手鎖をかけられる絵師
「ううっ……」
「やっぱり弾七さんだ!」
「おおっ、アンタ、上様か、会えて良かったぜ……」
「……これはどういう状況です?」
「よくぞ聞いてくれたな、爽ちゃん……」
「それは聞くでしょう……」
爽が呆れた目線を向ける。
「俺にも分からねえんだよ……朝一番に長崎について、町をウロウロとしていたら、サイン攻めに遭ってよ……」
「サイン攻め?」
「一応、当代きっての人気浮世絵師ですからね、この方……」
「そっか、単なるチャラ男じゃなかったっけ」
「散々な認識だな!」
弾七が葵と爽のやり取りにツッコミを入れる。爽が問う。
「失礼、それで?」
「ファンは大事にしないといけないからな、サインやら写真撮影に応じていたら、いきなりお役人たちに囲まれてよ……」
「ええ?」
「気が付いたらこれよ……」
弾七は自らの両手にかけられた鉄製の手錠を見せる。葵が戸惑う。
「て、手錠……本物初めて見た……」
「橙谷さん、ついに罪を犯してしまったのですね……」
「犯してねえよ! ついにってなんだ、ついにって!」
弾七が爽の言葉に反発する。葵が尋ねる。
「それじゃあ、なんで?」
「だから俺が聞きてえよ……!」
「ご説明しましょう……」
葵たちの側に、スーツ姿の男性が近寄ってくる。爽がはっと気が付く。
「貴方は……長崎奉行所の」
「伊達仁様、どうも……」
男性が頭を下げる。爽が尋ねる。
「これはどういうことなのでしょうか?」
「恐れ多くも、上様にご説明させていただきます……」
男性は葵に頭を下げながら、出来る限りの小声で説明を始める。
「は、はあ……」
「この長崎の地でこのような絵が出回っておりまして……」
「こ、これは……!」
男性から差し出された数枚の紙を見て、葵は驚く。爽が目を細める。
「美人画ですか? まるで写真のような出来栄え……」
「これらの絵が、大層な評判を呼んでいたのですが……」
「ですが?」
「この絵のモデルとなったと思われる女性たちから、抗議が殺到しておりまして……」
「抗議ですか?」
「はい。曰く、『自分たちを勝手に絵に描かれてとても迷惑している』と……」
「ほう……」
「奉行所としてもこれは捨て置けぬということで、絵の流出先を追いかけたところ……」
「人気浮世絵師であるこの方に行き着いたと……」
「そういうことです」
爽の発言に男性が頷く。弾七が抗議する。
「いや、おかしいだろ! まずは絵を売った店とかに当たれよ! 俺はなんの関わりもねえってことがすぐに分かるはずだ!」
「……とおっしゃっていますが?」
「確かに店側などからはなかなか尻尾が掴めなかったのですが……これほどの見事な出来栄えの絵を描ける者は天下広しといえども、そう多くはありません。そこに、この男が長崎の町に現れたという知らせ……点と点が繋がり、一つの線となりました」
「全然繋がってねえよ! ガバガバな推理じゃねえか!」
男性の説明に弾七が声を荒げる。男性が冷静に話す。
「現状、もっとも疑い深い容疑者であることは間違いありません」
「容疑の段階で手錠をかけんな!」
「弾七さん……」
葵が気の毒そうな顔で弾七を見つめる。
「や、やめろ! そんな顔で見るな! 俺じゃねえよ!」
「う~ん……」
「俺が信じられねえのかよ!」
「そうだね」
「即答⁉」
葵の答えに弾七が愕然とする。葵が男性に問う。
「どれくらいの罰になるんですか?」
「前例などから鑑みて……約五十日間このまま手錠をつけたままになるかと思われます」
「まさか牢屋に入るんですか?」
「いえいえ、そこまでではありません。自宅で謹慎……この者の場合は長崎在住ではありませんので、奉行所の方で預かるという形になるかと」
「そうですか」
「いや、そうですかじゃねえよ!」
弾七が叫ぶ。葵が微笑む。
「そこまで重い刑じゃないから良いんじゃない?」
「良くねえよ!」
「これを良い薬として、今後は素行をあらためてくれれば……」
「薬にしてはキツいんだよ」
「良薬は口に苦しって言うし……」
「苦すぎる!」
弾七の騒ぎを横目に爽が呟く。
「……葵様の一声があれば、刑も軽減されるかもしれません……」
「そ、そうだ! 一声頼む!」
「う~ん……」
葵が腕を組む。
「悩むのかよ! 同じ将愉会のメンバーだろうが!」
「……」
葵がじっと弾七を見つめる。
「な、なんだよ……」
「本当に描いてないんですか?」
「⁉ そ、そうだ! そもそも描いていないんだよ! 身に覚えが全くねえ!」
「ふむ……」
葵が顎をさする。爽が尋ねる。
「葵様?」
「……私たちで捕まえよう」
「はい?」
「この写真のような絵を描いた人物をさ」
「よろしいのですか?」
「困っている弾七さんを放ってはおけないでしょ?」
「おお……持つべきものは上様だぜ……」
葵の言葉に弾七は感激する。
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