第96話 ヴィオランテの出産 ~後継ぎの誕生~

 ミカエルとアスタロトが揃って出産した。

 二人ともとても軽いお産で少し拍子抜けした。

 生まれた子は二人とも男児だった。


 仮にも熾天使してんしと高位の悪魔の子だ。名前をどうしようかと尋ねると普通の名前でよいというので、ミカエルの子をラインハルト、アスタロトの子をハインリヒとした。


 そしていよいよ正妻ヴィオランテの番である。

 十字軍に行っている間も心配していたが、早産などせずにちゃんと待っていてくれた。できた嫁だ。


 陣痛が始まったというので駆けつけてみると、彼女はまだ自分の部屋でくつろいでいた。

「どうした。産婆のところにいかなくていいのか?」

「始まったばかりですよ。まだまだです。フーちゃんもまだくつろいでいてください」


 どうやら、彼女は前世で子供を産んだ時の記憶を保持しているらしい。


 ──そうすると、肉体的には初産でも3人目ということになるのか。余裕だな…。


 フリードリヒはずっとヴィオランテの手を握っていた。

「もう。誰が子供なんだかわかりゃしない…」


 しかし、こうでもしていないと落ち着かない。


 そして3時間か4時間か…随分と時間がったと感じられた時、彼女は言った。

「もうそろそろかしら…」


 フリードリヒは居ても立っても居られない。

 ヴィオランテをお姫様抱っこすると急いで産婆のところへ連れていった。

「そんなことしなくても自分で歩けるのに。病気じゃないんだから」


 そして産室の外で待つこと3時間ばかり…

 赤子の鳴き声が聞こえた。


 ──よし。よくやった。ヴィオラ。


 そして待つことしばし。

「大公閣下。どうぞ」


 産室に招き入れられるとヴィオランテが赤子を抱いていた。

「どっちだ?」


 千里眼クレヤボヤンスで見られないことはないのだが、あえて楽しみにとっておいたのだ。


「男の子ですよ」


 ということは、ようやく人族の男児が誕生したということだ。しかも正妻の子だから大過なく育てば後継ぎになることはほぼ間違いない。


「よくやった」


 フリードリヒはヴィオランテの頬にキスをした。

 彼女が赤子を抱いていなければ、本当は抱きつきたかったところだ。


「名前は決まっていますの?」

「ああ。ジークフリートだ」


「まあ。御大層な名前ね」


 それもそうだ。ジークフリートは北欧神話に出てくる英雄の名前だからだ。ブリュンヒルデともお揃いになる。


「フーちゃんも抱いてみますか?」

「ああ」


 ヴィオランテからジークフリートを受け取る。

 首が据わっていない赤子を抱くのももう慣れたものだ。


 やはり軽くて頼りない。何しろ3キロくらいしかないのだ。重さ的には小型の猫くらいなものである。


 そこへブリュンヒルデとガラティアが入ってきた。

 ブリュンヒルデは4歳、ガラティアは3歳になった。

 ガラティアも頭が良いらしく言葉ももうすらすらとしゃべっている。


 ブリュンヒルデが聞いてきた。

「名前は何ていうの?」

「ジークフリートだ」


「じゃあ。ジークだね。ジーク。お姉ちゃんでちゅよ」

 と言うとほっぺたをぷにぷにしている。


「お姉ちゃんズルい。私も~」

 とガラティアが言うと、ジークフリートの頬にキスをした。


「ああ。私も~」

 ブリュンヒルデもジークフリートの頬にキスをする。


 生まれて早々美人のお姉ちゃん二人にキス攻撃を受けるとは幸せなやつだ。


 ヴィオランテはその様子を微笑ましく眺めていた。


    ◆


 ジークフリート、ラインハルト、ハインリヒの3人は出産ラッシュ世代の子たちよりも1歳下の同年代ということもあって、その後仲良し3人組として育っていく。


 彼らが3歳になり、武術の稽古を始めると差が付き始めた。

 ジークフリートは神の血が4分の1入っているが、ラインハルトとハインリヒは、それぞれ天使の血と悪魔の血が半分と神の血が4分の1入っている。血統的に差が付くのは当然だ。


「君たちすごいなあ」

 とジークフリートは素直に称賛する。


「いえ。殿下も決して弱いという訳では…」

 とラインハルトが慰める。


「二人とも僕がピンチのときは助けてね」

「「もちろんでございます」」

「どうもありがとう」


 ジークフリートは素直すぎるというくらいに素直に育っている。

 ラインハルトたちよりも武術が劣るからといって自分を卑下ひげしてわめいたりしない。

 人に頼るところは素直に頼り、それに対してきちんとお礼を言う。


 ──泰然としていて自分を客観視できるところはヴィオランテに似たのだな。変なところが俺に似なくてよかった。


 一方、頭の切れるところはフリードリヒに似たようだ。

 こちらの方は家庭教師泣かせということで評判になっていた。


 フリードリヒが速読の技術を教えるとあっという間に吸収し、城にある本という本は読みつくし、今は大学アカデミーの図書館へ通っているようだ。


 魔法の方はというと一応全属性が使えることがわかった。

 しかも、精霊たちは最初から祝福を与えてくれたらしい。大盤振る舞いである。


 魔力量の方はフリードリヒの半分くらいだったが、精霊たちの祝福により消費量が10分の1くらいになっているので、よほどのことがない限り問題はないはずだ。


 超能力の方は少し苦手らしく、ブリュンヒルデにこっそりと特訓を受けている。

 が、わからないところは素直にフリードリヒに聞いて来るので丁寧に教えてあげることにしている。


    ◆


 ラインハルトとハインリヒの2人は、まるで騎士の鏡のように育った。

 強さに決しておごらず、弱いものを助ける。

 主君には忠義を尽くす。


 忠誠の対象はジークフリートだ。

 ジークフリートの方も素直にそれを受け入れている。


 これには大人たちも舌を巻いた。

 決して子供のごっこ遊びと馬鹿にするレベルのものではなかったからだ。


 そしてジークフリート、ラインハルトとハインリヒの3人組は揃いも揃ってハンサムだったので、女子たちにももてた。


 これだけは、何か間違いが起きないか心配だ。


 ちなみに大人の方はというと、フリードリヒ、ルシファー、アダルベルトの3人がハンサム3人組ということで貴婦人たちにもてはやされていた。

 ルシファーは、そのままの名前は使えないので、グレゴールと名乗ることにしたようだ。


 ともかく、子供たちはびっくりするほど順調に育っていて、将来が楽しみになった。

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