第29話 学校の仲間たち ~フリードリヒ組の誕生~

 シュバーベン軍事学校は14歳から15歳ごろまでの1年間を修業期間としており、武芸や魔法などの軍事に係る専門教育が行われる。現代でいう専門学校のイメージだ。


 ここを卒業した成績優秀者は軍隊にもいきなり仕官待遇で配属されることになることもあって、皆必死に授業に取り組んでいる。そこはシュタウフェン学園の生ぬるい授業とは一線を画すものがあった。


 1学年の定員は約150名で、1クラス30名が成績順にA組からE組まであった。


 フリードリヒを始めとする学園5人組は当然に入学試験に合格し、A組の所属となった。


 他の生徒たちは入学試験の様子を見ていたので、自分たちのはるか上を行く実力の持ち主と尊敬とあこがれの目で見る者がいれば、それなりの実力者の中には逆に反発する者もいて、反応は様々だった。


 フリードリヒにボコボコにされたアロイス・フォン・ケーラーもA組となった。公爵家の子息ということもあって、取り巻き連中を連れて早速派閥を作っていた。


 アロイスは事あるごとにフリードリヒをにらんでいる。よほど悔しかったのだろう。自分の弱さを棚に上げて、フリードリヒへの復讐ふくしゅうの機会を狙っている様子だ。


 フリードリヒはその実力から自然と学校のリーダー格と目されるようになっていた。

 フリードリヒ本人は、寡黙で人付き合いも苦手だし、リーダーには向いてないと思っていたが、周りが盛り上がる分にはしようがない。そこはリーダーらしく振る舞えるよう努力することにする。


 フリードリヒのグループは、リーダーが社交的でないこともあって、クラスでは浮いてしまう懸念があった。

 そんな矢先…


「ツェーリンゲン卿。よろしいですか。お願いがあるのですが…」

「何用だ?」

 アダルベルトが間に割って入る。


 ──おまえは俺の秘書か?


 フリードリヒ自身は、お偉いさんでも何でもないので、直接話しかけてもらってかまわないのだが…。こいつの副官気取りも困ったものだ。


 話しかけてきた男は体格も良く、かなり鍛えられている感じだ。A組に配属されているのだし、実力も相応にあるのだろう。


 男はアダルベルトのあまりのけんまくに一瞬たじろぐが、意を決して話を始めた。


「あっしはフィリップ・リストと申します。ツェーリンゲン卿はマルコルフさんたちを鍛えて強くしたんでしょう。あっしらも強くなりたいんです。ぜひともツェーリンゲン卿の仲間に入れてくだされ」


 見ると男の他に4人がそこに控えていた。

 話を聞くと彼らは珍しく、庶民の出ということだ。7歳の頃から騎士の見習いとして鍛え上げ、必死にお金を貯めて学校に入学してきたらしい。見習いとしてだが、実戦経験も数度あるという。


