーでギルフォードとマリーベルがパートナーで踊っている近くで、ロイドが伯爵家の婚約者の令嬢と踊っていた姿を思い浮かべるマリーベル。


 冷たい印象のあるロイドが幸せそうに目を細め婚約者の令嬢に向け愛しく微笑みながら楽しそうに踊っていた。

 その様子から誰がみてもロイドが婚約者を愛しているのは明白だった。


 マリーベルもギルフォードと息ぴったりで踊っていたが、ダンスの練習相手がほとんどギルフォードで慣れているため今更ときめいたり楽しいという感情も湧かない。それはギルフォードとて同じだろう。

 だからなのかたまたま視界に入ったロイドが楽しく幸せそうに婚約者と踊る姿が印象に残っていた。

 


「安心しろ!お前とロイドの婚約は秘密裏に父上に頼んで結んでもらった!だからお前の今の婚約者はロイドだ!」



 まさかの返答に綺麗な笑みが消え真顔で唖然とするマリーベル。



「(それって・・・・・王命。)」



 王の命令は絶対。

 だからマリーベルとロイドの婚約が強制的に成立してしまった。

 王は息子の第二王子ギルバートに甘いところがある。

 だけど今回の件は横暴だ。

 家臣の信頼を失いかねない。

 まるで暴君のする事ではないか。



「(何て事を・・・・・愛し合っている2人を引き離すなんて。)」



 マリーベルは幸せそうに微笑み合いながら踊るロイドとその婚約者の令嬢を思い出し、目の前のギルフォードを怒りに任せて引っ叩きたくなった。


 名案だとばかりに自信たっぷりで笑顔のギルフォード。

 自分の幸せしか見えていないギルフォードは自分がどれほど愚かな事をしたのか気付いてない。



「ロイドは俺とお前と同じ17歳で後1年間は学園に通わなければならないから結婚は卒業後になるぞ。俺としては今すぐロイドと結婚して欲しいがな。」


 そして王命となってしまったこの酷い婚約は聖女といえども逆らうことができない。

 逆らったら死罪になる事すらあるのだ。

 それでもこのまま黙って言う事を聞くなんて無理だとマリーベルは思った。



「ギルフォード様!わたくしへのお心遣いはありがたいのですがどうかハーレン様との婚約を無かった事にしてください!わたくしは一生独身でギルフォード様のお側で王となったギルフォード様を支え続けます!だから婚約はなかった事に!」


「何を言っている?一度決めた王命を簡単に取り消す事などできん!そんな事をすれば優柔不断な愚かな王だと父上が家臣達からバカにされるではないか!」


「愛し合う婚約者同士を引き裂く方が何を言われるか判りません!」


「何だと!?俺はお前と母上の為を思って!」


「自分の為ではありませんかッ!!」



 叫び声のようなマリーベルの声が部屋に響く。

 ギルフォードはマリーベルのその言葉に怒りの色を表す。



「お前を妹の様に想っていたが、俺の心が解らぬようだな・・・・・顔も見たくない!この無礼な聖女を婚約者のロイド・ハーレンの家へ送り届けろ!」



 ギルフォードのその言葉に廊下で待機していた侍女達が数名現れマリーベルを抑えながらズルズルと部屋から廊下へ引きずっていく。



「ギルフォード様!ダメです!ハーレン様を巻き込んではっ!ギルフォード様ァ!!」



 バタンと部屋の扉が閉められた。

 マリーベルはショックで力が入らず侍女達に引きずられるように王家御用達の馬車に乗せられた。


 もしあの場に王妃が居たら全力で止めただろう。

 王妃に止められる事をわかっていたギルフォードが秘密裏に計画的に王と結託し、王妃が王都から遠く離れた地で行われる上級貴族のご婦人達だけのお茶会に参加して王宮にいない今日という日に計画を実行したのだ。

 計画ではマリーベルに婚約破棄と新しい婚約を伝えたら直ぐにハーレン家に送る手筈になっていたようで、既にマリーベルが住むためにハーレン家では色々と用意されている。


 到底受け入れがたい現実に心の準備をする暇もなくマリーベルを乗せた馬車はどんどん王宮から離れていった。



「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ・・・マリーベル、アンタは最低な女よ。」



 窓ガラスに映る自分自身にマリーベルは呟いた。


 今のマリーベルは愛する婚約者達2人を引き裂いた悪女と変わらない。

 横恋慕をしてロイドを伯爵令嬢から奪ったと思う人もいるだろう。

 王子との問題に巻き込んでしまったロイドにマリーベルは罪悪感でいっぱいだった。

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