第559話
後半開始時にノートリアスは選手を交代してきた。DFを1枚減らし、FWを入れてきたのである。
「ミノタウロスですよね?」
「はい。ボシュウ選手っす」
俺は一番近くにいたアカリさんに聞く。このゴルルグ族に訊ねたのには訳がある。その母乳、もといボシュウ選手はミノタウロスにしてはやや細身の長身で、とても牛頭人身の種族とは思えなかったからだ。キリンと牛と山羊を足して三で割った感じか……あるいはヤクかもしれない。
「どういうヤク割を果たす選手ですか?」
「ポストプレイをするタイプだったと思いますけどー」
アカリさんはそう言いながらサオリさんがいるのと反対側へ首を傾げた。彼女がそうするのも当然だ。今はまだ同点で後半が始まる所である。パワープレイをしかけるタイミングではない筈だ。これがもっと残り時間が少なくなってどうしても点が欲しい状況なら、長身のCFへ向けてハイボールを入れまくってチャンスにかける、というやり方もあるだろうが。
「ああ見えて快速、とかでもないんですよね?」
「はい。背は高いっすけど牛さんの平均よりかなり遅いんでー。ミノタウソウ代表では出場経験がほっとんどないかなー」
スカウト担当のゴルルグ族はそう言いながら、もう片方の頭と一緒にメモの束を漁る。アナログだが魔法無効化フィールドが張られたスタジアムの中ではこういったモノに頼るしかないのだ。
『あ、アカリ! これ!』
「おーそれそれ! うん、3試合ほど後半から出て、自陣空中戦の勝率が8割って」
サオリさんがみつけたメモを見てサオリさんが読み上げる。
「自陣での空中戦ですか。守備固めですね」
俺はなんとなくボシュウ選手のプレイを思い浮かべて言う。長身FWも、セットプレイでは自陣に帰って守備に回る事が多い。特に相手に長身選手が多い時はかなり重宝する。ウチで言うヨンさんやリストさんがそれだな。
「だとすると更に謎だぞ……?」
俺はそう呟きながら、テクニカルエリアの最先端へ進んだ。
実際のプレイを目の当たりにすると、ボシュウ選手がミノタウロス代表であまり出場できなかった理由がありありと見えた。プレイが遅いのだ。
『かっかっか。オフサイドトラップの良い餌食じゃ!』
ジノリコーチも何か楽しそうに笑う。その目の前ではシャマーさんが強気に上げたDFラインの裏でボシュウ選手が取り残され、そのままパスを出してはオフサイドになると察したモーネさんが舌打ちしながらバックパスへ切り替える姿が見えた。
「まあ当然か……」
ドワーフほど油断してはいないが、俺もぼそりと呟く。ミノタウロスの選手は早さ強さを重視する。その中でも特に優れた者がFWとして選ばれチームの先頭に立つ。その場に選手時代のラビンさんやボシュウ選手のようなタイプの居場所は無いのだ。
「ボシュウ選手に何か、俺たちが気づいてない注意点があるか聞いて貰えますか?」
あとはいよいよ本命に聞くしかない。俺はナリンさんにお願いして、ザックコーチ――つまりここ数年、ミノタウロス代表チームを率いてきた監督――に質問して貰うことにした。
『うーむ……。頭の良い娘ではあるのだが……』
ナリンさんに話しかけられたザックコーチは腕を組みながらモウモウと唸り始めた。
だがそちらの話がまとまる前に、ピッチの上では試合が動きつつあった。
「ポリンちゃん後ろ!」
俺は無駄と知りつつも、後半になってこちらサイドへ来たポリンさんへ声をかける。アローズがノートリアスを押し込んだ状況でクリアボールを彼女がトラップしようと下のだが、その背後から例のボシュウ選手が身体を当てたのだ。
『痛っ……』
「え? ファウルなし!?」
ポリンさんとボシュウ選手はこのフィールド内でもっとも体格差のある2名だ。結果、未成年のエルフに向かって長身のミノタウロスが多い被さるような形になり、ポリンさんが押し倒されたのだが笛は鳴らなかった。
『拾いますわ!』
幸い、こちらのDFラインは十分に押し上げられていて距離も近かったので、ムルトさんが飛び出してボシュウ選手からボールを奪った。そのボールが後ろに戻されシャマーさん、パリスさんと右へ渡って行く間にポリンさんも立ち上がる。
「良かった……怪我は無いか」
その様子を見て俺は安堵のため息を漏らす。だがその安心は少々、気が早かったようだ。
何故ならそのあと何度も、ポリンさんとボシュウ選手が競り合うシーンが訪れたからだ。
「ショーキチ殿! これはどういう狙いでありますか!?」
異変に気づいたナリンさんがザックコーチの元から俺の方へやってきて問う。
「ちょっと待って下さい! 彼女がここで、彼女はこうだから……」
俺はナリンさんに詫びを入れて、作戦ボードの配置をピッチ上のモノと同一に修正する。
「先に聞いて良いですか? ナリンさん、今のノートリアスはこんな感じですよね?」
そして俺は修正後のフォーメーションを彼女に見せる。
「ええと……ええ、間違いないであります」
ナリンさんは素早くピッチとボード、両方に目をやり確認を終えて言った。
「やっぱりそうか。もう来たか……」
「何がでありますか?」
その言葉を聞いて呟くと、ナリンさんは心配の色を濃くして訊ねてきた。だが俺が口にした言葉は、彼女の不安を払拭できるものではなかった。
「オフサイドトラップ破り、ですよ」
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