第574話

 帰ってきたニャイアーコーチにFK練習組の付き添いを引き継いだ俺は、『彼女』を探してジムへ向かった。

 普通に考えればフィジカル中心の今日の練習後そこにいる確率は低い。しかもFK練習組に付き合った後なので、もう引き上げているかもしれない。

 しかし『彼女』はまだそこにいた。


 彼女は下からの激しい振動に苦悶の表情を浮かべていた。一つの揺れに対して二つの豊かな膨らみが揺れ、トレーニング用の肌に張り付くウェアから今にも飛び出しそうになる。そしてその肌は汗に濡れ、怪しく光っていた。

「Oh……うっ……アハン! ……カモン! もっと激しくてもオーケーよ?」

 ツンカさんは艶めかしい声でそう求め、引き締まった太股で相手を挟み込み腰を押しつける。バランスを崩さないように身体を支える両腕によって胸がギュっと寄せられ、柔らかな胸の谷間が歪に歪んだ。

「そうは言っても……」

 しかしツンカさんに跨がられた男は弱々しい声を上げる。そんな羨ましい状況なのに……情けないヤツだ!

「俺の腰がもたないぴい!」

「もうちょい頑張れ! ジョバの開発が完了するまではスワッグが頼りだからさ!」

 俺はグリフォンへ叱咤と激励が混ざった声をかける。それを聞いて馬上? のエルフがぱぁ、と顔を上げた。

「ショー! どうしたの? 今からトレーニング?」

「ツンカさんお疲れさま! いえ、別件です」

 俺はそう言いながら近くの器具にかけてあった汗拭きをツンカさんへ、水筒をスワッグの方へ渡す。彼女たちは今、体幹を鍛えるトレーニングの真っ最中であった。

「何でも……良いけど……ジョバは早く完成しないぴよ?」

「オリバー君の件があるから慎重になってんだよ」

 スワッグが、こちらはぜんぜん色っぽくない喘ぎ声――しかし鳥もぜえぜえと言うんだな。まあグリフォンだからか――で訊ね、俺は諭すように答える。彼が言うジョバとはウクライナの英雄シェフチェンコ選手のあだ名ではなく、開発中のトレーニング機器である。

 その見た目はほぼロデオマシーンで、それに跨がり激しい揺れでも落とされないように踏ん張る事で体幹とバランス感覚を同時に鍛える事ができる代物だ。似通った名前の健康器具が日本にもあるが一応商標などを考慮し、あとできればシェバにあやかりたくてジョバと名付けた。開発が難航しているのはオリバー君が食堂で暴れた事件以降、ナリンさんによる安全性チェックが厳しくなっているからだ。

「ソーリー、スワッグ! ツンカがヘビーだからでしょ?」

「いやいや! ツンカちゃんの太股の感触は最高ぴい! だたちょっと休みが欲しいだけぴよ」

 スワッグの疲労を気に病んでかデイエルフが謝罪を口にし、グリフォンは紳士なのか変態なのか分からない慰めを言う。まあ正直なのだけは確かだ。

「確かに一つの部位を苛め過ぎても限界がありますから、スワッグが疲労したら別のパーツに移行するという手もありますね」

 俺は両者に向けてそう言いながらツンカさんの身体を見る。ウェアに覆われていないお臍の当たりは良く引き締まり、運動用のショートパンツから伸びる太股も程良く張りがある。パーツとかパンツいうよりパツンパツンだ。

 いや何を言っているんだ俺!?

「アイシー! 今度、ラビンさんに相談してみるね! でも今日はショーが来たからもうフィニッシュ」

 ツンカさんはそう言いながら最後に大きく全身、伸びをした。うん、やはりどうあってもパツンパツンなのは否めない。

「それでしたら後でちょっと教えて貰いたい事があるんですけど良いですか?」

「ホワット?」

 目を逸らしそう言う俺の顔を追尾し、ツンカさんが問う。

「詳細はツンカさんがシャワーを浴びてきてからで良いんですが……お店を紹介して欲しいんです!」



「もうショー! 危ないでしょ? ホールドミータイト!」

「いや、でも、あわわ……」

 ほぼ1時間後。俺とツンカさんはスワッグの背に乗り、シソッ湖の上を横切っていた。

「足の締め付けも弱くて危険ぴよ。ショーキチも体幹トレーニングした方が良いぴい!」

 スワッグからも注意の声が飛ぶ。

「割としてる方だよ! だから今すぐ行かなくても良いって言ったのに!」

 俺はそう言い返し恨み言も添えた。だがその声は弱々しく、暗くなっていく湖上の空に流れていく。

「いま向かっているから、こんなビューを見れるんじゃない! 見て、灯りが綺麗……」

 俺の前で形だけ手綱を握るツンカさん――恥ずかしい事だが、俺は相変わらず高所が苦手でグリフォンライドのタンデムでは後ろ専門だ。他の個体ならともかくスワッグなら、しがみついているだけで良いんだけど――が前方を眺めてそう言った。きっと王都は夜に向けてどの家屋も魔法の光を灯しつつあるのだろう。

 もっとも俺はそんな所を見る余裕はないし、エルフに遙かに劣る視力ではぼやっとしか見えないだろうが。

「ツンカの言ってた店は貴族区近くの赤いヤツで良かったぴよ?」

 と、上半分は鷲だが鳥目でないスワッグが目敏く目的地を視認し、ツンカさんに問うた。

「イエス! ただランディングはもっと手前でお願い!」

 そう答える彼女の声を聞きながら俺は現状から気を逸らし、数時間前の自分の選択を後悔していた……。

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