第52話 森林
国境の街テルミヌスに辿り着き、街に入る検問では探索者であるということを証明するだけで簡単に中に入ることができた。
この街は東西を岩山に囲まれ、南北は巨大な壁に挟まれていた。
地理的にも天然の要塞とも言える、軍事的な拠点なのかと思ったが、国の騎士団らしき滞在者はおらず、どちらかというと商人や探索者が多いように見受けられた。
今までの街では多様な人種がいると言ってもエルフは非常に少なかったが、すぐ隣というだけあって今までで一番エルフを見かける気がする。
「ねぇ、アルクス。エルフってどんな特徴があるの?
ドワーフのことならカリブル親方から教えてもらったよ。
ドワーフは背が小さくて、力が強くて頑丈で、寿命は100年以上は余裕で生きるっていうから長生きだよね。
大体が鉱山に住むか金属に関わる仕事をしてて、あとみんなお酒が大好きだって言ってたかな。」
「えーと、エルフは全体的に背が高くて、寿命が長くて、体力や力は少ない。
寿命は数百年以上らしいから、僕達人間とは時間の考え方が全然違うかもね。
あとは魔力が多くて、精霊と仲が良いのが特徴といえるかな。」
「文化どころか、全然別の生き物と考えた方が良さそうだな。」
「そうだね、できるだけ礼を失することがないようにしたいけど、わからないことの方が多いからちゃんと都度確認した方が良さそうだね。」
エルフに関しては色んな書物に書いてあったが、おそらく実際に話してみると全然わからないことだらけだろうと思う。
相手のことを知ることを怠らないようにしないとな。
宿をとりつつ、探索者協会でエルフの国アルフグラーティの情報を集めることにした。
この街の北門を出るとすぐに迷いの森と呼ばれるアルフグラーティの入り口である、大森林があるらしい。
国土のほとんどが森に覆われているが、エルフに認められない限りは奥へ入ることは難しいらしい。
然し乍ら、迷いの森ではこの国にはない良質の素材が取れるため、皆迷いの森で採取を行ったり、魔獣を狩ることに勤しんでいるらしい。
「一箇所でただひたすら稼ぎ続けているだけなのは探索者って言えるのかな?」
「まぁ、人それぞれだからいいんじゃないかな。本当の意味での探索者とは言えないだろうけど。」
「言葉が通じないからって、好き放題言ってるな。」
僕達2人の言いようにバルトロ兄さんが苦笑していた。
「まずはちゃんと生活を安定させることが生きていく上では大事だ。
俺達みたいな旅の途中の場合は別だが、その土地に根を張って生きていくのであれば、安定した生活の糧は大事だぞ?それは不授だろうがラピス持ちだろうが変わらないことだ。
メルドゥースにやってきた人達の中でちゃんと生き抜いていたのはそういう堅実な人だった。」
珍しくバルトロ兄さんが年長者らしいことを言っている。
堅実かぁ。今の状況だとあまり考えにくいけれど、いつか不授の楽園を作るならその時は堅実にやれるようになっていないと行けないんだろうな。
「そうそう、話は変わるけど迷いの森からたまにエルフが出てくるみたいだけど、エルフは迷わないらしいよ。
森の外で生まれたハーフエルフは大体迷うけど、エルフと一緒なら中に入ることはできるんだって。
でも普通の人間は基本的に入れないみたい。エルフが許可を出せば入れるみたいなんだけどね。」
「ということは僕達も中に入れなさそうだね。
僕達が目指している【深い森の奥の渓谷】がどこにあるかさえわかれば、わざわざ森の中に入る必要はないんだけど。」
「あれこれ気にせずとりあえず行ってみればいいんじゃないか?
