第1節 冒険者デビュー、そして増える仲間たち

第1話 冒険者デビュー ~仮面の冒険者と黒い従魔~

 フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンは、神聖帝国のバーデン辺境伯であるヘルマンⅢ世の孫であり、その長子であるヘルマンⅣ世の次男である。


 ツェーリンゲン家ではここ数代、家督を継ぐ者は「ヘルマン」の名を名乗っていた。


 兄弟は男3人女4人であるが、貴族が側室や愛妾を持つことは当たり前に行われており、この程度の人数は珍しくなかった。


 男3人のうち兄のヘルマンⅤ世と弟のハインリヒは正妻アンナの子であるが、フリードリヒの母エルデは愛妾で彼はいわゆる庶子であった。その母も、フリードリヒが幼い頃に失踪しっそうしてしまっていた。


 このため、兄ヘルマンⅤ世に万が一のことがあったとしても、ハインリヒが家督を相続することとなり、フリードリヒが家督を継ぐことはまずあり得ない。


 騎士として兄に仕え、わずかばかりの領地でも与えられれば、穏便な人生を送れるのであろうが、フリードリヒは自分の人生を自力で切り開きたいと思っていた。


 このため、前世の人格に目覚めた3歳のころから領軍の騎士団で剣術等の武術修行の修行に励み、師匠たちからはもう教えることはないと言われるほどに上達した。


 前世では、父の系列会社に警備会社があり、その伝手で格闘術を学ぶことができた。

 早乙女流無差別格闘術という流派で、空手・柔道・合気道を基本としつつ、世界のあらゆる格闘術の技をいいとこ取りした何でもありの流派だった。


 実力は世界大会でもあれば入賞できるだろうくらいの域に達していた。

 このことが現世の武術修行でもおおいに役立った。


 この世界には魔法が存在するファンタジーな世界だった。

 こちらについても領軍の魔導士から魔法を学んだ。


 それでも飽き足らなかったフリードリヒは、大学の図書館でも自学自習していたが、この姿を闇精霊のオプスクーリタスに気に入られ、彼女を眷属にすると、芋づる式に魔法をつかさどる他の精霊たちにも気に入られることとなってしまう。


 彼女らは人族に変化へんげしてフリードリヒとともに住むことを望んだので、義母を説得するのにひと悶着あった。


 形式上、彼女らは侍女なのだが、城の中では事実上の愛妾と思われているようだ。


 さらに驚いたことに、この世界では前世で超能力といわれるものが容易に使えることに気づいたので、そのトレーニングにも励んだ。


 この世界では、貴族の子弟に教育を始めるのは早くて5歳ごろからであるが、3歳のフリードリヒは一刻も早くこの世界のことが知りたかったので、父に教育を受けられないか相談したところ、「ちょうどお前の兄に家庭教師を付けたところだから一緒に勉強するといい」ということになった。


 結果、フリードリヒは前世の知能を継承していたので、2年もすると家庭教師から学ぶことは何もなくなり、父に紹介状を書いてもらって、大学アカデミーの図書館に入り浸った。


