2-2.
池に突き落とされ、冷たい水の衝撃と肺に流れ込む水と水を含んだ寝巻きの重さに私は水中でパニックになった。
「(苦しッ!死ヌッ!)」
苦し紛れに水中の中でもがく自分の手を見て私は目を見開いた。
「(つるつる!それに手小さっ!)」
あの水面に映った少女は
「(子どもの頃の私?)」
意識が遠のいていく
「(もしかして若返った?違う、子どもの頃に人生が戻ってる?)」
あの時の死ぬ感覚と同じだった。
「(も、だめ・・・・・。)」
ザバァ!!
「ゴハッ!オエェッ!」
水から引き上げられた私はベージュのレンガの地面に肺の中の水を勢いよく吐いた。
「ゲホッ(子どもの頃に戻っているなら、この人は本物・・・。)」
私は目の前の人物を見上げた。
私の髪を掴み上げ池から引き上げた地獄の看守、じゃない本物のお母様は目を吊り上げて私を見下ろしている。
「フンッ!お母様であるわたくしにそんな口を聞いた罰よ!・・・いいでしょう、あのメイドの言った通り王妃教育はしばらくお休みにさせてあげます。熱のせいで頭がおかしくなった今の貴女に王妃教育など無駄だと思いました!」
「・・・それはどーも、ゴホッ。」
「ッ!その下品な喋り方を辞めなさい!しばらく顔も見たくないわ!1週間後の大事なパーティーには必ず出てもらいますからね!その前には風邪とそのおかしくなった頭を早く治しなさい!フンッ!」
お母様は踵を翻してツカツカと屋敷に戻って行った。
私は力が抜けてレンガの地面に仰向けに寝転がった。
「なんで?死んだじゃない。非現実的にも程があるわよ。」
最初は死んであの世にいると思った私は、子どもの頃に似てる地獄にいると思っていた。
死んで魂だけになったから身体がとても軽く感じて若い頃のように元気に動くなんて思ってはいたけれど・・・。
まさか子どもの頃に身体も人生も戻っているなんて思わないじゃない?
でも実際に、アイリスの子どもの時の姿とか子どもの頃に見たことある使用人の姿とか、水面に映った少女の姿とか自分の手が子どもの小さい手になっていたことで、全てが子どもの頃に戻っていたことを理解した。
非現実的な出来事だとは思うけど、すんなりと状況を受け入れてしまった。
どうりで目覚めてからのお母様と私の会話が噛み合わないわけだ。
「フッ、笑える。」
そして何よりも、空気が泣きたくなる程酷く懐かしくてとても美味しかった。
それは子どもの頃に味わった懐かしい味と同じだった。
だからずっと忘れていた記憶の奥底の空気の味は、私が2度目の人生を子どもの頃からやり直したことを信じざるおえなかった。
私は目覚めるほんの数秒前まで77歳のおばあちゃんの人生が終えたばかりだから、それでもまだ少し混乱はしているけどね。
死んだら普通あの世に行くと思ってたから、ここがあの世だと思って、以前の私なら絶対言わない意地悪ババアなんて言葉をお母様に言ってしまった。
人生は何が起こるかわからないにも程がある・・・。
「こんな事ってあるのねぇ~、理由はわからないけど。」
随分と若返った手をみてしみじみと思う。
10歳くらいかしら?
「お嬢様ぁ~!!」
私がお母様から庇ったメイドが泣きながらバスタオルを抱えて走ってきた。
今私はびしょ濡れの格好から温かい寝具に着替えさせられ自室のベッドで温められている。
「奥様に池に突き落とされたお嬢様を見て心臓が止まるかと思いました!私が奥様を怒らせてしまったばかりに・・・。」
私がお母様から庇ったメイドはニイナという名前で、歳は15歳のとても若いメイドだ。
10日ぐらい前に来たばかりの新人らしい。
私の過去の記憶でニイナに全く見覚えがなかったことから、多分いつものようにわがままやら癇癪やらで私がニイナをイジメたことによって早々に辞めてしまったのだろう。
だから私の記憶にニイナは残らなかったんだと思う。
ちなみに今私の部屋にいるニイナ以外のメイドも覚えのない事から、ニイナと同じ理由で記憶に残ってないのだろう。
私は1回目の人生の自分の性格の悪さに反省した。
そしてニイナはお母様と大喧嘩して私が噴水池に落とされたのは自分のせいだと言い涙目でひたすら謝っている。
精神年齢おばあちゃんの私からすれば可愛らしい少女がいじらしく泣いてるようにしか見えない。
「(孫がいたらこんな感じなのかしら?)」
孫どころか子どもすら居なかった私だけど、謎の母性が溢れ出てニイナを孫のように可愛がりたくなってきた。
「気にしないでよ。ニイナは高熱から目が覚めたばかりの私を守ろうとしてお母様に意見してくれたんでしょ?あの恐ろしいお母様に意見するなんて勇気ある行動よ、ありがとう。」
「お嬢様・・・。」
以前の人生の私だったら庇うどころか一緒になってお母様とメイドをイジメていただろう。
だけどアンと出会って、アンに支えられてから自分がいかに使用人達を平民だからという理由だけでイジメていた自分を恥じた。
使用人達にも人生があり、生きるために仕事として私達に仕えているのだ。
平民に生まれただけで、私やお母様のような性格の悪い貴族達に暴言や暴力をされていても、賃金を貰うために仕方なく耐えるしかないという理不尽な貴族社会。
誰が好き好んで酷い仕打ちをされたがるのだろうか?
使用人達は生きる為に必死で仕事をして私達に仕えているだけなのに・・・。
私は書庫に監禁され、公爵令嬢にあるまじき粗末な扱いをされ、心がバラバラになりそうな時に助けてくれたのがアンだった。
私が今まで平民だからと見下しイジメてきた身分の人間であるアンが、使用人を奴隷のように思っていた私の最低な価値観を変えてくれた。
私は公爵令嬢という恵まれた身分に生まれたにも関わらず、幸せな人生を送ることができなかった。
書庫に監禁されてから私は何の能力も無い空っぽの役立たずの人間だということを思う存分思い知り、身分や階級は私の中で意味が無い物に変わった。
そして誰にも優しく必死に真面目に生きている人こそが、誰からも愛され尊敬される人間なのだと理解できるようになった。
改心した所で既に手遅れだったけど・・・。
使用人達はただの雇用関係で、私達貴族の生活を保つ手伝いをしてくれるだけであって私のストレス発散の玩具ではない。
せっかくやり直した今の人生は一回目の人生の時のように使用人をイジメる様な事はしたくなかった。
ついでに優しくもしたいし、孫のように可愛がりたい。
「水に濡れたせいでまた熱がぶり返してきましたね。しばらくはお勉強もなくお休みになれますので安静にお休みください。」
「そうね、色々あってなんだか疲れちゃったわ・・・静かに寝ることにするわね。」
「早く治って1週間後のパーティーには元気になると良いですね!」
そう言えばお母様もさっき同じような事を言ってたような。
『1週間後の大事なパーティーには必ず出てもらいますからね!その前には風邪とそのおかしくなった頭を早く治しなさい!』
あのお母様が王妃教育を休ませてくれる程の大事なパーティーらしいけど、大事なパーティーってなんかあったかしら?
「1週間後はお嬢様が待ちに待ってたルイス王太子殿下と顔合わせの日ですからね!楽しみですねお嬢様!」
「は?」
頭が真っ白になった。
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