一章.終わりのはじまり
1.王の後悔と真実の愛の目覚め
〈愚王side〉
いつも私は気づくのが遅いのだ。
大切なものがなんなのか気づいた時には、とても歳をとっていた。
誰にも必要とされない王なのに偶然にも77歳まで生きてしまった。
愛した者達や信頼していた者達、そして城にいる者達全員から利用され騙され見限られ必要とされず、最後はお飾りの王として孤独に城でただ息をして生きているだけの老人となっていた。
歳のせいか、ただの風邪でもベッドから起き上がれないほど弱ってしまう。
私はこの国の王なのだが、城の従者達からはまともに世話や看病もされないのでなかなか風邪が治らず、少しづつ悪くなる身体でただ死を待つだけのむなしい日々を送っていた。
そんな病に耐える私に唯一優しくしてくれたのはローズただ1人だけだった。
病床に伏して1人孤独にベッドに横たわる私にローズは優しく物語を語ってくれたのだ。
ローズは王妃という立場にいたのにも関わらず、愚かな私の命令で粗末な扱いをされ、野心化な一族のせいで実家にも帰れず、60年もの長い間書庫に追いやられ監禁されていた公爵令嬢だ。
そんなローズは皆から、書庫に監禁されて放置されてすらいたので、まるで幽霊のように居ないのも同然の名ばかりの王妃という意味で【書庫の幽霊王妃】と呼ばれていた。
正直私は、歳を取り床に伏して彼女が現れるまで彼女の存在を忘れていた。
書庫の幽霊王妃の存在をたまに耳にはしていたが、私はなんとも思っていなかった。
そして病で動けない私の前に60年ぶりに現れた彼女は歳を取り老いていてもとても美しく見えた。
若い頃の彼女には美しさを全く感じなかったのに、年老いた彼女に美しさを感じたのは病で弱っているせいだからだと思った。
「お前は・・・もしやローズか?」
最初は病で動けぬ私に復讐をしにきたのだと思っていたが、どうやら違うようで、なんの恨みも私に感じていない様な彼女の様子に私は信じられない気持ちでいた。
私がそう思うのも当然だ。
何故なら私は彼女に恨まれて当然の扱いをしてきたのだから。
私は彼女が幼い頃から嫌いで、私の婚約者という立場だけで毛嫌いしていた。
常に嫌いな彼女との婚約破棄を考えていた私は、婚約者とは別の愛する人が出来たのがきっかけに、本格的に婚約破棄をしようと考えた。
そして彼女が私の愛する人に危害を加えていると知り、卒業パーティーの日に皆の前で彼女を断罪し国外追放と婚約破棄を宣言することができたのだったが、政略的な理由で結局婚約破棄ができなかった。
だから私は仕方なく許せない気持ちから、卒業と同時に王太子妃となる彼女を牢屋で飼い殺しにしてやろうと考えた。
だが周囲は私の考えにあまり良しとせず、一応上位貴族の令嬢ということで牢屋は可哀想だという声が上がったのだが、次期王になる私にハッキリと物申す者はいなかった。
牢屋で彼女を飼い殺しにしようとする私を信頼のある側近の宰相の息子がやんわりと説得した事により、私の提案で牢屋にいるよりはマシだと城にある誰も使っていない古い書庫を彼女の部屋にして監禁した。
王族になる者は犯罪者の扱いになると城の塔に幽閉されるのが基本だが、私は彼女を名ばかりだとしても王族と認めたくなかったので書庫に彼女を閉じ込めることにした。
そして書庫を、牢屋のように出れないようにして彼女を60年もの間監禁し放置していた。
それも17歳からの60年もの間だ。
私が彼女ならそんな場所に閉じ込めた原因の私を殺したい程憎み恨んでいただろう。
だが、60年ぶりの彼女は私を恨むことなく穏やかな笑顔で接してきた。
「お久しぶりですわ。陛下。」
彼女は私の愚かな命令で決して書庫の外や城の外に出ることが出来ないことになっていた筈だった。
だが既に私には王としての権限も風格も無く、城の者達に傀儡の王として笑いものにされている私の命令など既に無いも等しいとされていたことから、書庫の鍵の施錠の管理や彼女が城内を普通に歩いていることに誰も気にしなかったのだろう。
だから書庫に監禁されている筈の彼女が私の目の前に突然現れたとしても不思議ではないと瞬時に思った。
ただ驚いたことと言えば、長い間忘れていたとはいえ、まだ彼女が生きていたことだ。
そして老女と呼ばれる年齢と外見をしているのに彼女が、ローズ・ボアルネが、私にはとても美しく見えた。