 バーデン=バーデンの町には小さいながらもアカデミーがあったのである。それも2年もすると全て読みつくしてしまった。


 この世界では男は14歳ごろ、女は12歳ごろに成人とされたが、7歳ころから見習いを始めるのが習慣となっていた。


 フリードリヒは、当面、自分の強さを磨くために冒険者を目指すことを考えていたが、貴族という立場もあり、平民の冒険者パーティーの見習いになるのも難しかった。


 結果、なんとかソロで活動ができるであろう10歳になったらまずは冒険者としての人生をスタートすることに決めたのだ。


 辺境伯家は、それなりの家柄ではあるが、貧乏貴族などの次男以降が冒険者となることも珍しくはなく、世間的には、あながち突飛な選択ではない。


 両親には、あらかじめ相談したが、全く反対されることはなかった。フリードリヒが庶子であることに対し、負い目や哀れみがあるのかもしれない。


    ◆


 今日はフリードリヒが冒険者としての第1歩を踏み出す日である。


「では父上、義母上。行ってまいります」

「うむ」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


「そうでした。悪目立ちはしたくないので、本名ではなく、『アレックス』という名で活動しようと思います」


「アレクサンダー大王から名を借りるか。勇ましくて頼もしいな。しかし、世間に名が売れるほど活躍できると思っているのかな?」

 と父に皮肉めいた言葉を返される。


「遠い将来の話ですよ」

 本当はそれなりの自信があるが、いちおう謙遜して答えておく。


    ◆


 お供には、黒豹のニグルパール、愛称パールを連れていく。


 世の中には、数は少ないが従魔士のスキルを持つ者もいるので、従魔のていをとっているが、本当は中級レベルの闇精霊であり、並みの魔獣よりはずっと戦闘力が上である。


 フリードリヒには、彼付きの侍女オスクリタがいて、妙になつかれている。

 普段は人間のふりをしているが、彼女の正体は闇の上位精霊オプスクーリタスだ。


 当然、戦闘力は高いので、当初は一緒に付いていきたいと懇願されたのだが、周りからは彼女は事実上の愛妾と理解されている。

 流石に愛妾を冒険に連れていくのは世間体が悪いということでなんとか説得したが、ではせめて信頼のできる配下を連れていけというになったのだ。


 フリードリヒの部屋でオスクリタが手をかざすと、床で魔法陣が光りだし、黒い霧の中からゆったりと獣が姿を現す。大型の黒豹だ。黒豹は、ひと声大きく咆哮するとフリードリヒに向けて「グルルルル…」と威嚇音を発している。


 フリードリヒは一瞬驚いたが、これに怖気づいてしまったら対面が保てないので、頑張ってポーカーフェイスをキープする。


「やめなさい! あなたはこれからフリードリヒ様の眷属となるのよ。これからは命をかけてでも、この方を守りなさい」


 一瞬の沈黙の後、『偉大なる上位精霊、オプスクーリタス様。お言葉に従います』と黒豹の声がフリードリヒの頭の中に響いてくる。

 テレパシーの一種だ。言葉では無理だが、テレパシーならコミュニケーションが取れるということだとフリードリヒは理解した。


「今の私の名はオスクリタよ。これからは、オスクリタとお呼びなさい」

『承知しました。オスクリタ様』

「では主様。この者を眷属とするために、名前をお与えください」


 フリードリヒは一瞬考え込み、とりあえずラテン語の黒豹をもじった名前にすることにする。


「では、ニグルパールと名付ける」

『主殿。偉大な名前を感謝する』


 こうしてニグルパールはフリードリヒの眷属となった。


    ◆


 フリードリヒは、用意していた白銀の仮面を付け、早速、バーデンの町の冒険者ギルドに向かう。


 彼は幸い発育が良く、身長は150センチを少し超えていたものの、10歳という年齢と金髪碧眼の美形キャラが相まって冒険者になめられるであろうことは火を見るよりも明らかだった。


 このため、中国の蘭陵王らんりょうおうの故事にならって、美しい容姿を隠すことにしたのだ。


 他の装備は、腰の左右にオリハルコン製の片手剣ブロードソードが2本の二刀流と背中には弓矢。魔法耐性を付与したジュラルミン製の胸当てと同じく魔法耐性を付与した白いマント。すべて自作である。


