第16話 勝抜
アルクス達が訓練を重ねると月日が経つのはあっという間であり、ついにチーム戦の演習当日がやってきた。
「今日まで訓練してきて完璧とは言わないけどみんな基本的な立ち回りはできるようになったと思う。今回の演習では訓練したことをどれだけ守って戦えるかどうかが重要だと思う。自分達の独自性を出すにはまだまだ訓練不足だから、できたこととできなかったことを後で振り返るようにしたいと思う。じゃあ訓練でやってことを最大限できるように頑張ろう!」
アルクスは勉強会の仲間達と演習前最後の訓練を終えたところだった。
皆自分の役割に合わせて最低限の動きはできるようになっていた。
「こんな動き方があるなんて知らなかったから最初はとまどったし、チーム戦も最初は全然勝てなかったけど、この数日は割と上手くいってた気がするわ!」
「そうだね、こう動けば敵の攻撃をうまく受けられるとかわかってきた気がする。」
「私も敵の隙を見つけるのが少しは上手になったかしら。」
「クレディスがちゃんと攻撃を受けてくれるとこっちが攻撃しやすかったぜ!」
「私もクラウディアが作ってくれた隙を狙い撃つと当たりやすかったかも!」
アルクスの仲間達はアルクスの指導による成長を実感している様子であった。
そして他のチームもアルクス達との訓練を通して、成長していた。
「俺達第一学年の力を見せてやろうぜ!」
「だけど、先輩達も出てくるんだよね。勝てるかな…」
「やるだけやるっきゃないさ!」
やる気のある者、不安になる者など皆様々な思いを胸に、チーム戦の演習の時が来た。
訓練場に第一学年及び第二学年の学生が集まり、ムスク教官が演習の概要を説明した。
「諸君も知っての通り、今回の演習は16チームによるチーム対抗の勝ち抜き形式である。
チームの条件としては5人と伝えてあるように、チームメンバーが5人に満たないチームは今回は不参加となり、別の演習を用意してある。
勝ち抜き戦上位のチームにはちょっとした報酬を用意しているから頑張って欲しい。」
今回の演習に参加している第二学年の学生は基本的にまだ選別の儀を受けることができていないため、魔術を使ってくるというわけではなかったが、学年が違うだけあってアルクス達第一学年の面々より肉体的には成長している様子であった。
「では第1試合は第一学年アルクスチーム、同じく第一学年ハペオーチーム。両チーム舞台中央へ。」
アルクス達の初戦の相手は以前助けた3人組、ハベオー、カレオー、クーオーのいるチームだった。
「早速我らが英雄と戦う機会をいただけるとは僥倖!この前の御恩を胸に成長した我々の力を見ていただきます!行くぞ、みんな!」
「「「「おぅ!!」」」」
3人は改心後も定期的にムスク教官に指導をされていた。
「それでは試合開始!」
ムスク教官の指導としては特に魔獣を相手にした場合の戦術が多く、基本的には一点集中による各個撃破が主だった。
ハペオー達のチームは全員が前衛でだったため、クレディスを1人だけ前方に配置することで全員がクレディスに集中して向かってきた。
クレディスは大盾を構え、5人全員の攻撃を受け止めた。
「これならなんとか持ち堪えられる…」
クレディスが5人の攻撃を防いでいる間にアルクスは訓練した通りの指示を出した。
ヘレナが矢を射ることで意識を逸らし、その間に背後に回ったアルクス・リディウス・クラウディアの3人が死角から1人ずつ攻撃して場外へと落とし、残った2人はこれでは敵わないと降参した。
「さすが我らが英雄!チームでの戦い方、学ばせていただきました!
