第27話 湖の乙女 ~聖剣を求めて~

 バーデン=バーデンの騒動のあと、大きな事件もなく、フリードリヒは無事シュタウフェン学園を卒業した。


 ベアトリスはヴィオランテにライバル心を燃やしていたが、教会の奉仕活動という共通項が見つかり、これをきっかけに和解して今や仲良しだ。


 アダルベルトとフリーダはなんと交際することに発展した。もっともこれはフリードリヒがお膳立てをしてやったのだが。

 2人とも男爵家ということで家格もつりあっており、このままいけば結婚することになるだろう。


 そんなことで、学園生活は平穏に終わりを迎えた。


    ◆


 フリードリヒはこれからシュバーベン軍事学校へ進学することを決めていたが。卒業から入学まで時間があるので、ぜひやっておきたいことがあった。


 それは聖剣の入手である。

 ファンタジーの世界と言えばなんといっても聖剣ではないか。これはぜひ入手しておきたい。


 聖剣の代表選手といえばアーサー王が使っていたエクスカリバーだ。時代的にアーサー王は亡くなっているから今は湖の乙女ヴィヴィアンに返還されているはずだ。


 フランク王国の騎士ローランが愛用したデュランダルもあるが、これはフランス王家に伝わっているはずだ。まさかこれを盗むわけにもいかない。


 神聖帝国にもゲルマンの英雄ベオウルフが使ったフルンティングがあるはずだが、その在りかは謎である。案外ホーエンシュタウフェン家あたりが持っているのかもしれない。


 他にも候補はないではないが、ここはやはりエクスカリバー一択だろう。

 フリードリヒは、早速イングランドへテレポーテーションで向かう。


 ヴィヴィアンは妖精で、幻の湖の中に立つ城で暮らしている。これを直接探すのは難しいと思われるので、彼女に空中楼閣に閉じ込められたといわれる魔法使いマーリンを探してみることにする。


 といっても、探す範囲は膨大になるので、セイレーンたちに手伝いを頼むことにした。セイレーンのマルグリートを魔法陣で召喚する。


「マルグリート。頼みたいことがある。君たちと配下の鳥たちで魔法使いマーリンが閉じ込められた空中楼閣を探して欲しいんだ。ついでにこの辺に住む精霊たちにも聞いてみてくれ」

「主様。わかったわ。でもあとでご褒美を忘れないでね」


「………わかった」


 バーデン=バーデンの騒動の際、結果は出せなかったが、セイレーンたちは一生懸命働いてくれた。マルグリートはそのご褒美としてフリードリヒの子種を望んだのだが、結局、フリードリヒは拒否できなかった。今回も同じことを求められたのである。


 ──なんで人外娘どもは俺の子種を欲しがるんだ?半分神ということがわかっているのか?


 フリードリヒ自身も杖にまたがり飛翔すると、千里眼クレヤボヤンスで周辺を探っていく。


 結局、その日は手掛かりが見つからなかったので、セイレーンたちと野営をすることにした。森で木の実などを採取し、小動物を狩り料理した。マジックバッグから酒を供出し、簡素な宴会をした。


 その夜の展開はいうまでもない。


 翌日。引き続き探索をする。

 昨夜、頑張ったおかげか、セイレーンたちは気合が入っている様子である。


 日が西に傾き、あきらめかけた頃、フリードリヒの千里眼クレヤボヤンスが何かをとらえた。


 あれかな?

 とりあえず現場へ急行する。


 フリードリヒは森の奥地の秘境のような場所を想像していたのだが、現場は意外に人里近くの場所だった。


 空中楼閣には不可視化の魔法がかけられており、人族には見えないが、丸い円筒状の楼閣が宙に浮いていた。


 千里眼クレヤボヤンスで中を探ってみると、朽ち果て白骨化したマーリンと思われる遺体があった。インキュバスの血が入っているとはいえ、何百年も生きながらえることはできなかったらしい。


 だが、かすかに気配がある。マーリンの亡霊か?

 フリードリヒは交信を試みる。


『あなたは大魔法使いのマーリン様ですか?』

『そうだ。私を人族が訪ねてくるとは何百年ぶりか』


『実は湖の乙女の居場所を教えていただきたちのですが…』

『ヴィヴィアンの居場所か。はるばる訪ねてきた労に報いて、教えることはやぶさかでないが、気をつけろよ。私が愚かだったのだ。女は魔物だ。』


 マーリンはあっさりと場所を教えてくれた。が、その後も「私は愚かだ」とブツブツ呟いている。よほど悔しかったのだろう。まあ、女で破滅した男の典型だからな。


 マーリンに教えられた場所へ行ってみると、魔法で作った幻の湖の中に立つ城があった。確かにここで間違いない。


 千里眼クレヤボヤンスで中を探ってみる。

 すると背後から声をかけられた。


「覗き見とは趣味が悪いわね」


 フリードリヒは気配を感じなかったのでドキリとした。振り向くとアフロディーテもビックリのとんでも美女がたたずんでいた。フリードリヒは、思わずごくりとつばを飲み込む。