 冒険者ギルドの建物に入ると、仮面を付けた知らないやつが来たということで注目を浴びた。ギルド内に一瞬緊張が走る。

 パールは、連れて入ると騒ぎになりそうだったので、外に控えさせている。


 カウンターに向かうとチンピラっぽい人相の悪い男がわざとらしくぶつかってきた。


「痛ってー! 腕の骨が折れちまったよ。治療費として、有り金置いていけ。こらっ!」


 ──う~ん。これが噂に聞く冒険者のマウンティングってやつか。仮面の対策では無理があったか。


 150センチという小柄な体格なこともあって、いいカモと思われたようだ。


 男は「折れてるっちゃー折れてんだよ。文句あんのか。おらぁ!」と喚いているが、この程度で腕が折れるはずもない


 周りの冒険者たちはニヤニヤして眺めているだけだ。ここは自力でなんとかせねばなるまい。


 ──まずは実力を示しておくべきか。


 男の二の腕にすばやく手刀をかます。


「ギャヒー! 痛てえよ。痛てえよ。こんちくしょう」


 男は二の腕を抑えながら、涙目でうずくまってしまった。二の腕がくの字に折れ曲がっている。複雑骨折ってやつだ。


「折れているとは、こういう状態のことを言うのだよ」フリードリヒは、皮肉を込めて言い返す。


「何しやがんでぇ。この野郎」3人の男の仲間と思われる者がフリードリヒに向けて戦闘態勢をとった。


 ──3人なら問題ないか。


 フリードリヒも戦闘態勢をとったところで、ギルドの職員が割り込んできた。


「お客様。ギルド内でのトラブルは困ります」

 これで一息つけた。


 フリードリヒは「治せば問題ないのだろう?」と3人の男を眺め回すが、できる訳がないとばかりに睨み返された。


 フリードリヒは、は無視してかがみ込むと、折れた男の腕を引っ張り真っ直ぐな位置に戻そうとする。そのまま治癒させると曲がってくっついてしまうからだ。


「痛ってえ。痛てえよ。助けてくれぇ~!」

 男はあまりの痛みに喚きだした。


「何しやがる」と仲間の男たちが今にもフリードリヒに殴りかからんとする。


「光よ来たれ。恵みの癒し。ヒール!」


 実は無詠唱でもできるのだが、目立ちたくなかったので、適当に詠唱して光の回復魔法を施すと、ほどなく男の患部が柔らかな光を発し、みるみるうちに治っていく。


 複雑骨折は、本当は中級魔法のハイヒールでないと治せないのだが、これまた目立ちたくなかったので、あえて初級魔法の「ヒール」と唱えてみた。


「治った。治った。痛くねぇ」フリードリヒに因縁をつけてきた男は素直に感動している様子。

 3人の仲間たちは口を開けたままポカンとしている。


 フリードリヒは「何か問題でも?」とあえて素っ気なく問う。


 3人の仲間たちは何か言いたげな表情をしていたが、周りの冒険者たちは皆、フリードリヒに尊敬の目を向けていた。もはや喧嘩を続行するような雰囲気ではない。


「けっ!覚えてやがれ」


 いかにも雑魚キャラなセリフを残し、因縁をつけた男たちはギルドの外に去っていった。


 ギルド職員が声をかけてくる。

「お客様は光魔法が使えるのですね。すばらしい!」仲裁に入ってくれたギルド職員はしきりに感動している。


 それもそのはずで、この世界においては魔法の才能を持つ者は人数が限られているうえ、貴族、教会、大商人などの資産家でないと教育を施すことができないため、魔法使いはレアな存在である。

 そのうえ、光の回復魔法の使い手は教会が囲い込んでしまうため、光魔法が使える冒険者は極めてレアな存在となっている。


「ああ。ところで、冒険者の新規登録をしたいのだが…」

「お客様の実力であれば大歓迎でございます。さあ。まずは登録カウンターへどうぞ」


「そういえば、外に従魔を控えさせているのだが中に入れてもよいか?」

「なんと!お客様は従魔もお使いになられるのですね。きちんとしつけられた従魔であれば大丈夫でございます」


『許しがあった。中に入っていいぞ』とパールにテレパシーを送る。


 パールが優々とギルド内に入ってくると冒険者たちがざわついた。中には「ひっ!」と悲鳴を上げそうになっているものもいる。

 無理もないが、豹そのものが珍しいうえ、パールは通常の豹よりも一回り体格が大きく、威圧感が相当である。

 ちょっと目立ってしまったか。こればかりはしょうがない。


「おお!声をかけずとも主人の意図を察して入ってくるとは、なんと優秀な」


 ──ううっ。ちょっとチートだったか。


 パールは優々とフリードリヒの横で座ると静かに喉を鳴らしている。


「それにしても、ご立派な従魔でございますね」

「ああ。褒めてもらって、こいつも喜んでいるようだ」


「それはようございました。では、この登録用紙にご記入ください」


 名前は本名でなくともよいという情報はすでに得ていたので、予定どおり「アレックス」と記入し、他も記入していく。


 性別欄でふと迷った。フリードリヒは、個人のスペックは可能な限り秘匿するか、開示するときもフェイクにすることにしている。正直に開示してしまうと潜在敵に対して対策を講じられるおそれがあるからだ。