俺達の分まで勝ってください!応援してます!」
負け方もとても爽やかで以前の彼らとはすっかり別人であることを再度認識させられたのであった。
その後も試合は続き、アルクス達の2戦目は第二学年のチームだった。
「では次は第一学年アルクスチーム、第二学年ラピドチーム。両チーム舞台中央へ。」
「第一学年が相手ですか。第一学年同士の前の試合とは違い、我ら第二学年の力というものをお見せしましょう。我々の速さ、見切れるでしょうか?」
第二学年の先輩方はアルクス達第一学年のことを完全に下に見ている様子であった。
選別の儀を受けていないにしても一年間の訓練で培った力は馬鹿にはできないということはアルクス達全員が理解していることだった。
「それでは試合開始!」
第二学年チームは開始と同時に散開して、走りながらヒット&アウェイの立ち回りが基本でどこから攻撃していくのかがわかりにくく、クレディスが前に出て攻撃を受けようとしても他に向かって攻撃をしてくるため、アルクス達は翻弄されていた。
幸いなことに速さに重きを置いているためか、攻撃は軽くなんとか持ち堪えることができていた。
このままでは何も出来ずに負けると思ったアルクスはクレディスに耳打ちをした。
クレディスは頷いた後、大声で叫んだ。
「先輩方の攻撃はそんなもんですか!これじゃあ痛くも痒くもないですよ!」
少しわざとらしい感じもあったものの、年下に馬鹿にされたと思い2人ほど本気で攻撃をしてきた。
ここぞとばかりにクレディスが受け止め、動きが止まった隙にアルクスとリディウスが後頭部を叩き気絶させた。
「なかなかやる様子ですね。まんまと罠にかかったそこの間抜け2人がいなくても、我々の速さにはついてこれないでしょう!」
先輩の負け惜しみとも聞こえる台詞の後、攻撃の手数が減ったため、基本を忠実に守ることでクレディスが受けられる機会も増えてきた。
クレディスがしっかりと受けることで残りのメンバーが少しずつ攻撃を当てられる様になり、1人、また1人と敵を場外へと落とし、最後の1人を残すのみになった。
「降参だよ…我々が負けるとはね。今年の第一学年は豊作だと聞いていましたが、噂は本当だったようですね。これから先、勝ち続けられるかはわかりませんが、健闘を祈りますよ。」
最後の1人になった先輩は降参し、あっさりと負けを認めて去っていった。
試合後、アルクス達は第1試合の時と違い試合内容を振り返っていた。
「あんな戦い方があるとはね。」
「ちょっと動きが速くて、こちらが狙う暇がなかったわね。」
「どこから攻撃が来るかわからないと、盾で受けるのが難しかったよ。」
「動き回る敵に攻撃するのって難しいんだな…」
皆訓練の時にはなかった動きで苦戦した様子だった。
「戦いにくい敵の場合は基本を守りつつ、なんとか隙を見つけてそこから叩いていくしかないね。先輩方の攻撃だろうとクレディスはしっかり受けられていたし、どうやって敵の攻撃をクレディスに集めるかが僕達の戦術で重要な点だ。最悪、皆クレディスの背中に張り付くくらいでも良いのかもね。」
アルクスが今後の方針を伝えたところで、次の試合に呼び出された。
「では準決勝は第一学年アルクスチーム、第二学年スペクトチーム。両チーム舞台中央へ。」
「第一学年がここまで上がってくるとは、なかなかやるみたいだね。でもこれまでの戦いでお前達の戦術は完全に理解した。自分達と戦うことの辛さを教えてあげるよ!」
今度の先輩方はアルクス達と同じ戦術を用いると宣言した。
同じ戦術を用いた場合は各個人の実力差が影響するため、第二学年の上級生相手では苦戦することは必至であった。
「それでは試合開始!」
先輩方はアルクス達の過去の2戦をよく見ていて、立ち回りを模倣してきていた。
だが、前衛が大盾を構え受けの姿勢になっているため攻めて来なく、アルクス達も出方を伺っていたため、両チーム硬直してしまっていた。
このままでは埒が明かないと先に動き出したのはアルクス達だった。
まずはヘレナが後衛に向けて弓を射ると前衛の隙をついて、リディウスが速攻で後衛を1人場外へと落とした。
急拵えの戦術であるため、上手く対処が出来なかった様子で先輩方に動揺が走った。
「大丈夫だよ!こちらも同じ戦術で1人場外へ落とすよ!」
スペクト先輩がそう言うと他の先輩方も即座に動き始めたが、そこは練度の違いからクレディスが上手いこと受け止めて、逆に隙をついて1人、また1人と場外へ落としていった。
前衛の先輩とスペクト先輩の2人だけが残り降参となった。
「負けてしまったね。敗因は訓練不足かな。しかしこの戦術の理解が深まっただけでも良しとするか。次戦うことがあれば負けないよ!」
試合後、アルクス達は先程の試合内容を振り返っていた。