 他の4人はそれぞれジェラルド・カッシラー、パウル・ロズゴニー、アタナージウス・フライシャー、シュタッフス・ヘンチュケという名でいずれも庶民ということだ。


「やっぱり庶民じゃだめですか?」とフィリップが自信なさげに聞いて来る。


「私は才能を愛する。身分など二の次だ」とフリードリヒはきっぱりと答えた。

 それを聞いてフィリップたちの緊張が緩む。


「だが、これは慈善事業ではないからな。まずは実力を見せてもらおう」

「わかりました」

 フィリップが緊張したおもむきで答えた。



 放課後。フィリップたちの実力を試すための剣の試合をすることにする。もちろん木剣での試合だ。


 アダルベルトは加減が下手へただから、相手はマルコルフたちがいいだろう。

 アダルベルトはちょっと不機嫌な表情になったので、「君が出ていくまでもないということだ」となだめる。


 マルコルフたちは「わかったぜ」と快く引き受けてくれた。彼らの実力はミスリルに近いゴールドといったところだ。おそらく簡単に負けることはない。

 むしろ試合の趣旨を察して適度に手加減してほしいところだ。が、それを口に出して言うのはフィリップたちの面目が立たないのであえて口にはしない。


「それでは、始め!」とアダルベルトが開始のかけ声をかける。

 試合ができないので審判役をすることにしたらしい。


 最初はフィリップとマルコルフの対戦だ。

 フィリップは思いのほか強かった。ゴールドに限りなく近いシルバーといったところか。マルコルフも手を抜き過ぎるとやられるぞ。


 双方の疲れが見えたところで「そこまで」とアルベルトが終了を宣言する。実力を見るための試合なので決着をつける必要はない。


 続いて、ジェラルドとパウル、ヤンとアウリールが試合をする。二人ともフィリップとほぼ同じ程度の実力だった。


 残るはあと2人。


「マルコルフ。できるか?」と聞いてみるが、まだ疲れが残っているようだ。

 では、仕方がない。


「アダル。相手をしてやってくれ」

「承知いたしました」

 アダルベルトの顔が輝く。


 今度はマルコルフのかけ声で、アダルベルトとアタナージウスが試合をする。

 瞬殺するのではと心配したが、アダルベルトもマルコルフたちの試合を見て趣旨を心得ていたようだ。実力は、やはりフィリップたちと同じくらいだった。


「最後のシュタッフスは私が相手をしよう」


 フリードリヒは、なんだかんだ言って人の試合を見ていたら自分もやりたくなってしまったのだ。

 アダルベルトが「まだできます」と言ってくるが、聞く耳を持たない。


 アダルベルトが渋々開始のかけ声をかけ、試合が始まる。

 10合も打ち合うとシュタッフスの実力は知れた。やはり他の4人と同じくらいの実力だ。


 フリードリヒは手を抜くのも飽きてきたので、少し遊んでやることにした。

 シュタッフスが受けられるか受けられないかギリギリのところで攻撃を放ってみる。

 シュタッフスは、必死の形相で攻撃を避け、受け止めている。受け止めている手はプルプルと震えている。


「フリードリヒ様…」

 人に手を抜け的な雰囲気を出しておいて、当の本人が一番遊んでいるではないか。アダルベルトはあきれた。


「そこまで」


 アダルベルトは可哀そうになって試合を止めた。

 シュタッフスは、ハアハアと荒い息をしながら安堵あんどの表情を浮かべている。


 ──ちょっと遊びすぎたかな。


 フリードリヒは少しだけ反省した。


「ツェーリンゲン卿。どうでしょうか?」とフィリップが結果を聞いてきた。


 実力もそこそこあるし、モチベーションも高そうだ。鍛え上げればマルコルフたちに近づけるのではないだろうか。


「いいだろう」


 フリードリヒの一言にフィリップたちは肩を抱き合って喜んでいる。


 こうしてフィリップたちが仲間になると、フリードリヒのもとにA組で同じこころざしの者が集まってきた。実力はフィリップたちには届かないが、いずれもシルバー相当の者たちだ。

 フリードリヒは、よほどできが悪くない限り来るものは拒まずという主義なので、皆受け入れた。


 こうしてA組ではフリードリヒが最大派閥。アロイスが小派閥という構図となった。

 フリードリヒは組の中の派閥争いなどのちっぽけなことは気にしていないが、アロイスの方はこだわっているようだ。


 フリードリヒは、「あの性格では着いていく者も少ないだろう」と思うのだった。事実、アロイスの取り巻き連中も、家のしがらみで仕方なく従っているだけで、心から心服しているわけではなかった。


 その後、フリードリヒの派閥は自然と「フリードリヒ組」と呼ばれるようになった。


    ◆


 一方、フリードリヒの私生活は多忙だった。

 学校が休みの日はとにかくやることが多い。


 まずは、フライブルグの領主としての立場がある。

 日常の統治は、タンバヤ商会から優秀な者を雇い上げ家宰として実務に当たらせている。

 だとしても、直接領内の様子を確認し、所要の指示を与える必要があるため、時折は顔を出さなくてはならない。


 ブリュンヒルデは可愛い盛りだから顔を見たいし、ヴィオランテとのデートもしたい。


 パーティメンバーや精霊たちも、たまには付き合ってあげないと機嫌が悪い。

 特にベアトリスは学園に通っていて、一緒に過ごす時間も長かっただけに、そのギャップからか特にひどい。

 憂さ晴らしなのかもしれないが、最近は攻撃魔法の訓練に力を入れているようだ。


 少なくともパーティメンバーや精霊たちは一緒に住んでいるのだから、早朝や夜間の時間帯を活用できる。そのあたりの工夫でしのげないだろうか。


 そんなこともあって、食客しょっかくたちの対応がおざなりになっている。タラサなどはどう思っているのだろうか。


 こんな時こそ、神のようにアバターが使えればいいなと思う。

 今度、使い方をアテナ様に聞いてみようかな。

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