 声変わりもまだだし、勝手に女だと誤解させて油断を誘うのも一興かもかもしれない。

 年齢欄については、いうまでもない。


「年齢と性別欄は無記入でもかまわないか?」

「そこは必須ではないので、大丈夫です」

 それは良かった。


 ギルト職員がギルドのシステムについて簡単に説明する。


 それによると…

 冒険者はランクに格付けられ、ランクに応じたクエストを請け負うことができる。

 ランクは、上からSSS、SS、S、A、B、C、D、Eに分けられ、目印として、それぞれオリハルコン、アダマンタイト、ミスリル、ゴールド、シルバー、カッパー、アイアン、ウッドのプレートが支給される。


 フリードリヒは新規登録なので、Eランク・ウッドプレートからのスタートになる。

 Eランクは見習いの扱いで薬草などの採取やごく弱い魔獣の狩猟がクエストのメインになり、Dランクからが一人前の冒険者の扱いになる。


 ランク昇格の具体的な基準は非公開であるが、基本的に達成したクエストの量と質をギルドが査定して決めることになる。AとSランクについては、加えて実技試験に合格することが必要だ。

 それから、クエストの失敗はマイナス評価につながるので、無理なクエストは避ける方が無難だということだ。


「SS以上は実技試験がないのか?」

「そのランクになりますと、試験のできる職員がおりませんし、SSランクの魔獣の討伐ですと数年に1回、SSSに至っては数十年に1回あるかという頻度ですから、ほぼクエストの成否によってランクが決まります」


「狩猟・採取を先に行って後からクエストを請けることは可能か?」

「そういうことも可能でございます」


「それならば、最初はクエストを絞りこまず幅広くやっていくことにしよう。結果として上のランクの魔獣を討伐しても達成扱いにはしてくれるのだろうな?」

「そこは心配ございません」


「クエストはそちらの掲示板に貼ってありますので、ご自由に見ていってください」

「わかった。丁寧な説明をありがとう」


 掲示板に目を通すとメインの狩猟・採取以外にも、お困りごと相談的なクエストも結構数がある。

 ここまでくると何でも屋だ。


 ギルド外に出ようとすると、ギルド職員に「もうご覧になったのですか!」と声をかけられた。

 確かにフリードリヒは速読能力も半端ないのであった。


    ◆


 ギルドを出ると、早速、町の南にある黒の森シュバルツバルトへ向かう。パールはおとなしくフリードリヒの横を付かず離れずついて来る。


 町の人々はパールを見ると、皆ぎょっとして後ずさっていた。

 これから頻繁ひんぱんに通うことになるから、そのうち慣れるだろう。


 黒の森シュバルツバルトは神聖帝国南西部に位置する森・山地であるが、山はそれほど高くなく、フェルトベルク山の1,493 mが最高峰である。


 魔獣の宝庫となっており、冒険者にとっては絶好の狩場であるが、深いところには高ランクの魔獣も出没し、危険度も高い。


 冒険者として訪れるのは今日が初となるが、1人で修行していた時は密かに度々訪れており、バーデン=バーデンの町近くの森の地理はほぼ把握済みだ。

 ということで、冒険者になったからといって、変な気負いは全くない。


 まずは、Eランクの駆け出しらしく採取をメインにして、あとはエンカウントした獣や魔獣を適宜狩っていけばいいだろう。


 薬効のある薬草や食べられる山菜の種類や植生は修業時代に既に学習済みで、それなりに実践も積んでいるので、お手の物だ。


 パールに周辺を警戒させ、フリードリヒは採取に集中することにする。

 獣や魔獣にエンカウントしたときは、パールが教えてくれる。


 まだ、森の浅い場所なので、一角ラビットや土の轢弾を飛ばしてくるソイル・モールぐらいしか出没しない。これらは体も小さいので、よほど追い詰めたりしない限り、人間に向かってきたりはしない。発見したら弓で仕留め、パールがダッシュで取り押さえるという単純作業を繰り返している。


