第5話

 液体がついたまま、服を着直す。彼の液体のついたところと、自分の液体の出るところ。そこだけが、じっとりと服を湿らせる。


「全部、裏は取れてるんですよね?」


「ああ。言い訳もできないぐらいにな」


「そうですか。そっか」


 彼。あきらめたような表情。


「なんで、詐欺師なんかやってるんだ。女も知らないのに」


「最初は、いい気になって女をはべらせてるやつらが痛い目を見ればいいと思って」


「ばかか」


「ええ。でも今は、違います」


「会社の裏金まで盗ってるからな。大悪党もいいところだ」


「金が欲しくて」


「なぜだ。なぜ金がいる。お前には必要のない代物だろうが」


「あなたに」


「あ?」


「あなたに。指輪を買おうと思って。高いやつを」


 指輪。わたしに。


「なんだお前。わたしのために盗ったってのか?」


「いつも抱かせてもらって。俺は幸せ者だから。せめて、告白したり、段階を踏むぐらいはと、思って。ばかでしたね俺。夜の相手でしかないのに。抱かれただけで、夢心地で」


 指輪のために。ここまでするのか。


「他には?」


「他?」


「指輪だけじゃないだろうが」


「いえ。指輪が目的です。ダイヤとかそういうのじゃなくて、普段使いができて、大きくなくて、いつでも外せて、重くなくて、あなたに合うものを。そうやって探したら、高いやつしかなくて」


「お前」


「でも、それのせいで捕まっちゃうんですよね。ばかだな俺」


 彼の笑顔。さびしそうな。表情。


「ありがとうございました。俺は、どうなるかな。死ぬのかな。あんまり痛くないのがいいなあ」


 こうなるのが、嫌だった。こうなりたくなかった。


「なんでお前なんだ」


「ごめんなさい。でも、詐欺師でよかったです。あなたに逢えた。それだけで」


 蹴っ飛ばした。彼が、ベッドに倒れる。


「お前はこれから、警察だ。くそが」


 倒れた彼の胸ぐらをつかんで。

 一度だけ。

 殴った。

 でも、手には彼の液体がついていて。ぬるっと頬を撫でただけだった。

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