第25話 バーデン=バーデンの危機(3) ~暗黒竜との対決~

「ふん。雑魚を倒したからと言っていい気になるなよ。この大魔導士プラチドゥス様に勝てるものか!」


 と言うや否や、プラチドゥスはいきなり上位魔法を放ってくる。


「炎よ来たれ。煉獄の業火。ヘルファイア!」


 地獄の業火がフリードリヒに迫ってくる。

 これを時空反転フィールドではね返す。


 プラチドゥスは初めての体験に驚いたようだが、咄嗟とっさに魔法障壁を張り、間一髪で自らの魔法で身を焼かれる事態は回避した。


「な、なんと。魔法をはね返すなど…」

「この程度も知らなくて大魔導士とは聞いてあきれる」


 とフリードリヒは皮肉を返す。


「こうなれば、最後の手段だ」


 プラチドゥスが黒い球を持つ手をひときわ高く掲げると何やら呪文を唱えた。

 すると新たな魔法陣が現れ、黒い霧が立ち込める。


 ──闇の者の召喚か!


 フリードリヒが構えていると、黒い霧の中から漆黒の竜が姿を現した。暗黒竜だ。大きさからしてエルダーくらいだろう。

 暗黒魔法で精神支配されているようだ。


「どうだ。こいつにはかなうまい。」


 プラチドゥスは余裕の笑みを浮かべている。


 フリードリヒは精神支配の解除を試みるがすぐにあきらめた。これは氷竜の時と同じだ、術式が複雑すぎてすぐには解除できない。


 ならば…

 フリードリヒはプラチドゥスの背後に一瞬でテレポートすると、黒い球を持つ右腕を切り飛ばした。黒い球が右腕とともに地面に転がる。


 プラチドゥスは「ううっ」と低く呻き、右腕を押さえながらうずくまった。右腕からは、心臓の鼓動に合わせてどくどくと脈打ちながら血が大量に流れ出ている。


 フリードリヒは黒い球めがけて剣を力いっぱい振り下ろした。

 「ガキン」という鋭い音がしたが、黒い球には傷一つついていない。


 オリハルコンの剣でも破壊できないとは!

 本当は拘束して情報を聞き出したかったのだが仕方がない。それならば術者を殺るまでだ…。


 フリードリヒは剣を一閃させるとプラチドゥスの首をはねた。

 首からもおびただしい鮮血がほとばしり、プラチドゥスは絶命した。


 暗黒竜の方を見ると精神支配は解除されているのだが、怒り狂っている。フリードリヒのことを鋭く睨むと暗黒のブレスを放ってきた。


 フリードリヒはこれを時空反転フィールドではね返す。


「待て。おまえを精神支配していたのは私ではない!」


 エルダーならば人語も解するはずなのだが、相手は怒り心頭でそれどころではないようだ。


「やむを得ない」


 フリードリヒは光の極大魔法ホワイトノヴァを加減ぎみに放った。

 暗黒竜に命中して左前足が消し飛び、暗黒竜はドスンと転倒した。傷跡からは血がどくどくと流れ出ている。


 それでも暗黒竜は立ち上がり戦おうとしている。根性のあるやつだ。


 フリードリヒは光魔法のライトジャベリンを百本まとめて打ち込んだ。「ギャオー」と竜が悲鳴をあげ、体のそこかしこから血が流れ出る。


 それでもまだ起き上がろうとするので、更にライトジャベリンを打ち込み続ける。


 4度目で暗黒竜は気を失った。

 すると竜の体は縮んでいき、14歳くらいの少女の姿になった。


 フリードリヒは、ダークメガヒールの魔法で傷口を治してやると、全裸の体にマントをかけてあげた。


 すると少女は目覚めた。

 フリードリヒに気づくとキッとにらみ立ちあがろうとしたが、すぐによろめいて倒れてしまった。傷を治したとはいえ、あれだけ血を流したのだから無理もない。顔面も蒼白である。


