落日の民話集

山川 湖

便器銀河

 端的に言えば、うんこを食らって暮らしている。食事としてではなく、単純な興味本位として。

 JRの某駅に、水洗機能の故障した個室トイレが存在する。水洗のレバーを上げてもうんともすんとも言わない、いや、いーーーや、うんこもすんとも言わないのだてらてらてらてら。生憎、めいめいがその故障に気付くのは、でっけえウナギ踏ん張って出したその始末ってえんだから、困り物だよ、タフっ(ゲップ)。管理人との連絡手段も不確かなため、排泄物の主人は、つまるところ(うんこだけに)、後始末を放棄して、そのホカホカビッグベンを置いていく他ないのさ。そして、そそくさ、そそくそと逃げた後に、私の出番がやってくるのさ。

 這う這うの体で逃げる罪人とすれ違い、這い気味の私が個室に駆ける。個室に駆けて、便器を見下げて、そう、ザッツウンコである。

 そこからは、畢竟、狐食らい。こんもりうんこを両手ですくって、おふくろの味噌汁いただくみてえに、ずり☆ずり吸うわけさ。美味とは思わねえが、そうさな、乙なのさ。

 人のうんこに如何ほどの歴史が詰まっているか知らない者は愚かである。食物繊維たっぷりのバナナウンコ食らって、当人の二日前の食卓を想像するのは、ギンギンギン、容易いってなものだ。そう、それは例えば、連れ合いとのこんな風景に違いない。

「最近太ってきたんじゃない? 参勤交代で食生活乱れてる?」

「三交代な。江戸時代じゃないんだから、てめえ」

 感じるぞ! ひひひひひひ! 窈窕たる淑女の蠱惑的な表情、亭主の眉根を寄せた顔、ダイニング、ダイニング、ダイニングの馥郁たる香りと、埃をかぶったシャンデリア!!ワオーーーーーーン!!(猫)

 江戸時代じゃない? いいや、てめえは江戸時代さ。てめえの昨日食った物は、食材レベルで言えば--O・E・DO--すべて江戸時代には日本に流通していたものだ。てめえの軟弱な臼歯がすり潰した食べ物全部--O・E・DOがお前を抱いたママ(ナニーを呼べよ???タコ母ちゃん、ひひひ笑)--胃袋の中は無数の時代の重ね合わせだ。見た目だけじゃ判別のつかねえ混沌だ--世界に一つだけのセロリをシェイクしろよ?--食材の無数の可能性を断ち切った女房の包丁(短歌)。そして、世界に一つだけの宝石となったその肉じゃがは、お前の食道を通った時点で、無数の過去を持ったもやに変わるのさ。早い話が、てめえらを中心に、食材の過去と未来は砂時計型に放射状ってことだろ!?--空を飛ぶーー!!--食事とはそういうものだろ!

 すなわち、私にとっては、お前だろうが江戸時代の百姓だろうが、同じようなものなのさ! ひひひひひひひ!

 うんこを食らうことで、人の歴史を知る。そして、人の歴史を知り続けるうちに、私はある種の予言ができるようになった。トイレを取り巻く人間の往来を正確に予測できるようになったのである。

 しかるに私は、うんこを食らい続けることで、あまねく人間の歴史を知り、ラプラスの悪魔然とした究極的な社会のモデルを頭の中に作り上げたのである。

 私は神になったのだ。うんこを食らい続けることで、神になったのだ。

 そこで私は、占いの仕事を始めてみた。予言者たれば天職に違いないからだ。しかし、実際のところは閑古鳥が鳴くばかりで、その仕事は長続きしなかった。

 理由を考えてみた。一つ思い当たる節があり、私は考える人のように、野糞を捻った。

 今更気づいたことだが、私が通うトイレは、大元では三つの入り口に別れていた。それぞれ別のピクトグラムで表現された、別の用途の門扉である。要するに私の拠点は、そのうちの一つでしかなかったのだ。

 私のうんこには、データとしての偏りがあったのだ。私の拠点周辺のデータばかりが集まり、その周辺の予測ばかりが正確になるだけで、私は全人類を代表する神になどなれてはいなかったのだ。ある者がそのトイレを利用できているということは、全人類が同様にそのトイレを利用できるという根拠にはなりえない。サイレンだ、警察がやってきた!--立ち去れ!ハーレィクイン!--ぴーたら!ぴーたら!ぴーたら!サイレンの反響が耳朶を打つ。

 そもそも、駅前のトイレで用を足す人間というのが、統計学上、お腹の調子的に偏りのある、切羽詰まった標本なわけである。私が食らううんこは、時折健康的なものが混じっているにしろ、大半はスープカレーのような見た目をしていた。

 今、私にできることは何か。それは、私の便器銀河を広げることに他ならない。三つのトイレすべてに、私が生息すること。

 そして私は、残る二つのトイレを破壊した。そして、最寄りのコンビニのすべての食品に、こっそり下剤を混ぜた。神に近づくために。便器銀河万歳!

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