3-2.
夜になった。
「ではお嬢様、おやすみなさいませ。」
メイド達は私がベッドに入るのを確認すると部屋から出て行った。
メイド達の足音が遠退くと私はベッドから出て部屋のカーテンをブチブチ外し始めた。
大きいカーテンを三分割に切り裂いて、裂いた内の一枚の布の上に、アイリスと交換した服4枚と厨房で手に入れた丸いパン8個と私物の宝石やアクセサリーなど金目の物をぜんぶ一つにまとめて布で包み込み、布が解けないように結び目をキツく縛った。
布で一つに纏まった荷物を持ち上げると重く感じた。
「金目の物が重いのよね、ボアルネ領を出たらとっととお金に変えて軽くしないと。」
旅行鞄が見つからなかったので、代わりにカーテンを鞄代わりに使うことにした。
荷物が揺れる度にジャラジャラと金目の物の音がするので、出来るだけ揺らさないようにしなくては。
「後はこれを繋げて、ふんっ!」
残りの裂いた布2枚をロープの様に細くして繋げると3メートルぐらいの長いロープが完成した。
私は重くてデカイベッドを力一杯押しながら窓の下まで移動させると、ベッドの脚にカーテンのロープを結び付けた。
「これで完璧。」
私は寝巻きからアイリスの服に着替えると窓枠に足をかけた。
そして見納めの気持ちで部屋を見渡す。
「ニイナ、短い間だったけどありがとう!・・・とぅっ!」
重い荷物を抱えながら三階の窓から外に垂らしたカーテンのロープで下に降りていく。
だけど・・・。
「長さしくじった!長さ足らないっ!」
ベッドのシーツも繋げればと後悔をする。
1メートルぐらい長さが足りなくて宙に浮いている足元を見て舌打ちをした後に、足首を怪我しないように願うとロープから手を離した。
ガッシャンッ!!!
「・・・・・・やば。」
両足で着地できたけど、着地の衝撃で荷物から派手な音が鳴った。
《ワンワンワンワンッ!!!》
すると番犬のドーベルマン数匹がこっちに向かって走ってきた。
「チッ!しくじった!」
私は直ぐにドーベルマンに囲まれた。
「私はこの家の主人の家族!そこをどきなさい!」
《ウゥ~!!》
やっぱり犬に言った所で理解できる筈もなく、番犬と触れ合った記憶が一切ないのでドーベルマンからしたら私はよく知らない怪しい人物。
ドーベルマン達はいつでもわたしに襲い掛かれる状態で唸っていた。
私は背に腹は変えられないと荷物の結び目から無理矢理手を突っ込んでパンを次から次へ遠くに投げた。
「これでも喰らえッ!!」
私の願った通りドーベルマン達は嬉しそうにパンを求めて走って行った。
そして私は屋敷の門に向かって走り出した。
重い荷物を抱えて走りながら何故か思い出すのはパンをもらいに行った時のニイナの言葉。
『こんなにたくさんのパンをお部屋で1人で隠れて食べるとお腹壊しちゃいますよ?ふふ。』
まさか私が家出の旅路の途中に食べるなんて思わず微笑ましく笑っていたニイナ。
「(ニイナ、あのパン犬のおやつになったわよ。)」
走りながらくだらない事が思い浮かぶ私。
「そこのお前止まれ!・・・って、お嬢様!?」
「チッ!バレたか!」
ドーベルマンの次に騎士に見つかり、私の姿を見つける騎士の数も増えていく。
騎士達は荷物を抱えて全速力の私に困惑しながらも、止めた方がいいのでは?と走る私を追いかけながら「お嬢様止まってください!」と声をかけて止めようとする。
「誰が止まるか!書庫で監禁されていた私は助けてくれなかったアンタ達のことも大嫌いなんだからね!何が騎士よ!何が主人の家族も命に変えて守るよ!守れてないじゃない!大嫌いよ!」
ボアルネに属する騎士達に1回目の人生のことを言っても仕方ないけど、走りながら八つ当たりをした。
騎士に捕まりそうになると意を決して重い荷物を投げ捨て身一つで走り出した。
「せっかく用意したけど、自由になればなんとかなる!」
だけど門の前には数人の騎士達が両手を広げて立っていた。
「お嬢様!お部屋にお戻りください!」
中心に立っているのはメイド達に1番人気の若くして騎士団長になったイケメンのサーフィス。
「どけぇええええええ!!!」
私の声に騎士達はビクッとしたが、敷地内の外へ出ようとする私を止める為に両手を広げて動かないでいる。
「(このまま突っ込んでも捕まる!どうすれば!)」
そして私に一つの隙間が目に入る。
「(足の間をすり抜けるわよ!)」
私はサーフィスの足の間を擦り抜けて騎士の守りを突破しようと考えた。
「お嬢様止まってくださーいっ!」
「ならどけぇえええええええ!」
私は両手を広げて立っているサーフィスの足の間に突っ込んだ。
だけど失敗して私の頭がサーフィスの股間に突っ込んだ形になって、サーフィスが後ろに吹っ飛び私は数人の騎士達に取り押さえられた。
サーフィスは股間を押さえて悶えている。
「チクショウ!マジくそっ!」
私の初めての家出は失敗した。
私は当主であるお祖父様の部屋に連れていかれた。
お祖父様は私が15の時に不知の病で亡くなってから62年ぶりの再会だ。