 採取に夢中になっていたら次第に森の奥へ侵入していた。魔獣もファイアボア―などの中型が増え、パールに牽制させた隙にフリードリヒが急所を一撃する戦法に替わっていた。そのうちアイスグリズリーなどの大型の魔獣も混じっていたが、気にせず機械的にほふっていった。


 採取した大量の植物や野草はストレージの魔法でも収納出るが、収納中は常時魔法を発動している必要があるため、できれば避けたい。フリードリヒはストレージの魔法をエンチャントしたポーチを自作しており、それにどんどん収納していった。


 気がつけば太陽がずいぶんと西に傾いている。今から徒歩で帰っていては日が暮れてしまう。

 面倒なので、テレポートで森の入り口付近にもどり、今戻ったという感じで街に入りギルドへ向かう。


 ギルドに到着すると、早速買取カウンターで買取を依頼した。


 ──待てよ、何気にどんどんストレージにぶち込んでいったが、大量の植物のほか、大小の魔獣が100匹近く入っていたような…。


「量が多くてカウンターに乗り切れないのだが、どうしたらいいかな?」

「しかし、そんなに荷物が多いように見えませんが…」


「それは、このポーチがストレージをエンチャントしたマジックバッグでな」

「それはまた、高価なものをお持ちで…」

「実家の家宝として代々引き継いでいるものだ」ととっさに言い訳する。


 そういえば、この時代マジックバッグの作成技術は失伝していて古代遺跡やダンジョンで発見されたものが少数しか流通していないのだった。


 このため、非常に高価で貴族や大商人しか保有できない。しかも、ほとんどが小さな倉庫くらいの容量で、フリードリヒのもののように大倉庫数十個分もの容量があるものはほとんど現存していなかった。