「これは大変失礼いたしました。あなたがヴィヴィアン様ですね」

「そうよ。何の用かしら」


 ここは変な駆け引きはなしだ。直球で行こう。


「エクスカリバーを手に入れたくて参りました」

「あら。エクスカリバーは王の器がないと扱えない剣よ。あなたにその器があるというの?」


 ヴィヴィアンは何でも見通しそうな邪気のない目でフリードリヒを見つめている。

 フリードリヒとて自信はないのだが、否やとは言えない。


「私がその器かどうかヴィヴィアン様に確かめていただければと思います」

「ならば私と勝負しなさい。それで勝てないようならとても器とは認められないわ」


 ヴィヴィアンは、マーリンから全ての魔法を伝授されている。つまりは、伝説級の魔法使いを相手にすると同じということだ。これは相当な難敵で間違いない。


「了解いたしました」

「ふふっ。たいした自信ね」


 それから勝負が始まった。


 ヴィヴィアンはいきなり火の最上位魔法を放ってくる。


「炎よ来たれ。地獄の業火。パーガトリー・フレイム!」


 これを時空反転フィールドではね返す。

 ヴィヴィアンは一瞬驚いたようだが、魔法障壁を張ってこれを防いだ。


「あなた面白い魔法を使うわね。じゃあこれはどう?

 氷よ来たれ。絶対の極寒。アブソリュート・ゼロ!」


 フリードリヒの周辺を絶対零度に冷やす戦法を取ってきた。放出系の魔法ははね返されるため、手を変えてきたのだ。

 だが、これもフリードリヒの知っている魔法だ。素早くディスペルする。


「くっ。ならばこれよ。闇よ来たれ。漆黒の奈落。タルタロス!」


 タルタロスは地獄よりも更に下層にある神々ですら忌み嫌う澱んだ暗黒空間であり、ここに落とす魔法である。

 だが、フリードリヒはオスクリタに鍛えられた暗黒魔法のスペシャリストである。これも素早くディスペルする。


「なにっ。タルタロスをディスペル!?」ヴィヴィアンは驚いた。


 人族にとって闇魔法は禁忌であり、使える者はほとんどいない。しかもその上位魔法をディスペルしたのだ。これは驚くだろう。


 そこでヴィヴィアンはまた手を変えてきた。

 今度は竜に変化へんげしたのである。


 鋭い牙と強力な尾で攻撃してくる。

 はね返されることを予測しているのか、ブレスは吐いてこない。


 が、竜の相手は何度もしている。

 時空魔法で空中に足場をつくり、駆け上がると竜の背中に取り付き、左手でオリハルコンの剣を竜の首に突きさして振り落とされないようにする。


 竜は必死にもがいてフリードリヒを振り落とそうとしているが、剣ががっちりと刺さっているので、それもできない。


 フリードリヒは、二度三度と繰り返し竜の延髄を突きさすと次第に深く刺さっていく。


 竜は叫び声を上げて苦しんでいる。

 そのうち口から泡を吹きながら昏倒してしまった。


 すると竜の体は縮んでいき、ヴィヴィアンの姿に戻っていく。

 フリードリヒは、ヒールの魔法で傷口を治してやるとヴィヴィアンは意識をとりもどした。


「これほどの相手とは初めて戦ったわ。あなたマーリンよりも強いんじゃない?」

「いえいえ。そんなことは…」


 するとヴィヴィアンは真顔になり言った。


「本当は一目見た時からわかっていたのよ。あなたは王の器を持っているわ」

「本当ですか。では、私は王になれると?」


「それはわからないわ。器だけでは王にはなれないし、なれたとしても己の道を通せるかどうかもわからない。アーサー王が道半ばで倒れたようにね」

「そうですか。厳しいものなのですね」


 それからフリードリヒはエクスカリバーをもらい受けるほかに、マーリンから伝授された魔法を教授するように頼んだ。特に変化へんげの魔法はフリードリヒの知らないものだ。


「それには一つ条件があるわ」

「何でしょう?」


「お姉さんの恋人になってちょうだい。それでいいことしましょう」

「そ、それは…」


 ──これは、マーリンの二の舞にならないようにせねば。


 しかし、ここで拒否してしまったら今までの労力が無駄になってしまうかもしれない。ここは腹をくくるか。


「わかりました」

「じゃあ早速お城へ来てちょうだい」


 その夜はいつにも増して濃厚な夜を過ごしたのだった。


 それから3日間、フリードリヒはヴィヴィアンからマーリンの魔法について学んだ。変化へんげの魔法も身につけることができた。


「実はもう一つお願いがあるのです。ヴィヴィアン様はアロンダイトをお持ちではありませんか」


 アロンダイトはヴィヴィアンが守護精霊をしていた湖の騎士ランスロットが愛用していた剣である。ランスロットの強さはアーサー王にも引けをとらなかったというから、その剣もすばらしいものに違いない。