そろそろ食料確保のために路銀も増やしておきたいし、お前達が嫌う迷いの森の採取でもしに行こうじゃないか。」
「嫌いなわけじゃないけど…まぁ、とりあえず僕達は僕達でやるべきことを一つずつやるしかないね。」
「へぇ、迷いの森のものなら何でも買い取ってくれるみたいだね。商人の人達がここで仕入れて国中で売っているのかもね。ここに商会の支店置いたら結構儲かりそうな気がするけど…」
アリシアが商売のことを考え始めた。
確かに依頼を出さずに自分達で採取に行けば仕入れ値をかなり抑えることができるし…
「いやいや、それは今は考えなくていいから。とりあえず行ってみよう!」
北門は門番はいるものの検問がなかった。
確かに出入りする人は狩りや採取に出かける探索者などしかいないから納得の理由である。
その分、南側と比較して非常時に備えてなのか壁は厚く、高かった。
「これは、森から何か出てくることがあるってことなのかな。」
「とりあえず注意しながら進もうか。3人揃っていれば大丈夫だけど、迷って3人バラバラになったら危ないしね。」
北門を通り抜けると眼前にはとても深い森林が広がっていた。
奥の方へ進むと徐々に差し込む光の量が減り、薄暗くなっていった。
進むごとに徐々に肌にまとわりつくような違和感、何となく不自然な雰囲気を感じる。
少し進んだあたりにちらほらと他の探索者がいて、何かの実や草を採取していた。
霧も発生していて、視界がとても悪い。
「アルクス、あれは何を集めているのかってわかる?」
「草の方は薬草だね、傷薬の材料になるやつだよ。この辺りのは品質が良さそうだね。
あの実は普通に食べると美味しいけど、衰弱した時とかの体力回復に役立つよ。
余裕があったら集めておくと良いかもね。」
そう言うとアリシアは歩きながらいそいそとそこら中の実や草を集め始めた。
「アルクス、ここは龍脈は通っているのか?」
「ちょっと待って、見てみるよ。」
今までの道は龍脈が通っていたけど、バルトロ兄さんに指摘されて森の中がどうなっているかを調べることにした。
「あれっ?」
龍脈は繋がっているものの、不自然にくねくねと蛇行している。
そして突然龍脈が切れているように見える。
「アリシア、ちょっと止まって!」
そう言った瞬間に目の前を歩いていたアリシアが突然消えた。
「大丈夫か!?」
「バルトロ兄さん、ちょっと止まって。アリシアが消えたちょうどここで龍脈が途切れているんだ。霧でよく見えないけどもしかしたら別の場所に繋がっているのかもしれない。」
「なら一緒に行けば良いだろう。アルクス手を繋いではぐれないようにするぞ。」
そう言ってバルトロ兄さんに手を掴まれて、一歩踏み出した。
すると目の前に、1人で狼狽えているアリシアの姿があった。
「アルクスー、兄さんー、どこ行ったのー…」
視界が悪い状況で座り込んで助けを求めていた。
「アリシア、大丈夫!?」
「アルクス…!」
アリシアは僕を見つけると走ってきて抱きついてきた。
「良かった、無事だったみたいだね。」
「急に誰もいなくなって、周りは霧で何も見えなくて…」
「その場を動かずにじっとしていたわけだね。この視界の中ではそれが正解だったよ。」
アリシアは少し涙目になっていた。
いつも複数人でいることが多かったし、急に1人になって心細かったんだろう。
アリシアも見つかったことで、落ち着いて周囲を見渡すと今来た場所で龍脈が途切れていて、そこからは森の奥の方らしき方角に繋がっていた。
「どうやらあそこが境界になっているみたいだね。この森の中は何だか龍脈がおかしいんだけど、途切れているところを一歩越えるとどうやら森の中の別の場所に飛ばされるらしい。」
3人で境界を越えると元いたらしき場所に戻り、周囲にいた探索者達が急に僕達が現れたことに驚いていた。
探索者達にはここを越えると別の場所に飛ばされることを教え、他の場所で採取することを勧めておいた。
「多分ここを超えた後に、無闇矢鱈に動いて皆迷っているんだと思う。
とりあえず龍脈沿いに行けば森の奥に行けるだろうから、離れないようにして進もう。
幸いまだ強力な魔獣も出てきていないし、可能な限り奥へ進もう。」
何度か境界を超えて少しずつ森の奥へと進んで行った。
「これって帰ることできるのかな?」
「龍王様に会うことが目的だし、南に帰ることは考えずに北に抜けてしまえば良いんじゃないかな。」
「それもそっか。」
アリシアは先程1人飛ばされたことが忘れられないのか、僕の服の端を掴みながら歩いている。
境界を超えて目の前が開けたと思ったら、森に入る前にいたテルミヌスの北門の目の前に立っていた。
想像していたのと違ったため、3人であっけにとられていると、門番が笑いながら近づいてきた。
『お前さん達、森に化かされたみたいだな!だが見たところそんなに長いこと彷徨ったわけじゃなさそうだな。どういう仕組みかはわからんが、たまにあるんだ。あんまり奥に行こうとすると森の入り口に戻されるらしい。奥へ進むのもいいが、ほどほどにしておけよ?』
どうやら振り出しに戻ってしまったらしい、どうやって奥に進むのかを別に考える必要がありそうだ。
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