第3章 軍人編

第1節 騎士団入団、破格の戦績、そして異例の昇進

第35話 シュバーベン近衛騎士団 ~女の情念と第5騎士団第5中隊~

 フリードリヒがシュバーベン軍事学校に通っていた留守中。

 フリードリヒの館のリビングルームにパーティの女子メンバーがそろっていた。


 ベアトリスが口を開く。

「えー。それでは第1回フリードリヒパーティ女子会議を開きたいと思います」


「何でおめえが仕切ってんだよ」とヴェロニアがクレームをつける。


「別に誰でもいいんですが…。それより皆さん。危機感がなさすぎです。フリードリヒ様が軍事学校に通ってからこの方、私たちと接する機会が激減しています」とベアトリスが問題を提起する。


「それはおめえだけだろ。あたいたちは学園に通っている頃からずっとそうなんだ」とヴェロニアが突っ込む。


「それはちょっと置いておいてですね。愛の4年目危機説というのがあるんです。これはフリードリヒ様に教えてもらったのですが…」


 それによると、男女の愛には2種類のホルモンが関係している。一つは恋愛のホルモンであり、もう一つは親愛のホルモンである。


 男女は恋に落ちるとまずは恋愛のホルモンが働き、好きという感情を促進させる。相手を見てドキドキしたり、顔が赤くなったりするのは、このホルモンの働きである。

 が、このホルモンは時間の経過とともに分泌が減っていくという特徴があり、その限界は4年程度だという。


 もう一つの親愛のホルモンは、いわば家族愛のホルモンというべきもので、一緒にいて安心感や安らぎを得られるときに分泌される。こちらの方は永続性があると言われている。


 つまりは、男女の愛を永続させるためには、恋愛のホルモンが切れる前に親愛のホルモンに切り替える必要があるのである。


 この壁を越えられなかった恋人や夫婦は4年目に破局の危機を迎えるのだ。


「考えてみてください。私たちがフリードリヒ様と出会ってから4年を過ぎてもう5年目です。ぎりぎりじゃないですか!」とベアトリスは強調する。


「そういやあ旦那も成人を迎えたっていうのに誰にも手を付けてねえしなあ。もう飽きられちゃったとか…」とヴェロニアが呟く。


「ヴェロニアさん。怖いことを言わないでください。まだチャンスはあります!」とベアトリスは言う。


「いったいどうすればいいっていうの?」とローザが聞いて来る。

 他の女子もベアトリスの理論には感銘を受けているようだ。


「親愛のホルモンを分泌させるには、何よりフリードリヒ様と接する機会を増やすことが必要だと思うんです」とベアトリスが指摘する。


「じゃあどうしたらいいっていうの?」とローザが再び質問する。


「フリードリヒ様は軍事学校を卒業したらシュバーベン近衛騎士団に入団することを決めています。ですから、私たちも近衛騎士団に入団するのです」とベアトリスが提案する。


「でも、私たちは軍事学校には入学していませんが…」とネライダが疑問を呈する。


「なにも士官で入団する必要はありません。一般兵士として入団してフリードリヒ様にお仕えすればいいのです。フリードリヒ様に鍛え上げられた私たちならきっと入団できます」とベアトリスは皆を説得する。


 女子メンバーたちは考え込んでしまった。


「そういうことならフリードリヒ様に相談すべきなんじゃないかしら」とヘルミーネが珍しく正論を言う。


「でも、フリードリヒ様は女子に甘いから、軍隊に入って戦地に送り出すのをよしとしない可能性もあります」とベアトリスが懸念を表明する。


「確かにそれも一理あるわね…」とローザが賛同した。


「ここは入団という既成事実を作ってしまうのです。そうすればフリードリヒ様も取りやめろとまでは言わないでしょう」とベアトリスは強行突破を主張する。


「あなたも思いきりがいいわね。大司教の家を出奔したときもそうだったけれど…。でも、大司教の修道女が他家の軍隊に入ったりして大丈夫なの?」とヘルミーネが鋭く突っ込む。

 実は皆には隠しているがヘルミーネも他家の姫なので、同じ問題を抱えているのだ。


「そこは身分を隠して一般庶民ということで入団しますわ」とベアトリスは言い切った。

 ヘルミーネはそこまで覚悟しているのかと感心した。


「私はたとえ一人でも入団するつもりです。皆さんはどうですか?」とベアトリスは最後通牒を突き付けた。


 しばらくの沈黙のあと、おとなしいネライダが口火を切った。

「私は主様とずっとご一緒したいです」


「ミャーもご主人様にはずっと面倒を見てもらうって約束したから一緒にいたいにゃ」とミーシャ。


「私も少しでも一緒にいたいという気持ちに偽りはないわ」とローザ。


「あたいは最初から旦那にどこまでも付いていく覚悟は決めているからな」とヴェロニア。


「それならば私もお付き合いしますわ」とヘルミーネ。


「私も入団したいのはやまやまなのだが…」とカタリーナは自信なさげだ。確かにデュラハンが近衛騎士団に入団など前代未聞なのではないだろうか。


「そこはとにかく当たって砕けろですわ。強引に実力を認めさせればいいのです」とベアトリスは楽観的だ。しかし、最初からあきらめてしまっては何も生まれないというのも事実だ。