歳を取ったローズは若い頃の真紅に輝いていた髪は真っ白になり、手も顔も歳相応にシワくちゃで、服はツギハギだらけでボロボロのみすぼらしいドレスを身纏っていた。
髪は白くなったが、その瞳は真紅に美しく輝いたままで優しく目を細め微笑んでいた。
書庫に監禁される前の上級貴族の令嬢の派手で煌びやかなローズの面影はそこにはなく、そこにいるのは穏やかな笑顔のみすぼらしい格好の老女。
なのに老女になった彼女が私には誰よりも美しく見えた。
「何をしに来た・・・復讐か?」
「違います。たまたまこのお部屋を見つけただけですわ。」
ローズの返答に全てにおいてどうでもいい私は「そうか。」とだけ言い、私からなんとなくの雰囲気で部屋に入る許しをもらったと察したローズは、私のベッドの横にある椅子に腰を下ろした。
隣にいるローズの気配を感じながら、一応王と王妃という夫婦関係なのに、普通の王夫婦とは違う歪な関係の私達は周りから見たら奇妙な光景だろうとふと思った。
だが、そんなこと私にはどうでもよかった。
全てがどうでもよかった。
全てがどうでもよくて死さえも望んでいた。
それくらい私の心は疲れきっていた。
それは私自らの間違えた数々の選択によって生まれた人生の結果だ。
平民上がりの男爵令嬢であるあの女にうつつを抜かし、婚約破棄できなかったローズを書庫に監禁した挙げ句長年放置し、側妃となった男爵令嬢のあの女にいいように使われた。
さらに信頼していた側近の令息達に傀儡の王として利用され、気づいた時にはお飾りの王となり、王としての権限も誇りも失われていた。
その結果、貴族に従者や国民までもが愚かな王として私を笑い、誰も私に敬意を払わなくなっていた。
城の従者達は私のささやかな命令すらも聞かず、私はただ食事をして寝るだけの城の中で飼われている王という存在になったのだ。
そして私から何もかも奪ったあの女は、1年以上も私と床を共にしていないのに、生まれた子を私の息子と主張し無理矢理王子にしたのだ。
明らかに私の息子ではないのに、誰も王である私の言葉に聞く耳を持たず、上級貴族達は王族の血が入ってない男児を王太子として持ち上げた。
どんなに声を出して王として振る舞おうとしても皆に笑われ、私はただのお飾りの王として無視され笑われ続けた。
そんな虚しい王としての生活を長年続けていると疲れてしまった。
だからローズに復讐されて死んでもいいとさえ思っていた。
私がローズからの復讐を望んでいるなんて思ってもいないであろうローズは、部屋に入った時から常に穏やかに笑っている。
「噂で病床に伏しているとお聞きしました。これも何かの縁、お金の無い粗末な身でお見舞いの品を陛下にお渡しすることは出来ませんが、床で退屈な陛下を少しでも癒せればと思いまして、よければ物語を聞いてください。」
「そうか・・・。」
「お聞き苦しいと思いますが、聞いてくださいませ。」
遥か昔に聞いた若い頃のローズの声とは違い、少し掠れた老女となった声で優しく紡がれる物語は久しぶりに私を穏やかな気持ちにさせてくれた。
そしてローズが物語を聞かせ始めたのは昼間だったのに、あっという間に夜になっていた。
「陛下の貴重な時間を取らせてしまってすみません。では私はこれにて・・・。」
席を立って部屋を出て行こうとするローズの腕を私は咄嗟に掴んでいた。
そんな行動を無意識に取った自分に驚いたが、まだまだローズから物語を聞きたいと思った。
このまま何も言わずに帰らせてしまったら、コレっきりローズに会えないと感じた。
それは嫌だと思った。
何故私は嫌だと思ってしまったのだろうか?
久しぶりに私に王としての敬意を払ってくれる人間が現れたからなのか?
それともベッドで床に伏してるのが退屈だったからなのか?
だか、今解ることは、これを最後にローズに会えなくなるのは嫌だと思った。
「陛下?」
ローズは不思議そうに私を見た。
「また、物語を聞かせてくれないか?」
私は恥ずかしさからそっぽを向いて呟やくようにローズに言った。
ローズは私からの意外な言葉に目を丸くした後、嬉しそうに可愛らしい笑顔でにっこりと笑った。
「はい。明日もお見舞いに参りますわ。」
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