第48話 突入

翌日

 明るい内に準備を整えていると、あっという間に暗くなってきた。

 

「昨晩侵入者があった割に、領主館の周囲はいつも通りだったね。」

 警備が厳重になっているかと思っていたが、そうでもなかった。


「私は直接見られたわけじゃないから、もしかしたら何が起きたのかわかってないのかも?」

「流石にそんなことはないだろう。警備を割くだけの余裕がないのかもしれない。」

「それなら好都合だね。他の拠点に応援を呼ばれたりする前に片付けよう。

 確認だけど、今日の目的は3つ。

 1.組織の研究している資料を集める

 2.資料を解読して、捕まっている不授の人達を助ける

 3.メテンプスの支部を潰して、この街の不安を取り除く

 一番大事なのは2つ目だけど、順番に進めていくことになると思う。」

「わかった。」「わかったわ。」

「じゃあ行こう。」


 宿を出た後は暗がりに紛れて、領主館の周辺まで人に会わないように向かっていった。

 塀を乗り越えた後、アリシアに先導されて地下室への入り口に近づく。


「昨日と同じ程度の警備具合だから、状況は変わってないね。」

「こんなにブラッディウルフがここで飼われてるとは…」

「気付かれる前に早く地下へ向かおう。俺が盾になるから何かあったら強行突破だな。」

 

 バルトロ兄さんの頼もしい一言の後、アリシアが藪の中を突いて地下室への扉を開けた。


 地下に降りると少しだけひんやりとした空気が流れていた。

 気付かれないように静かに歩き、昨日アリシアが見つけた捕まっている不授の人達が集められている部屋へと向かった。

 

 「これは…」

 「皆瓶の中に入っているな。どういう状況なんだ?

 「とりあえず研究に関連した資料を集めて読んでみたい。アリシア、どこにあるかわかるかな?」

 「紙の資料なら昨日この辺りで見つけたけど…」


そう言ってアリシアは部屋の中の一角へと向かい、書類を探し始めた。

 「はい、アルクス。多分これじゃないかな?」

 「ありがとう。どれどれ。」


 研究資料を確認したところ、4種類の資料を見つけることができた。

 ・魔獣の制御実験

 ・魔獣の合成実験

 ・人工ラピスの制作法

 ・人工ラピスの移植実験


 「何だか危険なことばかりやってるみたいだね。」

 「どう、この人達助けられそう?」

 「人工ラピスの移植がまだ行われていないなら大丈夫かな。

  実験の記録を見ると移植をされた人達は暴走するかショック死するかって結果しかないみたいだけど、ここの人達はまだ移植前で眠らされているだけみたいだから。」

 「良かった。じゃあ助けた後の逃げ道を確保しないといけないし、この建物の中にいる組織のメンバーはやっつけないとね。」

 「そうだな。外にはブラッディウルフもいるし、前と後から襲われたら助けられなくなる。」

  

 アリシアが急に壁を触り出したと思ったら扉が空いた。

 「昨日見つけた隠し通路だよ。ここを行こう。」


 隠し通路に入り、中を進む。

 足元を照らしてみると足跡は1つだけで昨日のアリシアの後に人が入った形跡はなさそうだった。

  

 「埃も積もってるし、組織の人達も知らない道なのかな。」

 「それだけ前から使われてるってことか。」

 「この街もいつからあるのかわからないが、人知れず実験が続いていたんだな。」

 「あ、明かりが漏れている。中の様子を探ってみようか。」


 壁に顔を寄せ、3人とも聞き耳を立てた。


 『今日の実験予定は?』

 『人間と魔獣の合成実験と人工ラピスの移植実験ですよ。

  魔獣なら既に魔術を使う下地がありますし、安定するのではないかという仮説の実証になります。』

 『早く成果を出して、本部に移りたいものだな。』


 どうやらこれから実験を行う予定らしい。

 捉えられている人達を助けるためにも止めるしかないか。


 2人を見ると頷き、突入の準備はできているとの合図が返ってきた。


 バルトロ兄さんが龍気を込めた一撃で壁を崩し、部屋の中へと雪崩れ込んだ。

 組織のメンバーは突然の出来事に驚いたのか驚愕した表情で固まっている。


 1人が奥へ逃げ、1人が口を開いた。


 『お前らは街にやってきた、不授の探索者だな。

  何の目的でやってきたかは知らないが、良い実験台になりそうだと思っていたんだ。

  そっちからやってきてくれるとはな。』

 

 『なんで不授の人達にこんなひどいことができるんだ!』


 『不授の人?神々からラピスを授からなかった者が人間だなんて烏滸がましい。

  我々が世界を征服するための糧でしかないのだから。』


 『アルクス、話が通じないし何を言っても無駄だよ。早くやっつけちゃお。』


 『腕には自信があるようだが、こちらには我々が完全に制御している人工魔獣ベスティアがいるのだよ。』

  