お祖父様の亡くなった姿を知っている私は、お祖父様が生き返ったような、なんだか不思議な気分になった。
そして私は書庫に監禁される時にお爺様がいなかったとしても、お祖父様も嫌いだ。
貴族筆頭公爵家当主ネイサン・ボアルネ。
家の繁栄と利益のことしか考えていない冷血漢。
一人娘であるお母様と孫の私達に、家や己の利益のことだけを考えるようにさせ、下の身分を見下し蹴落とし破滅させてでも欲しい物は奪い取るような人間になるように洗脳教育をした最低な人。
だからお母様もアイリスも、そして私も慈愛の心を持たずに育ってしまったのだ。
そして王妃に絶対になれ、王太子を籠絡しろと常に言われ続け育てられた結果が・・・・・。
とにかく、2回目の人生の私はお祖父様が嫌いだ。
鋭く燃えるような紅い瞳で私を見下ろす。
その目は孫に向けるような目ではなく、何処までも冷たく、ゴミを見るような目だった。
「(歳を取った私に似てる!)」
確か現在50代のお祖父様は、私が50代の時の姿に似ていた。
「(ボアルネ3代に渡って似てるとかイヤ!)」
改めて自分は悪人顔だと自覚してイヤになった。
お祖父様はため息をつくと鋭い視線で私を見据えた。
「どうやら熱のせいで頭がおかしくなった、という噂は本当らしいな。まるで家出でも企てていたようだ・・・どういうつもりだ?」
私はキッとお祖父様を睨んだ。
「家出よ!家出!そのまんまの意味!こんな屋敷に居たくないから逃げようとしたのよ!」
正直に言ってやればお祖父様の雰囲気がゾッとする程冷たくなった。
普通の人なら怖くて震えるだろうが、私は全く怖くない!
何故なら私の方が歳上(精神年齢が)だから!
20以上も下のガキなんて怖くもなんともないんだからっ!
「屋敷に居たくない理由を聞いている。」
「フンッ!王太子との結婚がイヤだからよ!それにボアルネが大嫌いなの!もちろんお祖父様の顔なんてみたくもない程大嫌いなんだからっ!」
バシン!と私は顔を思い切り叩かれ床に倒れた。
「手を出せ。」
「ッ!離しなさいよこの冷血漢!」
お祖父様は私の手首を掴み上げた。
「私の教育が甘かったようだ。物分かりがいいからとダリア(ローズの母)にだけ任せていたのが失敗だったようだな。これからは私も王妃教育に参加しよう。」
お祖父様は体罰用の鞭を取り出し私の掌に打ちつけた。
バチンッ!という音で私の掌に熱い痛みが走る。
「何すんのよこの冷血漢!このクソガキ!」
「祖父に向かってクソガキとは、筋違いの罵声を使う様になったな。王妃教育も最初からやり直しだ。安心しろ、私はお前の掌以外傷を付けるつもりはない。その身体は王太子を籠絡する為に使うからな。お前の身体の傷をみて王太子が萎えてしまっては困る。」
「最低よ!マジくそ!くそがッ!」
「言葉が汚い。」
その後私は何度も何度も掌に鞭打たれ、お祖父様の鞭は私が大人しくなるまで続いた。
「だからってなんで掌なのよ!辞めろ!」
「わざわざ見せなければ掌の傷をなんぞ誰も見ない。」
「見るわバカ!」
そして私は罰として4日後のパーティーが終わるまでは使用人の部屋で過ごすことになった。
「案外いい部屋。」
わがまま令嬢の私が嫌がる罰だとお祖父様は思ったようだけど、すっごい甘い罰にで拍子抜けした。
だって使用人の部屋で過ごすだけでボアルネの敷地内の移動は許されているから軟禁でもないので今の私には罰に感じない。
書庫に比べたら、比べるまでもなく人間の部屋として普通に住む事ができる。
でも・・・。
「お嬢様と相部屋なんて嬉しいです!」
ニイナと相部屋になり、ニイナが私の監視役になった。
敷地内なら何処に行ってもいいけれど、その変わり四六時中ニイナが私に着いてくる事になった。
私の手に包帯を巻きながら嬉しそうに笑うニイナ。
私がニイナと仲が良いとか私がニイナを気に入っているという情報を聞いたのだろう。
狡猾なお祖父様は今度私が逃げ出したり何か余計な事をしようとするものなら、私の代わりにニイナを厳しく罰すると言った。
お祖父様の言葉に動揺した私を、お祖父様は見逃さなかった。
動揺する私にニヤリと笑ったお祖父様は大人しくするんだな、と言った。
「なんでそこまで・・・どうせアイリスの方が皆に好かれる容姿をしているのに。私が母親似だから?」
どうしてもこの家は私を王妃にしたいらしい。
私が不幸になったとしても。
「もう正当なやり方でしかこの家を離れられないみたい。どうすれば?誰か私を養子にでももらって・・・。」
養子というワードである人物が浮かんだ。
「お父様!お父様に相談してみましょう!」
「お嬢様元気ですね~。」
私は婿養子で別邸に住んでいるお父様に相談しようと考えた。
期限は3日。
それまでに私は何としてもこの家から逃げなければならない。
そしてお父様に相談しようと考えた事がきっかけで、将来新たな悲劇を生んで激しく後悔するなんてこの時の私は思いもよらなかった。
よらなかったのだ。
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