 ──これはバレないようにしなくては。


「それでは倉庫のほうに案内しますので、おいでください」

 ギルドの倉庫にどんどん放出していくと、ギルド職員の顔がみるみる青ざめていった。


「あなたは今日新規登録された冒険者さんですよね。ちょっと目立っていたので覚えてますが…。今日1日でこの量を?」

「もちろん、そうだが…何か問題でも?」


「この量ですと買い取り額の査定には2・3日かかります。査定が終わりましたら、ギルドの口座に入金しておきますので…。

 それから通常の山菜や獣も混じっていますね。これらは八百屋や肉屋で売ってください」

「それもそうだな。失念していた。そうさせてもらう」


 山菜・獣肉を再度収納したが、それほど量はなく、結果、倉庫の8割がたを私の獲物で占拠してしまった。

 これでは明日も同じ量を売却するわけにはいかないな。さて、どうするか…。


 帰りに八百屋と肉屋に立ち寄り、山菜と獣肉を打ったが、新鮮で質が良く採り方も丁寧だということで結構な高額で売れ、銀貨10枚とちょっとになった。


 これも修行の成果だな。


    ◆


 翌日の朝、ギルドに顔を出すと昨日登録を担当してくれた職員に声をかけられた。

 20代前半くらいの歳に見える女性で、名前をモダレーナという。ギルドの受付職員のなかではベテランの部類に入るらしい。この歳でということは優秀な方なのだろう。


「私がアレックス様の担当ということになりました。今後は何か相談ごとなどがありましたら私にお声がけください」なぜか顔が引きつり気味である。


「それから狩猟・採取の件ですが、ほどほどにしていただけないかと…。

 もともとギルドの倉庫は手狭だということで倉庫の増設の計画はあったのですが、昨日の件もあって前倒しになりました。

 新しい倉庫ができるまでの間で結構ですので、なんとかお願いできないでしょうか?」


「そのことなのだが、今日は、質を絞って高ランクのものをピンポイントで狩っていこうと思う。昨日も聞いたが、ランクが上の魔獣を狩るのは問題がないのだろう」


「それはありがたいご配慮なのですが、だからといって無理はしないでくださいね」

「もちろんわかっている。自分の実力はわきまえているつもりだ。それにパールという頼もしい味方もいる」

「そうですね。では、今日もがんばってくださいね」


 ──う~ん。モダレーナさんって清潔感があって、飾らない感じがいいね。対応も丁寧だし。割と好みだな。そんな女性に励まされると悪い気はしない。今日も1日がんばろう。


 黒い森に着くと、ショートカットするために森の中ほどまでテレポートした。


 千里眼クレヤボヤンスで周辺を探索していく。予定どおり今日は大型・中型の魔獣をピックアップして狩ることにする。


 昨日狩ったファイアボアーやアイスグリズリーのほか、サンダーディア―なども狩っていく。


 サーベルタイガーも数頭混じっていた。こいつは若干手ごわく、一刀で仕留めるという訳にはいかなかった。


 実は、魔法を使えば瞬殺できると思うが、今は成長期なので、魔法はできるだけ使わずに肉体を強化することにする。


 なんだかんだ結構な頭数狩ってしまったので、今日は早めに切り上げてギルドへ向かう。


 買取カウンターで声をかける。

「すまない。結局、今日も少し多めになってしまった。倉庫にはまだ入るかな」


 職員は渋い顔をしつつも倉庫に案内してくれた。マジックバッグから取り出すと、なんとかぎりぎり倉庫には入った。が、ほぼ満杯という感じで、これ以上は入りそうもない。


「申し訳ございません。本日も査定結果はすぐには出ませんので、明日以降ということでお願いします」

「了解した」


    ◆


 更に翌日。フリードリヒがギルドへ顔を出すと、モダレーナに呼ばれた。

「昨日と一昨日の査定結果が出ました。金貨が30枚と銀貨が5枚になります。今お受け取りになりますか?」

「いや。ギルドの口座に入れておいてくれ」


 ──冒険者って結構儲かる職業だな。今までの修行の成果ともいえるが、俺って魔法なしでも結構強い?


「それから、アレックス様のDランクへの昇格が決まりました。今日からはアイアンのプレートになります。たった2日でDランクなんてすごいですね。新記録です。

 魔獣にはB・Cランクも結構混じっていましたし、何頭かあったサーベルタイガーなんかAランクなんですよ。本当は、いきなりCランクという話もあったのですが、2階級昇格に難を示す幹部もいて結局Dになっちゃいました。私の力が及ばす申し訳ございません」