「わかった。わたしも受けるだけ受けてみよう」とカタリーナは決断した。


「こうなったらよう。タラサとか、竜娘たちとか食客しょっかくの主だったやつらにも声をかけたらどうだ。その方が旦那も心強いんじゃねえか」とヴェロニアが調子に乗ったことを言う。


 ここまで来たら勢いは止まらず、結局食客しょっかくの主だったものも誘うことに決したのだった。


    ◆


 そして近衛騎士団の入団試験の日がやってきた。

 軍事学校卒業者は卒業試験も通っているので、形ばかりの試験で終わりだ。

 実力からいってフリードリヒ組は全員合格だろう。


 フリードリヒが試験から帰途についたとき、突然歓声が聞こえた。あれは一般兵士の入団試験の会場の方だ。


 アダルベルトが「ちょっと様子をうかがってきます」と会場に向かった。

 すぐに戻ってくると「どうやら入団者が次々と試験官を負かしているようです」と報告した。


 フリードリヒはホムンクルスの3人娘は手元に置いておきたかったため、入団試験を受けさせることにしていたので、てっきり彼女たちのことだと思ったが、その割には歓声がずっと続いている。


 一般兵士の入団試験の試験官は、近衛騎士団の若手騎士が務めている。実力的には成人間もない一般兵士よりもずっと上であり、通常であれば負けるようなことは考えられない。


 それが負かされたとなると…

 フリードリヒの脳裏をある想像がかすめる。


 会場をのぞいてみると想像は当たっていた。

 パーティーメンバーや食客しょっかくたちが次々と試験官を負かしていた。彼女たちの実力ならば、それも納得できる。


 かわいそうなのは試験官たちだ。

 負けるたびにヤジをとばされ、罵倒されている。


「今年の一般兵士の強さはいったいどうなっているんだ。それも女ばかり」

 見物人が噂をしている声が聞こえる。


 フリードリヒは、(女の情念は恐るべし)と思うとともに、一緒にいたい思いでこんな大胆なことをしたと思うといじらしくも感じるのだった。


 その日。フリードリヒが館に戻ると女子連中がフリードリヒの顔色をうかがっている。

 フリードリヒは彼女たちを一切責めなかった。彼女たちのいじらしい気持ちに応えねばならないと思ったからだ。


 彼女たちを人殺しの現場に駆り出すことには抵抗がないではないが、実力的には十二分にある。これはいい軍隊ができるなと想像するフリードリヒであった。


    ◆


 数日後。新入団員の部隊配置が発表された。


 近衛騎士団は各500人で構成される第1騎士団から第5騎士団までの総勢2,500人で構成される。


 番号が若いほど格が高いとされており、新入団員はまずは第5騎士団に配属されることが慣例だ。


 各騎士団は100人単位の中隊が5つで構成される。

 フリードリヒは第5騎士団の第5中隊の隊長の任を拝命した。これは軍事学校の成績と男爵位を持っていることにも配慮したのだろう。

 中隊の隊長は現代の階級でいうと少佐クラスに相当する。フリードリヒは尉官位をとばして、いきなり佐官位となったわけだ。かなりの厚遇であるが、これも今までの積み重ねの成果であろう。


 フリードリヒの副官には軍事学校でも副官を務めたレギーナ・フォン・フライベルク嬢が任官された。

 フリードリヒは冷静なようでいて時には指揮官自ら突撃するようなこともあるから、不在の間の指揮を安心して任せられる副官でありがたかった。


 中隊は25人からなる小隊4つで構成される。各隊長は次のとおりとなった。これは本人たちがフリードリヒの指揮下に入りたいと熱望した結果である。

●第1小隊:アダルベルト・フォン・ヴァイツェネガー

●第2小隊:マルコルフ・フォン・アンブロス

●第3小隊:アウリール・フォン・ベンダー

●第4小隊:ヤン・フォン・シュヴェーグラー


 フィリップ・リスト、ジェラルド・カッシラー、パウル・ロズゴニー、アタナージウス・フライシャー、シュタッフス・ヘンチュケの平民5人組は、第1小隊の各伍長となった。


 パーティメンバー、ホムンクルス3人娘のマリー、ローラ、キャリーと食客しょっかくたちは第1小隊に集中的に配置された。

 メンバーを見ればわかるように、第1小隊は中隊の中でも飛び抜けて戦闘力の高い部隊となっている。


 カタリーナの入団はデュラハンが前代未聞だということで渋られたが、フリードリヒが強引に押し切った。その裏には将来的にダークナイトを入れたい思惑もあったためだ。


 食客しょっかくから入団したのは、八尾比丘尼のカロリーナ、タラサ、ダークエルフのダニエラ、人虎のヘルルーガと竜5人娘のマルタ、ユッタ、ヒルデ、ロジーナ、エディタである。


