第76話 ヤーコブの性教育 ~ディアンヌ・フォン・ポイヒー~

 ある日の夜。フリードリヒのもとにヤーコブが深刻な顔をしてやってきた。


「お義父とうさん。相談があるんだ。聞いてくれる?」

「何だ? あらたまって…」


 だが、ヤーコブはもじもじしていてなかなか話そうとしない。

「男ならちゃんと話してみろ!」


 ヤーコブはビクッとするとようやく話し始めた。

「あのね。朝起きるとパンツに粘々ねばねばしたものが付いていることがあるんだ。あれ、何かな? もしかして僕、病気なの?」


 フリードリヒはショックを受けた。


 ──グレーテル。おまえ、もともと性教育役だろう。息子を放置してどうする!


「それは病気じゃない。ヤーコブが大人になった証拠さ」

「えっ! どういうこと? あんな変なものが証拠って…」


 ──もうしょうがない。俺が教えてやるか…


 それからフリードリヒの性教育講座が始まった。

 ヤーコブは神妙な面持ちでそれを聞いている。


「えっ! 子供ってコウノトリが運んでくるんじゃないの?」

「それはタダの伝説だ。実際は違う。ヤーコブもクリスティーネが生まれてくる時に立ち会っていただろう。子供は女の胎内から生まれ出るのだ」

「そういえばそうだった…」


 ──ヤーコブ。なんて純真なやつなんだ。サンタさんは本当にいますって信じてる口だな…


 しかし、フリードリヒもグレーテルのことはめられない。ヤーコブの性教育のことをすっかり失念していたからだ。


 ヤーコブはフリードリヒがグレーテルをあてがわれた時と同じ10歳だ。性教育を始めるにはちょうど良い年齢だろう。

 ヤーコブも大公の義理の息子というポジションになった訳だ。あとは本人の器量次第だが、最低でも男爵として領地を治めさせることになるか、あるいは他の名門家に婿入りなどもあるかもしれない。その家の存続のためにも性教育は不可欠だ。


 フリードリヒはあてがい女を探し始めた。


    ◆


 あてがい女探しは意外にも難航した。


 さてどうするかと考え込んでいた時、侍女長のイレーネ・フォン・ケルステンから侍女のディアンヌ・フォン・ポイヒーはどうかという提案があった。


 ディアンヌはツェーリンゲン家に使えていたポイヒー騎士爵家の嫁で、フリードリヒがバーデン=バーデンからアウクスブルクに引っ越した際に同行した侍女の一人だ。

 だが夫はバーデン=バーデンがスケルトン軍団に襲われた時の戦闘で亡くなり、未亡人となっていた。夫婦の間に子はなかった。


 ディアンヌはヤーコブとは少し面識があった。

 フリードリヒの使いでショーダー家に頻繁ひんぱんに出入りしていたのだ。


 だが、ヤーコブは子供だったので、綺麗なお姉さんだなくらいにしか思っていなかったようだ。


 ディアンヌは27歳。ヤーコブとの年齢差は相当なものであるが、フリードリヒは行けるのではないかと思った。

 彼女は今でいう美魔女だったのだ。


 見た目は20歳はたちそこそこの若々しさである。なんだったら10代でも通用するかもしれない。


 フリードリヒ本人が聞くと断りにくいだろうから、侍女長のイレーネを通じて本人の意思を確認してもらった。


 結果、ディアンヌは実家の両親も亡くなっており、兄弟姉妹もいない天涯孤独てんがいこどくの身なので、何のしがらみもないから引き受けても良いということだった。


 早速二人を引き合わせてみると好感触だった。


 もともとヤーコブはディアンヌのことを綺麗なお姉さんだと思っていたし、あらためて女性として見てみても大人の女の魅力に満ちあふれている。


 ヤーコブは性行為の相手として意識するだけでディアンヌの色香にメロメロになっていた。


 フリードリヒはヤーコブに確認してみる。

「僕なんかが本当にいいのかな…?」

 ヤーコブは自分に自信が持てないようだ。


「ヤーコブが自分を卑下ひげする必要はない。おまえは大公の義理の息子なのだぞ。そのことを自覚しろ」

「わかったよ。お義父とうさん」


「要はおまえがディアンヌを気にいったかどうかだ。どうなんだ?」

「僕にはもったいないくらい素敵だと思う」


「じゃあ決まりだな」


    ◆


 フリードリヒは自分がしてもらったと同じく、ナンツィヒの閑静かんせいな場所に一軒の家を用意してあげた。そこが二人の愛の巣となる訳だ。


 グレーテルにはヤーコブがいたため、子育てのためずっと家にいたが、ディアンヌには子がいないため、侍女を続けながらあてがい女もやることになった。そこは違うところだ。


 ヤーコブはすぐにディアンヌにのめり込むことになった。

 日を置かず、かかさず毎夜郊外の家で過ごしているようだ。


 ヤーコブの方は男になった。

 童貞どうてい喪失そうしつしたという意味でもそうであるが、引っ込み思案ぎみだったのがずいぶんと自分に自信が持てるようになったようだ。


 おかげで剣の腕前の方もワンランクアップした。心の在りようで剣の腕は変わるのだと実感させられた。


 いわゆる上げまんというのはあるのだなと少しうらやましくなった。

 もちろんフリードリヒの妻や愛妾あいしょうたちも負けず劣らず上げまんだとは思うのだが…


 しかし、あののめり込みようは少し心配でもある。

 あの大人の色香を知ってしまっては、同年代の少女たちなど物足りなく見えてしまうのではないか。


 そう遠くない将来、ヤーコブには結婚してもらいたいと思うが、その際の障害にならねばいいが…。


 あてがい女と上手くいき過ぎるのも考え物だ。

 物事というのは万事ばんじ上手うまくいくというのは難しいものだな。


    ◆


 ある日。フリードリヒはディアンヌと廊下ですれ違った。

 ヤーコブの様子を聞いてみる。

「ヤーコブは上手うまくやっているかい?」

「とても上達しましたわ。でも、大公閣下には遠く及ばないとは思いますが…」


「何を言う。私など…」

「ヤーコブ様のためにも、大公閣下には一度ご教授いただきたいと思っていましたの。お願いできませんか?」


「ヤーコブのあてがい女に手を出すなど…」

「あら。結婚している訳でもないですし、あてがい女といってもただの性技の先生ですよ。義理立てなど不用ですわ」


 ディアンヌの流し目の威力がすさまじい。この魅力にはヤーコブなどとてもかなわないはずだ。


 結局、流されて昼間からいたすことに…


 そして…

「大公閣下。すごいですわ。私、こんなの初めてです」

 ディアンヌはえらくご満悦の様子だ。


 しかし、悪魔のアスタロトには負けるが、人族でこれはないだろう。魔性の女という言葉があるが、まさにそれだ。


 アスタロトとの経験がなかったら、俺ものめり込んでいたかもしれない。


 えらい女をあてがい女にしてしまった…

 しかし、後悔先に立たずである。


 今更上手くいっているものを引きはがす口実もないし、代わりになる相応しいあてがい女のあてもない。


 とにかく機を見てヤーコブから引きはがさないと危険すぎる。

 しばらくは機会を待つしかないか…


 といいつつ、時折ディアンヌに性技の教授と称して関係をもってしまうフリードリヒであった。

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