 奥に逃げ込んでいた1人が一匹の大きなブラッディウルフを連れてきた。

 今度は頭が3つもある。


 「何だかいつものブラッディウルフよりも大きくない?」

 「あぁ、マッドボアと同じかそれ以上はあるんじゃないか?」


 『ふふ、どうやら恐怖で動けないようだな。

  この部屋にあるものは壊して構わん。行けベスティアよ!』


 ベスティアは3つの大きな口で噛み付いて来たが、バルトロ兄さんが龍気の盾で受け止める。

 「これくらいなら余裕だな。」


 何度も噛み付くも全て弾かれ怒っているのがわかる。

 その時左右の頭が息を吸い出した。


 「危ない、炎だ!」


 右の頭から眩い炎、左の頭からは凍てつく吹雪を吹き出した。

 『はっはっは、愚か者達が我らに楯突くからだ。だが死んでしまっては実験に使えないな…』


 組織のメンバーは様子が見えていないのか高笑いをしていた。


 「大丈夫、兄さん!?」

 「あぁ、この前はちょっと熱にやられたが龍気の盾ならそれも平気なみたいだ。」

 龍気を使ったバルトロ兄さんの盾は熱や寒さも通さないらしい。


 「じゃあ今度はこっちの番だ。喰らえ!」

 ブレスに集中しているベスティアの横に回り込み、後ろ脚に斬りつけた。

 痛みには慣れていないのか悶絶していた。


 「隙あり!」

 アリシアが目に短剣を投げつけ、口の中に何かを放り込むと爆発が起きた。


 3つあった頭のうち、2つがなくなってしまったベスティアは恐怖に怯え、這いずりながら部屋から逃げようとしている。


 『そ、そんなベスティアが…』


 魔獣の敗北により動かなくなった組織のメンバーを縛り上げた。

 「あれ、3人いなかったっけ?」

 「2人しかいないな。逃げたんじゃないか?」

 「とりあえず捕まっている人達を助けよう。」


 瓶の中に入っている捕まっている人達を助けだし、大体の意識が戻ったところで外に出ることにした。


 「こんなところなくなった方が良いよね。ナトゥお願い。」

 「マカセトケ」

 

 大量に生まれてきた土によって施設は埋もれてしまった。


 「外にはブラッディウルフがいっぱいいるから気をつけないとね。」

 『みなさんは僕達の後ろについて来てください。』

 『俺の盾の後ろにいれば安全だ!』

 助けた人達は静かに頷いて着いてきた。


 外に出て警戒するもブラッディウルフは全く見当たらなかった。


 注意しつつ進むとそこには1人の研究員の亡骸があった。


 「これは逃げたやつじゃないか?」

 「そうみたいだね。手元に何か魔道具を持っているみたいだけど壊れたのかな。」

 「魔獣の制御をしてたとか?」

 「そうかもね、とりあえずもらっておこうか。」


 ブラッディウルフは領主館の庭から抜け出して、街の外へ帰っていったという結論になった。

 街中に被害は出ていなそうで良かった。


 その後、領主館の中に入り助けた人達と今後をどうするかを相談した。

 『皆さんこの後はどうしますか?この街はメテンプスという組織の実験場として仮初めの平和が与えられていました。

  この街の組織の研究施設は潰れたため、実験場として使われることはないでしょう。

  ですが統治者がいなくなったことで今までの平和を享受することはできないかもしれません。

  北の方に不授の村があるという話を聞きました。

  もし新天地にて新しく生活を始めたいという方がいましたら、そこまで案内・護衛しますがいかがでしょうか。』

 

 皆不安な様子でどうしたら良いかなかなか考えがまとまらない様子だった。


 『とりあえず一晩考えてください。幸いこの建物は無事ですし、ここで過ごしてください。』

 

 領主館にあった食べ物を振る舞い、各自空いている部屋で眠るように促した。


 「皆不授の村に行くと思う?」

 「どうだろうな、住み慣れた街に残る人の方が多そうだが。」

 「なかなか環境を変えられないよね。でも不授だけになったこの街がそのまま維持できるかは怪しいけれど。」

 「冒険するには勇気がいるもんね。」

 

 明日、皆はどんな決断をするだろうか。

 


 翌朝

  組織から助け出した約50人のうち、半数以上が残ることを選択し、10数名は不授の村へ行くことを選択した。

  

 『では向かいましょうか。残る皆さんもお気をつけて。

  できることなら街にいる方にも何が起きたのかを伝えて下さい。』

 『あぁ、わかったありがとう。

  これからどうなるかわからないが、もし街を出る者がいたら北の村を勧めておくよ。』

  

  領主館はそのまま残し、残った人達は街の住人と相談して、なんとか街を維持できないか努力するらしい。


 『では行きましょうか。』

  複数台の馬車で門から街を出て旅立った。

  門番の方々からは何故と不思議がられたが、気をつけてと送り出してくれた。


  来る前は幸せそうに見えた街だったが、実態はメテンプスが裏で操っている実験場だったとは悲しい話だった。

  おそらく何が起きたのかを知らないまま過ごしている幸せな住人も多いだろう。

  この後どうなるかはわからないが、彼らが今まで通り幸せに暮らせることを祈ろう。

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