「無理をするな。休んでいろ」

「くっ。おまえはっ」となおもフリードリヒをにらんでいる。


「おまえを精神支配していたのは、そこで死んでいる黒いローブの男だ。あの黒い球でおまえを操っていたのだ」

「確かに、あの玉からは禍々しい気配を感じる。そうかすまなかった。しかし、勝ったからには私を弟子にすべきだ」


 ──はいはい。君も竜族だからね。


「わかった。弟子にしよう。君、名前は?」

「エディタだ」


「とにかく君には休息が必要だ。私はまだ用事があるからここで休んでいてくれ」

「わかった」


 そこでエリーザベトのことを思い出し、確認してみたが姿はなかった。隙を見て逃げたようだ。

 情けをかけたのがあだになったか…。


 かたわらでは私兵団がまだスケルトンと戦っている。

 戦いはほぼ終結に向かっているが、双方入り乱れての乱戦状態になっており、殲滅魔法で一気に片を付けるというのは無理そうだ。


 竜たちもブレスを吐くのをあきらめたらしく、人形態に戻って戦っている。


 フリードリヒもやむなく乱戦の中に身を投じ、2刀流で無双することにした。


 小一時間が経ってスケルトンが全滅すると私兵団と領軍の双方から歓声があがる。

 双方が抱き合って喜んでいる。


 犠牲は、フリードリヒ私兵団は死者・重傷者ゼロで実質的な損害はなかったが、領軍については百人近くの死傷者が出ていた。

 この時代の医療水準から言って重傷者のうちかなりの者が命を落とすだろう。そういう意味では手放しで喜べる状態ではなかった。


 そこに光輝く鳥の羽のようなものが舞い落ちてきた。


 上空に気配がするので見ると、武装した女性の姿があった。ミカエルだ。


「これはミカエル様がなぜここに?」

「神はこの度の働きを喜んでおいでです。あなたの行いをずっと見おられますよ」


「それを言いにここに?」

「そうです。私もあなたのことはずっと見守っていきます。これからも期待していますよ。励みなさい」


 そう言うとミカエルは上空へ去っていた。

 毎度のことながら「強そうなのだから助けてくれてもよさそうなのに」と苦情も言いたい気持ちになるフリードリヒだった。


    ◆


 事態が落ち着いてフリードリヒがアウクスブルクの町へ帰参した数日後の夜。フリードリヒの部屋の窓を叩く者がいる。


 見るとエリーザベトではないか。武装した姿ではなく、セクシーなドレスを着ている。


「おまえがなぜここにいる?」

「つれないねえ。女が好きな男を夜這いに来たっていうのに」


「なにを血迷ったことを。お前には聞きたいことがたくさんある。とにかく入れ」


 エリーザベトは身軽な動作で窓枠を乗り越えると部屋に入ってきた。


「部屋に招き入れたということは、その気があるのね」

「何を言っている」


「男が女を密室に招き入れるのに他にどんな理由があるというの?」

「だから、お前には問い質したいことがあるのだ」


薔薇十字団ローゼンクロイツァーのことなら話せないわよ。私の命がなくなってしまうわ」

「そこは私が保護するということならどうだ?」


「無理よ」

「いや。拷問ごうもんをしてでもしゃべってもらうぞ」


「いやん。エッチな拷問ごうもん?」

「な、何を言っている」

 フリードリヒは思わず良からぬことを想像し、顔が赤くなってしまった。


「まあ。顔を赤くしちゃって。かわいい。お姉さんがやさしくリードしてあ・げ・る」


 そう言うとエリーザベトはフリードリヒに抱きつき、顔を近づけてきた。キスするつもりか…。


 しかし、フリードリヒは見抜いていた、エリーザベトが丸腰のように見えてスカートの下にナイフを隠し持っているのを。

 エリーザベトは密かにナイフを取り出すとフリードリヒの背中に突き立てようとする。おそらく毒でも塗ってあるのだろう。


 フリードリヒはナイフを持つエリーザベトの手をつかむとひねりあげた。エリーザベトは「痛っ」と言うとナイフを取り落とした。ナイフが床に落ちてカランと音を立てる。


「これが好きな男にすることか?」

「いやねえ。これくらい緊張感があった方が男と女は燃えるのよ」


「そんな言い訳があるか」

「でも、これで私は完全な丸腰よ。後はあなたの好きにするといいわ」