「持っていたらどうなの?」

「私の部下に使わせたいと思いまして…」


 フリードリヒの脳裏にはアダルベルトの姿が浮かんでいた。


「そう。わかったわ。そのかわりぃ。もう一晩お願いね」

「はあ」


 ──そんなことでよければ、いくらでもやらせてもらいますとも。


 その翌日。フリードリヒが暇乞いをしようとしていたところ…


「私決めたわ。あなたの守護精霊になる。近々湖ごとあなたの家のそばに引っ越すからよろしくね」

「ええっ!イングランドから出てもだいじょうぶなのですか?」


「別に。イングランドには特に義理があるわけじゃないもの」

「そうですか…」


 ここは明確な拒否の言葉が思い浮かばないフリードリヒだった。


 出立の際に受け取ったエクスカリバーとアロンダイトは素晴らしい銘品だった。特にエクスカリバーは鞘には宝石が施され、柄にはあごから炎を吹き出す二匹の蛇が彫られていた。


    ◆


 ここまできたらもう一つ欲を出そう。


 アイルランドのダーナ神族を率いていたヌアダが使っていた光の聖剣にクラウ・ソラスというものがある。これは隠れた敵まで探し出して倒す自動追尾機能を持った優れ物だ。これもなんとか手に入れられないだろうか。


 とりあえず、フリードリヒはアイルランドの神界へと向かって行った。


「何者だ!」


 ダーナ神族らしき者から詰問される。まあ、当然の反応だ。


「私はフリードリヒといいまして、オリュンポスの神の血を引く者です」

「オリュンポスの神だと?それが何の用だ?」


「実はですね…クラウ・ソラスという聖剣があると聞きまして、ぜひともこれをもらい受けたいと…」

「クラウ・ソラスは我が一族の四つの宝の一つだ。渡せるわけがなかろう」


「そうですよね…」


 どう対処するか迷っていた時、背後から威厳のある声がした。


「何をしている?」

「これは族長様。こ奴がクラウ・ソラスをもらい受けたいなどたわけたことを申しておりまして…」


 ──いきなり族長が出てきたか。まずいかな?


「ほう。それは面白い。我は族長のルーだ。我と勝負して勝ったのなら考えんでもない」

「族長様!」と言いながら他の者がなだめている。


「それは本当ですか」

「もちろんだ」


 相手が族長となるとオリュンポスの神であればゼウスを相手にするようなものだ。やるならば必死の覚悟で臨まねばならない。しかし、ここまできて引けるものか。


 戦いの準備をする二人を周りの者たちがハラハラしながら見ている。


 フリードリヒは、得たばかりのエクスカリバーとイージスの盾のフル装備だ。神の族長を相手に手抜きをする余裕はない。


 下位の神と思われる者たちがイージスの盾にレジストできなかったらしく石化していく。これはあとで治してやることにしよう。


 不測の事態に勝負を見学する者たちが混乱している。


 続いてフリードリヒがエクスカリバーを鞘走ると鞘の二匹の蛇から炎が立ち昇った。


 ルーが驚いたように言葉を発した。


「それはエクスカリバーか?」

「そうですが」


「ということは、湖の乙女がお主を王たる器と認めたことになるが」

「そのとおりです」


「それにその盾は話に聞くイージスの盾ではないか」

「そうです。アテナ様から正式に借り受けました」


「そうか。ならば勝負はもう見えたようなものだな。クラウ・ソラスはお主に託そう」


 フリードリヒは覚悟を決めていたのに拍子抜けしてしまった。


「お主。神の力の源泉は何か知っているか?」

「いいえ」


「神の力の源泉は人々が神を信ずる心だ。ここアイルランドでは、ヤハウェの信者が増える一方でな。我らのことは忘れ去られつつある。

 そこでだ。お主がクラウ・ソラスを使って活躍してくれれば、人々の心にダーナ神族のことが少しは想起されるだろう。さすれば少しは我らの力も戻るだろうということだ」

「はあ…」


 ──ちょっと人を頼り過ぎじゃないか。


 しかし、フリードリヒは考え直すことにした。ここで変に責任感を感じてもしょうがない。結果は自ずと後から付いて来るものだ。それでダメならダーナ神族に運がなかったと割り切るしかない。

 ここはクラウ・ソラスを得られたことを素直に喜ぼう。


「ダーナ神族にどの程度力が戻るかわかりませんが、精いっぱい活用させていただきます」

「それでかまわない」


 取りも直さず、これでクラウ・ソラスを手に入れることができた。


 思い描いていた聖剣はすべて得られた。これで心置きなく軍事学校へ通える。

 アダルベルトにはアロンダイトというお土産もあるしね。

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