第550話
『タッキでは前に起点ができん! リストを入れるべきじゃ』
『いや、運動量と守備の貢献ではヨンの方が……』
『今日のノートリアスはCBがオークのコンビっすから、タッキの方が相性は良いかなー的な?』
俺に近づく間もジノリコーチとザックコーチとアカリさんは議論を続けていた。
「どれどれ?」
ミノタウロス語は分からない――今はこの3名、ミノタウロス語で意志疎通しているようだ。やはりエルフ語とは感じが違う――ので、俺はジノリコーチが持つ作戦ボードを覗き込む。公にはこのドーワフ幼女がヘッドコーチであり、彼女がコーチ陣やアシスタントスタッフを束ねている……事になっている。実際は、他のみんながお守り気分だったとしても。
「ほえ? リストさんとヨンさんの2TOP? こりゃまた斬新な。え? 違う?」
俺はボード上で横に並ぶ18と15の数字を上にずらしながら言った。しかし彼女たちは一斉に首を横に振る。なんだが、外国で値段交渉をして現地の人と揉めている観光客の気分になってきたぞ。早くナリンさん来ないかな。
『いや、でも言われてみれば悪くないかもじゃぞ?』
『うむ。運動量が維持できて高さもついてくる』
『誰を下げるかだけは問題っすけど。いっそうちらの発案にしますー?』
ドワーフミノタウロスゴルルグ族連合軍は再び頭を寄せてダッシュドワーフが立ち牛と蛇がしゃがむ体勢だ――何か話し出した。コーチ陣だけを見れば今日のノートリアスよりアローズの方がよほど多国籍軍なんだよな。
あ、多国籍と言えばアカリさんはちょっと日本語いけるんじゃなかったっけ? スパイの嗜みとして。ちょっと聞いてみようかな?
「どうしたでありますか?」
「あ、ナリンさん! 何かがなかなか決まらないみたいで」
俺が動き出す前にやってきたナリンさんが質問し、揃ってモーモーミノミノ言い合っているコーチ陣の方を見た。それで何か察したらしく、ナリンさんが問いかける。
『今の議題は何ですか?』
『ヨンとリストの2TOPに変更してはどうか? と提案するつもりなんじゃが。誰と誰を下げるかが問題での』
『まあ! 中盤や守備の選手を入れるのではなく?』
『そうするとどうしても守りのメッセージを伝えてしまうからな』
ついにナリンさんもモーモー状態だ。こういう時にこちら側サイドラインか控えにルーナさんでもいれば、日本語で話せるのだが。或いはアリスさんがベンチに近い観客席にいないかな? でもあんな事があったら流石に帰っているか。
「ショーキチ殿! ジノリコーチ達はヨンとリストの2TOPにして、引かずに闘う事を提案したいそうであります。ただ誰を下げるかは結論が出ていないのでありますが……」
周囲を見渡す俺にナリンさんが議論の内容を伝えてきた。なるほど、やはりそっちだったのか。じゃあ俺の質問に首を振ったのは代わりに消える選手の事で揉めていたからかな?
「タッキさんは確定として、もう1名ですね。DFは削りたくないから、クエンさん以外のMFから選ぶしかないか」
俺はリーシャ、レイ、ポリンの3名の様子を見ながら呟く。この中で最も体力が無いのはポリンさんだ。単純な話、中盤の数が減る上にエルエルの運動量を失った状態では今後さらにスタミナを要求される事になる。その観点で言えば下げるのはこの右足の魔術師、という事になる。
しかしそうなると残るのはLRコンビで、この2名だと攻撃的過ぎるというかピッチにいてもそこまで守備はしてくれないだろう。そうなるとクエンさんの負担が大き過ぎる。
「リーシャさんで行きましょう。リストさんヨンさんの準備と、残る中盤3名への伝達をお願いします」
少し悩んだ末に、俺はナリンさんへそう告げた。彼女は頷くとザックコーチ達の元へ駆けて行く。
「リーシャさん、怒るだろうな」
前節に続いての途中交代、しかも今回は彼女に非や危険は無い。まあ彼女の場合はそれで不貞腐れる訳ではなく、怒りで発奮して次の試合で取り返そうと燃えるタイプだと思うが。
「あ! エルエルのケアをお願いする、という形で行くか?」
若手の中でもリーダー的存在である彼女が、エルエルを従え居残り練習している光景を思い出して俺は呟いた。既にマイラさんにお願いした後ではあるが、そこはもうリーシャさんと交代して彼女にはベンチへ戻って試合を見て貰おう。
「ナリンさん、ちょっと良いですか?」
「はい?」
俺はあちら側の話し合いが終わった頃を見計らって彼女に声をかけ、先ほどの思いつきプラスアルファを話した。
「確かにそれが良いであります! ショーキチ殿は選手想いでありますね!」
「もうナリンさん! すぐに俺を甘やかす~。やめて下さい!」
俺は笑顔で首を振り口では否定しながら、右手を何度か
「もっと! もっとちょうだい!」
みたいに手前に何度か引いた。
「失礼しました! ではその件も進めておくであります!」
「えっ?」
しかしナリンさんは俺に謝罪するとさっと踵を返す。しまった、ちょっと高度なコミュニケーション過ぎたか?
「ふふ、冗談であります! ショーキチ殿は愉快な人で、一緒にいて楽しいであります!」
と、あてが外れて悲しそうな顔をした俺に、振り返ったナリンさんがそう笑いかけた。
「ナリンさん!」
「ふふ! あ、遊んでいる場合ではありませんでした!」
彼女は最後にそう言い残して仕事へ戻った。うーん、弄ばれているな、俺……。
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