第13話 激動のサリーシャ①

 カッポカッポ、カッポカッポ。


 目的地に近づくほど軽快な馬車の歩みと反比例するように、エレジオールの心は鉛のように重くなっていく。


 まだ馬車の中だと言うのにいつ用意したのか分からない地味な普段着に着替え、頭からすっぽりとフードを被って辺りを警戒している。


「ねえ、さっきからどうしたの?」


 明らかに挙動不審なエレジオールに、エミルが問いかけるが。


「……。」


 エレジオールは黙して語らず。


「そんなにサリーシャに行きたくないの?」


 こくり。


 言葉を発することなく頷くエレジオール。


「しょうがない、暫定政権の人たちに挨拶に行く時、宿で留守番する?」


 こくこくこくこく!!


 エレジオールはこれでもかと言うほど首を縦に振った。


「分かった、少し長い間待たせちゃうかもだけど、お留守番、頼むよ?」


 いつもの優しい声でエレジオールを気遣うエミルに、


「…ありがとう!!」


 ギリギリ聞こえるかどうかのか細い声で弱々しく返事をする。


「もうっ、いつものエリィらしくないぞっ!!」


 エミルが冗談めかしたその時。


「旧サリーシャ領に入りました。」


 セリスの声が前方から聞こえた。


「あと20分ほどで暫定政権本部のある首都ガルダに到着しますが、如何しましょう?」


「ガルダに着いたらまず宿に寄ろう。身支度も整えなきゃだし。」


「かしこまりました!では着き次第宿を探します。」


 かくて、一行はガルダの宿を目指す。


 △△△△


「リーダー!大変です!!」


 慌てた様子で駆け込んできた部下を、


「リーダーと呼ぶな、国王代理と呼べ!何度言ったら分かるんだ!!」


 サリーシャ国王代理、メイジェフが叱りつける。リーダーと呼ばれるのは嫌いではない。が、今はただの辺境を治めるだけの貴族でも、レジスタンスのリーダーでもなく、暫定とはいえれっきとした政権運営者である。部下には悪いが新しい呼び名に慣れてもらわねば。


「失礼しましたリーダー…じゃなかったメイジェフ国王代理!!至急お耳に入れたい事が…!!」


「…言ってみろ。」


「実は、最近噂の勇者一行が国王代理に謁見を求めてきているのですが、その中に怪しい女が混ざっているとか…」


「はい。見たところ普通の少女ですが、どうやら『エレジオール』と名乗っているそうで…」


「?!なんだと?!本人なのか?!」


 ガタン、という音を立て、思わず声を荒らげて立ち上がるメイジェフに、


「いえ、まだそこまでは…我々も直接顔を見た訳では無いですし、それにそもそも『エレジオール』の顔を知りませんし…。」


「それもそうか…。」


 メイジェフは落胆する。


「それで、勇者一行にはお会いになるので?」


「もちろんだ、やつは世界の命運を握る男…会っておいて損はあるまい。女の正体も気になるしな。」


「分かりました!!そのように手配致します。」


 そう言うと、部下の男は忙しそうに去っていった。


 ◇◇◇◇


 旧サリーシャ。魔法立国派が強い権力を持ちすぎたせいで行き過ぎた魔法開発費用の投資を繰り返し、挙句の果てに巨額の負債を回収不能になって財政破綻したサリーシャ王国の成れの果て、である。


 成れの果て、とはいえ腐りきった当時の王室を討ち果たした辺境伯が国王代理となり、国を立て直そうと必死に働いた結果、なんとか国として体面を保つくらいには持ち直したところだ。


 そんな旧サリーシャの首都、ガルダ。

 その中央からは少し外れた場所に今宵の宿を取った一行はエレジオールを宿に残し、国王代理の待つ王城跡を利用した要塞まで向かう。


 その道すがらで、エレジオールの名を聞いたような気がして、エミルはハッとする。


 しかも、何だか「悪女」だの「アバズレ」だの、印象のよろしくない感じが伝わってくる。


 エミルは深く聞かずにそっとその場を離れた。


「きっと同じ名前の違う人、だよね…。」


 そう自分に言い聞かせて、足を早めた。

 要塞は、もう目の前だ。


 ◇◇◇◇


 トントン。


 ドアをノックする。


「入りたまえ。」


 扉の向こうからの応答に、


「失礼致します!」


 エミル達は挨拶し、部屋へと入室した。


「君が世界を救う勇者と名高いエミル君か。噂は方々から聞いている。こんな不安定な国によくぞ来てくれた!」


「国王代理のお耳にも入っていたとは、光栄でございます。」


「いやいや、我々も嬉しいのだよ。君が来てくれた、ということは我々がこの国の政権運営者であると正式に認められたようなものだからね。」


 実際、勇者が正式に訪問したのは、その国のトップであるからであり、正式に魔王を倒すための協力や、後ろ盾を得る為でもある。


 つまり、勇者が正式に挨拶に来た=その国のトップと認められた、と言っても過言ではないのだ。


「時に、君の仲間に女性がいる、と聞いたが本当かね?」


「え?ええ、おりますが…それが何か?」


 街でのやり取りを思い出して警戒するエミル。嫌な予感がする。


「そうか。彼女の名は、なんという?」


「彼女の名前は…」


 エミルが少し言い淀んだその時。


「キューイ!!キューイ!!!!」


 聞き覚えのある、しかし今までにないほど緊迫感のある魔法生物の鳴き声が聞こえてきた!


「あれは…シェリィ??!」


 シェリィは確かエレジオールと一緒にいるはずだ。それなのにわざわざここに来て、あんな鳴き方をするなんて…!!


 ――エリィになんかあったんだ!!


 そう直感する。


「何事だ?!」


 困惑するメイジェフに、


「すみません、仲間に危機が迫っているようなので失礼します!!また後日ゆっくり!!」


 そう言いおくと、セリスを急かして要塞を出る。


「行くぞ!セリス!!」


「承知!!」


 かけ出す2人は、夕闇の中、宿へと走るのだった。


 ◇◇◇◇


 時を遡ること、しばし。


 宿の一室で、フードを外してくつろぐエレジオール。


「ふうぅ。」


 思わず大きめのため息が出る。


 扉も窓も鍵をかけたし、カーテンも閉まっている。

 さすがにずっと緊張しているのは疲れるのだ。


 外はちょうど黄昏時だろうか。

 することもなく待っていると、少々眠くなってきた。なんだか甘い香りが漂ってきて、余計に眠気を誘う――。


「シェリィ、私なんだか眠くなってきたわ…。」


 ふわぁぁ、と大きなあくびをするエレジオール。


「ちょっと待ってエリィ、この香り吸っちゃダメ!!」


「えーそんなこと今更言われても……」


 すぅすぅとあっという間に眠りにつくエレジオールの傍で、キューイキューイと必死に鳴くシェリィ。


 そこに、音もなく侵入者が現れた。


 侵入者は手際よくエレジオールを担ぐと、侵入してきたと思しき窓からやはり音も立てずに逃げ出そうとした。


 シェリィは侵入者の腕に噛みつき精一杯の抵抗をするも、


 ブォン!!


 すごい勢いで振り払われ、部屋の角に頭をぶつける。


「キュウぅぅぅぅ」


 そのまま気絶するシェリィを残し、侵入者はエレジオールを拐っていったのだった。


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