 そう言うとエリーザベトは再びフリードリヒに抱きつき、キスしてきた。度重なる誘惑に、フリードリヒも半分本気になっていたので今度は受け入れる。


 濃厚なキスだ。エリーザベトが舌をフリードリヒの唇に入れてきた。

 が、苦い。これは毒ではないか。口の中に毒を仕込んでいたのか。フリードリヒは解毒のためデトックスの魔法を無詠唱で発動する。


 もうここまでされたらとことん信用できない。失礼を承知でフリードリヒはエリーザベトの体を隅々まで透視する。そして、もう一か所毒が仕込まれているのを発見した。


 ──よし。これで全部だな。


 キスが終わり。エリーザベトがフリードリヒの顔を覗き込みながら聞いて来る。


「どう?大人のキスの味は?」

「ああ。まあまあだな」


 平然と答えるフリードリヒ。


「まさか、あなたデトックスの魔法が無詠唱でつかえるの?」

「その程度、当然ではないか」


 途端にエリーザベトが眉間に皺をよせ、不機嫌になる。


「もうつまんない。私、帰る」


 と言うとエリーザベトは窓から出ていこうとする。


 フリードリヒは、エリーザベトの腕をつかむとこれを引き寄せ、それから一気にベッドに押し倒した。フリードリヒの下半身はもう納まりがつかなくなっていたのだ。これもエリーザベトの手練手管なのか?


「いやん」

「この場合の女の『いや』というのは『いい』という意味だと誰かが言っていた」


「誰かって誰よ」

「私だ」

「そんなのあり?」


 フリードリヒはエリーザベトにもう一度キスをすると強引に服を脱がせていく。


 すると、フリードリヒはそのスタイルの良さに目を見張った。胸もそれなりに大きいがウエストの細さが半端ではない。この時代にコルセットはまだないはずだが、どうしたらこんな体型に?


 そういえば、帝国最末期にも異常にスタイルの良い皇后がいたな。あちらはエリザベートという名前だったが…。


 そのまま事は進み、フリードリヒはエリーザベトの秘所をまさぐると、そこから毒針を取りだした。どうやって自分に刺さらないようにしていたかは謎だ。


 毒針をエリーザベトの目の前で見せると、ゴミ箱に投げ捨てる。


「もうっ!」


 エリーザベトはそう言うと激しく抵抗し始めた。

 しかし、ここで止まれるはずもない。


 結局、最後まで関係を持ってしまうのだった。


 翌朝、目覚めるとエリーザベトの姿はもうなかった。

 本当はいたしたあと尋問をするつもりだったのだが…まあいいか。


 しかし、エリーザベトも本当に殺す気なら、寝ている間に首を絞めるとかできただろうに?


 どういうことだ?

 もともと殺す気なんてなかったとか…


 それにしては手が込み過ぎている。

 女心とは本当に理解しがたいものだな。


    ◆


 バーデン=バーデンの騒動から一カ月が経ったころ、皇帝オットーⅣ世からの使者がやってきた。


 バーデン=バーデンの町を救った快挙に対し、フリードリヒを昇爵させるということだった。


 こんなに時間がかかるとは。さてはお祖父様が無理やりにねじ込んだな。


 一週間後。昇爵の日がやってきた。

 準男爵の時と同様に儀式が行われたが、皇帝の顔はやはり若干不機嫌だった。


 結果、フリードリヒを男爵に昇爵させるとともに、領地としてフライブルク・イム・ブライスガウとその周辺の土地を領有させることとなった。


 昇爵はしたが、ツェーリンゲン家全体としてみれば領地の加増はなく、本家の土地をフリードリヒに割譲したことになる。

 要は、両者痛み分けと言った感じだ。


 フライブルグとはつくづく因縁があるが、お祖父様が気を使ってくれたのかもしれない。

 それにアウクスブルクからも近いので、フリードリヒとしてはありがたかった。


 フライブルグは銀山が有名な町でもある。ついては、フライブルグにも鉄工所を作ってミスリル製品を作るのもいい。


 それから、せっかく領地も持てたことだし、懸案となっている魔術師学校もフライブルグに立ててしまおうか。


 領地が持てるといろいろ夢が膨らむものだな。


    ◆


 昇爵して以降。女子連中のフリードリヒを見つめる目がなぜかギラギラしている。なぜだ?