相手に観察され、模倣されるという今までにない経験に戸惑ったものの、もし自分達と戦うのならどう立ち回れば良いのかということをチームメンバー達は考えさせられていた。
今回の演習で勝ち抜いたことで今後同じ戦術を取るチームが出てくることは容易に想像できた。
「さっきの戦いではなんとか勝てたけど、僕達は実力が高い相手に同じ戦術を取られた場合は勝てない。今までの訓練では皆似た力量だったのであまり気にならなかったからね。
自分達の戦術の弱点としては前衛が上手く防御できないとそこから隙が生まれて陣形が崩されるところかな。もし今後敵が似たような戦術を使ってきたら、クレディスが相手の前衛を抑え込んでその間に速攻で相手の後衛を崩すとかかな。
決勝の相手もそういう立ち回りをしてくる可能性があるから、その時はこういう風に動こうと思う。」
アルクスが自分達の弱点を突かれた場合の立ち回りを皆に伝えた。
「なるほど、わかったわ!」
「俺は細かいこと考えなくて良さそうだな。」
「私の立ち回りは少し難しいわね…」
「お、俺頑張る…」
そうして皆が立ち回りを理解したところで、次の試合に呼び出された。
「決勝は第一学年アルクスチーム、第二学年フォルティスチーム。両チーム舞台中央へ。」
決勝戦は今回出場している第二学年の中でもトップの実力を持つと噂される、フォルティス先輩率いるチームが相手となった。
「君達第一学年から決勝まで進出する者がいるとは驚いたよ。
せっかくの決勝戦だ、僕達をがっかりさせないでおくれよ?」
第二学年のトップチームなだけあって、個人の能力はアルクス達と比較して頭一つ抜けていた。
長期戦になり、劣勢に陥る前に各個撃破をするしかないと決めアルクスがチームメンバーに指示を出した。
「キャァァァァー!」
これから試合だというところで訓練場の入り口の方から急に悲鳴が聞こえてきた。
「何事だ!」
ムスク教官の下に、頭から血を流した王国騎士団員の男が報告にやってきた。
「魔獣の襲来です、演習を中止して避難を...」
そう言い残すと団員の男は気を失い倒れてしまった。
「魔獣だって…?」
訓練場内でざわめきが起き始めるもムスク教官が響き渡る声で指示を出した。
「全員静かに!現時点を以てチーム演習を一時中止とする!
学園生は来場者の方を安全に避難誘導する様に!」
ムスク教官の指示により学園生は鎮まり、速やかに避難誘導を開始した。
「お、俺達はどうしよっか?」
「どうしよっかじゃないでしょ、避難しないと!」
リディウスが急な事態に動揺しているとヘレナから避難するよう指摘されていた。
「あのー」
その時、ムスク教官の補佐をしている女性が舞台に上がってきて、アルクスとフォルティスに気の抜けるような声で話しかけてきた。
「何かな?」
フォルティスは訝しげな表情で応答した。
「決勝はまた落ち着いたら開催する予定ですのでご安心ください。
あと演習参加のチームの皆様は魔獣防衛線の維持にご協力をお願いします。
協力しないチームは次回以降の演習は不参加となりますので。」
緊張感のない声であったが、学園生からすると断ることのできない要請であった。
「強制的に戦えってことだね。まぁ、僕達はそのつもりだったけど。」
「ここで他のチームに圧倒的な力を見せつけてやれってことだね。」
「前回とは違うってことを見せてやるぜ。」
特に第二学年の先輩方は前回の襲撃時に活躍する機会が無かったため、今度こそはとやる気を漲らせていた。
「では、こちらへ。」
そうして、演習参加チームのメンバーは城壁の方へと案内されていった。
その間に前回の襲撃の後から計画されていた魔獣襲来時の対応方法に決められた通りに来場者や学生の避難は順調に進んでいた。
「念には念を入れて、魔獣襲来まで想定していたことが功を奏したな。
魔獣を倒しきらないと被害は甚大になりそうだな…
しかしよりにもよって東方騎士団の主力部隊の遠征タイミングでやって来るとは...」
「現在東及び南側から襲撃をされています。南側は南方騎士団がいますので問題ありませんが、東側は現在西方・北方の部隊にも助力を要請しております。」
「うーむ、あいつら自分の持ち場以外は興味がないからな…
第二学年と第三学年の実力者達は前線に送り込んだからなんとか学生達で持ち堪えられると良いが…」
「前回のように大型の魔獣が出たら対処しきれないかもしれないですね...」
「うむ、だがまだ見ぬ敵に怯えるよりも、目の前の問題を1つずつ片付けていくしかないな。我々も向かうとしよう!」
「では私は各方面への報告がありますので失礼いたします。」
そうして各自、自分の役割を果たすべく戦場へと向かって行った。
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