 第2から第4小隊の隊員も多くがフリードリヒ組の人間が占めている。


 近衛騎士団長はどの程度認識しているがわからないが、第5騎士団の第5中隊は新人から構成される部隊としては異常に戦闘力の高い部隊となっているのであった。


    ◆


 フリードリヒは中隊のうち第1・第2小隊は歩兵、第3・第4小隊は騎馬部隊とするつもりだ。

 このうち騎馬部隊は現在全盛期のランス(突撃槍)ではなく、ロングスピアと弓を装備し、騎馬民族のように騎射の訓練もさせる。

 慣熟したあかつきにはヨーロッパでは異色の部隊となるだろうし、その威力は驚異的なものと想定される。


 また、訓練で異色なのは、木剣ではなく、真剣を使用することだ。

 冒険者出身のフリードリヒとしては、多少の生傷などごく当たり前のことだったし、仮に腕や足の一本を切断することがあってもフリードリヒやベアトリスならばこれを接合して治すこともできる。


 結果、訓練の中で即死しない程度に相手を痛めつけるのは当たり前になっていく。


 もともとのポテンシャルが高いうえに、このような苛烈な訓練を行うフリードリヒ中隊はますますその強さを高めていくのだった。


    ◆


 タラサは、竜5人娘と妙に気が合ったので、親しくしていた。


 タラサはマルタに質問する。

「ねえ。どうやったら竜になれるの?」

「私たちは本性が竜で人に変化へんげしているという方が正確だ。だから竜になるのではなく竜に戻るという感覚だ」


「へえー。いいな。私も竜になってみたい」


 そこでエディタが気になることを言った。

「タラサには私たちに近い気配を感じる。本人に自覚はないのか?」

「えーっ。あたしはただの人族だと思うんだけど…」


「やるだけやってみたらどうだ?」とエディタがうながす。

「そうかな? じゃあ。竜に戻る感覚だよね。う~~ん」


「私たちはごく自然にやっているから言葉で説明するのは難しいが、ふんばってもダメだ」

「じゃあ。王子様にチューしてもらえば本性に戻れるかな?」


「はあ?」

 エディタにはまったく理解ができない。


 ちょうどそこにフリードリヒが通りかかった。


「あっ。フリードさん。ちょうどよかった。あたしにチューして」

「何を言っている。そんなもの誰彼となくやるものじゃない」

 実は寝ているときに何回かしたけどね。


「えーっ。あたしじゃダメなの? ねえねえお願い」

 しょうがない。まあ。起きているときなら大丈夫だろう。


「じゃあちょっとだけだぞ。ちょっと触れるだけだ」

「うん。それでいいから」


 フリードリヒはキスをするためにタラサを抱き寄せる。

 その段になって、タラサは照れて真っ赤になってしまった。


「ちょ、ちょっと待って。心の準備が…」

「その気にさせておいて、それはないだろう」


 フリードリヒは強引にキスをした。

 次の瞬間。タラサが目をカッと見開いた。


 タラサの目ではない。あの恐ろしい目をしている。体もガクガクと痙攣けいれんしだした。


「うそっ。起きているときもダメなのか…」


 タラサの体が膨らみ始め、服をびりびりに切り裂き、なおも膨らみ続けている。


 そして…

 そこに邪悪そうな竜の姿が現れた。


『やった! 竜になれたよ』

 今回は正気を保っているようだ。


『でも、どうやったら戻れるの?』


 エディタが助言する。

「元の姿を想い出せ。それを思いながら念じるんだ」


「う~~ん」タラサは必死に念じている。

 竜の体が縮み始め人形態に戻った。


「ねえねえ。フリードさん。すごいでしょ。竜になれたよ」

 普通は深刻になるところだが、タラサが能天気なやつでよかった。


「わかったから、その格好をなんとかしろ。目のやり場に困る」

 出会った頃と違ってタラサはもう15歳。体つきも十分すぎるほど女らしくなっている。


「いやん。フリードさんのエッチ!」

 タラサはようやく自分が全裸であることに気づき、あわてて体を隠す。


 しかし、竜になれたのは戦力増と言えるが、キスをしないと竜になれないというのは不便だ。


 得をしたような、そうでないような妙な気分になるフリードリヒであった。

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