第74話 プライベートの充実 ~懐妊・出産ラッシュ~

 ロートリンゲンの統治機構もおおむね整備された。

 残るはフリードリヒのプライベートな部分の整理である。


 大公位も得てヴィオランテと結婚した今、フリードリヒはナンツィヒがつい棲家すみかとなる予感がしていた。


 ついては、プライベートの拠点もナンツィヒに移すことにした。


 まずは、タンバヤ商会であるが、本店をナンツィヒに移し、バーデン=バーデンの店は支店とする。これに伴い大幅な人事異動を行う。


 バーデン=バーデンに鉄工所は残すが、さらに本格的な鉄工所をナンツィヒに建設する。親方マイスターのタンクレートを始めとした幹部はナンツィヒの鉄工所に移す。

 もともと製鉄所はこちらに設立してあったので、より仕事がやりやすくなったわけだ。


 歴史的にもナンツィヒは鉄工業の町として有名である。

 この時代、鉄は戦略物資として重要であるので、これを強化する。


    ◆


 ナンツィヒには新たな食客しょっかく館を建設することにした。

 フリードリヒの名声の高まりにより食客しょっかくの数は2千人を超えようとしていた。このためアウクスブルクの食客しょっかく館の倍以上の大きさの食客館を建設する。


 警備のための機械人形のタロスも新調した。


 一方で、アウクスブルクのフリードリヒの屋敷と食客しょっかく館はそのまま残すことにした。


 屋敷は帝都における大使館的な使い方をすることにし、ミュラー外務卿配下の要員を駐在させる。


 また、いざという時のために、武装した食客しょっかくを500人ばかり残すことにした。

 帝都は政治の中枢なだけに何があるかわからないからだ。

 と同時に、皇帝にもある程度のプレッシャーをかけておきたいという裏の思惑もある。


    ◆


 侍女長は、コンスタンツェを側室にしてしまったので、後任をどうするか困っていたのだが、ヴィオランテ付きの侍女であったイレーネ・フォン・ケルステンを皇帝が寄こしてくれたので侍女長とした。

 彼女は20代後半くらいで、雰囲気は鉄壁侍女のヴェローザにちょっと似ている。


 執事はアスタロトが乗っているエンシェントの火竜のセバスチャンがなりゆきでやることになった。その割にはセバスチャンの仕事ぶりは完璧である。だてに長くは生きているわけではないということなのだろう。