「いや。あまり生き急いだところで良いことはない。ぼちぼち楽しみながらやっていくさ」


    ◆


 そんな感じで3か月が過ぎたころ。いよいよAランク昇格の話がモダレーナからあった。


「実技試験はお受けになりますよね」

「そうだな。せっかくのチャンスだから受けておこう」


「試験は剣術部門ということでよろしいですね」

「ああ」


 翌日、ギルド裏にある試験会場に指定時間に行くと既に試験官が待っていた。

 試験官は180センチを超える長身で約30センチの身長差は大きなハンデだ。体も良く鍛えられている感じだ。


 今日は放出魔法もプラーナによる身体強化もなしの肉弾戦で挑む。


 力勝負になったら確実に負けるな。フリードリヒは2刀流で手数と技術で勝負するタイプだから自分のペースで勝負するまでだ。


「お待たせしてしまいましたか?」

「いや。期待の新人と勝負ができるってことで興奮しちまってな。ついつい早く来てしまった。

 試験は安全のため木刀で行う。ただ、まともに当たっちまったら骨くらい折れるから注意しな」


 フリードリヒは木刀を受け取り、軽く素振りをしてみる。最近はずっと真剣だっただけに少し頼りない感じだ。


 ──だが、その分速さはかせげるか。そういう意味では、こっちに有利だな。


「用意はいいか」

「はい。いつでも」

「では、いくぞ!」


 試験官の方からいきなり攻撃してきた。

 ずいぶんと気合が入っている感じだが、これを片手で受けて軽く横に流す。真正面から受けるのは力勝負になるのでなしだ。


 数号打ち合って、すぐにがっかりした。


 2刀流の使い手は確かに少ないが、試験官は2刀流とやりあった経験がほとんどない様子で、あちこち隙だらけだ。


 そのまま一気に勝負を決めることもできたが、試験官の面子もあるだろうし、それか10号ほど打ち合ってから試験官の首に木剣を突き付けた。


「いやー負けだ負けだ。おめえ強よいな。いい腕してるぜ。まだ若いんだろ。これで年を経て体ができてきたら言うことないな。頑張んなよ。『白銀のアレク』」

「ありがとうございました」


 このころフリードリヒはバーデンの冒険者の間ですごい新人がいるということで話題になっており、いつしか「白銀のアレク」の二つ名で呼ばれるようになっていた。


 それと同時に、フリードリヒが男か女かが賭けの対象になっていた。性別を明かしていないとはいえ、名前や体格でわかりそうなものだが、体格のいい女が強がって男の名を名乗っているという裏読みをする者も結構いて、いい勝負になっているらしい。


 性別を明かさなかった作戦が功を奏している形だが、一方で、女だと思われていると考えると気持ちは複雑だ。


 ──まさか、エロい目で見ている奴とかいないよな。まあ、仮に襲ってくるやつがいたとしても、返り討ちにして再起不能にしてやるだけだけどな。


    ◆


 我の名はニグルパール。我は偉大なる闇の上位精霊オプスクーリタス様に仕える闇の中級精霊だが、命により今の主殿の眷属となった。


 今の主殿の名はフリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲン。人族である。


 当初は弱き人族を眷属として命を賭して守れなどという命に当惑したものだが、今となっては自らの不明を恥じるばかりである。


 召喚されて初めて目にした主殿にはエルフを思わせるような美しい容姿にまず目を引かれたが、体格も大きくなく、弱々しく見えた。

 とりあえず、威嚇してみたが、全く動じる様子がない。肝が据わっているのか、それとも単に鈍いだけなのか…。


 しかし、冒険者アレクとして活動する主殿に付き従うにつれ、疑念は氷解していった。


 主殿は、まず人族としての身体能力が半端なく優れている。

 敏捷性や反射神経は他のものに比べ数段勝っているうえ、剣術や格闘術のスキルも他者の追随を許さない。


 惜しむらくは、まだ10歳という年齢故に、体格が小柄でパワーが今一つということだが、これも年を経て成長すればいずれは解消されることはわかりきっている。


 魔法については、我の前ではまだ少ししか披露してもらっていないが、上位精霊様たちの話によると、全属性に適性があり、実力も相当なものらしい。全属性持ちの人族というのは、少なくともここ数千年は例がないという。


 魔力量も人族としては規格外に多く、その質も透き通っていて心地よい。


 全属性の下級精霊たちに好かれており、主殿の周辺には夜の灯りに群がる虫のように集まってくるので、極彩色の光につつまれているように見える。

 ただ、人前に出るときは用心のため精霊たちの光を遮断するスキルを使用しているようではあるが…。


 夜間は、肉体からスピリチュアル・ボディを離脱させ、精霊界から果ては冥界まで訪れて修行を積んでいるらしく、主殿の勤勉さには呆れるばかりである。

 離脱している間、主殿の肉体をお守りするのが我の最も重大な任務なので、ご一緒できないのは少しばかり口惜しい。


 これはひいき目かもしれないが、主殿の魂には精霊や妖精のような崇高な気配を感じる。


 万能な能力といい、主殿は本当に人族なのか。我は精霊族か、もしかしたら神の血が混じっているのではと考えてしまうのだ。


 いずれにしても、主殿に従っている限り、退屈することはないだろう。主殿には感謝するばかりである。

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