 そこでフリードリヒは重要なことを見逃していたことに気づいた。


 フリードリヒはもうすぐ14歳で成人を迎える。それにこの度は小さいながらも一城の主となった訳で、当然に嫁取りの話があってもおかしくはない。

 そういうことか。


 しかし、結婚となると、前世との因縁もあって、ヴィオランテを正妻にすることを捨て切れていない。


 それに誰かを正妻にしてしまったらそれで終わるはずがない。側室にしろとか、正式に?愛妾にしろとかあるはずだ。


 仮に正妻にするとするならば、貴族籍を持っていないものは難しい。

 そうすると第1候補はベアトリスだろうか。家格的には彼女の方が上だが、5女だから実家が許してくれる可能性はある。


 グレーテルは騎士爵ではあるが、いちおう貴族出身だから可能性はある。しかし、8歳も年上であてがい女出身というのは正妻には難しいだろう。


 ヘルミーネは貴族籍の可能性があるが、本人が出自を明かしてくれないとどうしようもない。


 他の連中は側室にし始めたらきりがないし、そもそも人外はフリードリヒ自身にこだわりはないが世間的にあり得ない。

 結局、愛妾止まりということにせざるを得ないが、いったい何人を相手にすればいいんだ?


 それらを考え始めるとフリードリヒは気が遠くなった。


 どうやら知らないふりをして、現状維持に努めるしかなさそうだ。


    ◆


 そんなある日。就寝しようとしていたところ、アフロディーテの声が聞こえた。


『フリードリヒ。ちょっと神界まで来てくれるかしら』


 これはテレパシー?神託?まあいいや。


『すぐに伺います』


 そういえば、アフロディーテとはしばらくご無沙汰だった。それで怒っているのか?

 しかし、怒っている感じの声ではなかったが…。


 急いで神界へ行き、アフロディーテの邸宅を訪ねる。


「アフロディーテ様。フリードリヒです。」

「よく来たわね。実はこの子に会わせたくて呼んだのよ」


 アフロディーテは女の赤子を手に抱いている。


「あなたの子よ。可愛いでしょ」

「は、はい」


 ──まさか…。神様の懐妊期間って短か過ぎない?


 実は闇魔法の一種に避妊魔法があり、グレーテルと本番行為を行うときはこれを使っていた。しかし、神の前で闇魔法を使うのは気が引けたので、確かにアフロディーテとの時は使っていなかったのだが…。


 アフロディーテの子ということもあって滅茶苦茶可愛いし、自分の子ともなれば愛情も湧いてくる。

 しかし、この子の扱いをどうする。アフロディーテが育ててくれるのか?


「それでね。この子も4分の1とはいえ人族の血が入っているから最初は地上で暮らした方がいいと思って…。だからあなたが育ててね」

「はい」


 ここは怒らせたら飢饉ききん問題が発生しかねないし、父親としての責任もある。引き受けるしかないだろう。


 地上に帰ったフリードリヒは悩んだ。


 こんな子を館の女子連中に見せたら何を言われるかわからないし、そもそも子育て経験のある者もいない。

 ここはグレーテルに頼むしかないか。


 グレーテルの家へ行き頼み込む。


「グレーテル。この子を君の子として育ててくれないか。他に頼る者がいないんだ」


 グレーテルはちょっと困った顔をしていたが、微笑んで言った。


「この子はフリードリヒ様の子なのですか?」

「ああそうだ」


「母親はどうされたのです?」

「事情があって遠くに行ってしまった」


「それはまあ大変ですね。フリードリヒ様と私の間にできた子として育てればいいのですか?」

「まあ、それしかないだろう」


「名前は何ていうんですの」

「ブリュンヒルデだ」

 これは北欧神話のワルキューレ(戦乙女)の一人からとった。


「わかりました。私が育てます。ヤーコブも妹ができて喜ぶと思いますわ」

「ありがとう。恩に着る」


 グレーテルは乳が出ないし、この時代には人工ミルクはないから乳母探しが大変だった。結局、グレーテルの遠い親戚に最近子供を産んだ者がいたのでその者に頼むことにした。


 このことによって、グレーテルは最低でも側室にすることがほぼ確定した。愛妾でも不可能ではないが、ブリュンヒルデを嫡子にするには、側室の子とした方がベターだからだ。


 それからフリードリヒは、時間があればブリュンヒルデのもとに通った。とにかく我が子は可愛いのだ。目に入れても痛くないとはこのことだ。


 会える機会が減って館の女子連中はお冠だし、あの温厚なヴィオラも若干不機嫌だが、気にならない。


 とにかくブリュンヒルデは美人に育つことは疑いの余地はないが、性格はアフロディーテに似ないで欲しいと切に願う。

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