    ◆


 グレーテルの息子で結婚により義理の息子となったヤーコブは10歳となった。

 今では妹のブリュンヒルデとガラティアの面倒を見るしっかりもののお兄さんになった。


 今ではフィリップ・リストに付いて剣の修行をしながら騎士見習いをやっている。

 実力は相当なもので冒険者のシルバークラスにはなっているだろう。


 ロートリンゲン公国は新しい国でまだ学校が整備されていないので、ホーエンシュタウフェン学園にならった学園を設立すべく準備を進めている。

 ヤーコブが12歳になるまでには間に合うだろう。


 同時に軍事学校の方も準備を進めている。


 ヤーコブの様子を見に行くと今日も剣術の稽古をしていた。

 見ているとなんだか学園時代が懐かしい。


(もしヤーコブが同級生だったらフリードリヒ組に入れていたんだろうな)と思わず考える。


 フィリップの訓練はフリードリヒにきたえられただけあって厳しい。


 真剣で本気で打ち合っているし、まかり間違って腕の一本も切り落としそうな勢いだ。自分が散々やっておいていてなんだが、第三者としてみるとハラハラする。


 ヤーコブがフリードリヒを見つけて声をかけてきた。

義父ちち上。久しぶりに稽古けいこをつけていただけませんか?」

「いいだろう」


 訓練場まで行くと、フリードリヒとヤーコブは相対した。

「今日も2刀流ではないのですか?」

「おまえ相手には1本で十分だ」


 仕方のないことだが、未熟なうちは相手との実力差が計れないものである。もう少し上達したらフリードリヒとの実力がどれだけかけ離れたものか少しずつ見えてくるだろう。


「いつでもかかってこい!」

「じゃあ。いきますよ」


 ヤーコブは力いっぱい打ち込んでくるがフリードリヒにかすりもしない。

 そのうちにやけくそ気味になってきた。


「動きに無駄が多い。剣の振りはコンパクトに。最小限の動きで」

「はい!」

 ヤーコブも少し反省したらしく、動きが少し良くなった。


 フリードリヒの小手をフェイントで狙い、避けようとしたところですかさず面を打ってきた。

 フリードリヒはついにそれを剣で受け流す。


 どうもヤーコブの得意な連携技れんけいわざらしい。


「今の連携れんけいはよかったぞ」

「ありがとうございます。でも、私のとっておきのわざがあんなに簡単に受け流されるなんて少しショックです」


「いや。並みの兵士ならやられていただろう。たいしたものだ。この調子ではげめよ」

「わかりました。義父ちち上」


「フィリップもヤーコブのこと。よろしく頼む」

御意ぎょい


    ◆


 ホルシュタイン伯時代に結婚した妻と愛妾あいしょうたちであるが、そろいもそろって出産時期が近づいていた。

 どうもフリードリヒの一発懐妊力は健在らしい。


 連続して出産するのは母体に負担がかかるから、今後は避妊魔法も使って計画的に作らないとダメだな。明るい家族計画は基本中の基本だ。


 最初の出産はグレーテルだった。ヤーコブを産んでから10年も経っているが、グレーテルは経産婦だし、多分お産も軽くて済むだろうことを期待する。


 とはいえ、やはり心配は心配だ。産気づいたという知らせを聞き、駆け付けたが、やることもなくウロウロする。千里眼クレヤボヤンスで中をのぞきたいところだが、そこは我慢する。


 3時間ほど待って赤子の鳴き声が聞こえた。これならまだ軽い方だ。よかった。


 産室に入ってグレーテルと面会すると、とっても可愛い女児を抱いている。

「グレーテル頑張ったな」

「ありがとう。二人目は女の子が欲しかったからうれしいわ。ヤーコブは弟が欲しかったみたいだからガッカリするかもしれないけれど…」


「名前はどうする?」

「クリスティーネでどうかしら」


「いいだろう」


 ブリュンヒルデは物心ついてからの妹の誕生に歓喜した。

 グレーテルを手伝ってかいがいしくクリスティーネの面倒を見ている。さながら小さなお母さんだ。


 ──そういえば(前世の長女もそうだったな)と懐かしく思い出される。


 それから妊娠した全員の出産に立ち会った。

 長丁場だったが、全員が初産ういざんだった割には軽いお産で助かった。

 なんだかんだいって皆が体を鍛えているからということもあるのだろう。


 子供は男女入り混じっていたが、結果として人族の子は皆が女児だった。

 人族の長男誕生はまだおあずけになってしまった。


 懐妊中のヴィオランテの子供が男児であることを期待する。

 あとは懐妊中なのはミカエルとアスタロトだ。

 最近側室となったアメーリエとリアはまだ懐妊していない。


 アスタロトはともかく、最上級の天使であるミカエルを懐妊させた俺ってなんて罪深いのかと思ってしまうが、それでも天罰を下さないヤハウェの寛容さに感謝する。


 ちなみにデュラハンのカタリーナの子供は男児だったが、普通に首はつながっていた。アーサー王から名前を欲しいというので、ドイツ風にアルトゥアにした。


 八尾比丘尼やおびくにのカロリーナは八百年以上生きて来て、長い間体を売ったりしても懐妊しなかったので、どうかと思われたが無事に懐妊・出産した。なかあきらめかけていただけに本人の喜びは大きかった。


 意外だったのは、ゾンビのフィリーネも懐妊・出産したことである。ゾンビが子供を産むなんて誰が想像できただろうか?

 生まれたのは男児だが、フィリーネの子なのだから末は錬金術士にでもなるのかもしれない。


 ダニエラの子供は待望の女児だった。

 が、それはそれで複雑だ。ダークエルフ族の族長の望みどおり里に返さなければならないのか…


「ダニエラ。どうする?」

「あたしは約束にはこだわらないよ。本人の好きにすればいいと思っている」


「そうか。じゃあ。そういうことにしよう」

 まあ。仮に文句を言ってきても最終的には武力で押し切れるからな…


 なんやかんやで、一番忙しくしているのはグレーテルである。

 唯一の育児経験者なだけに、皆が入れ代わり立ち代わり質問に来る。


 それぞれにベテランの乳母役うばやくを付けているのだが、それでは不安なのだろう。

 フリードリヒも前世で経験があるが、初めての子育てというのはとても気を使うのだ。特に母親については…

 その分、可愛さも増すのだが…


 さて、これからの子育てが大変だ。

 これだけの数がいると保育園的なものがあった方がいいな。

 教育上もその方がいいだろう。

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