第536話

 モーネ選手の活躍はそれほど長く――それこそ過去の映像を軽くチェックした俺の記憶にも残らなかった程にしか――続かなかった。

 周囲『も』上手く使って攻撃を組み立てていた選手であったが、すぐに周囲『を』使う事に拘って終始、単調なプレイを繰り返すだけになってしまったのである。それだけに飽きたらず態度が横柄になり、周囲への要求ばかり大きくするようになっていた。

 ドリブルが得意な選手がパスの楽しさを覚えてしまって怖さが無くなってしまう、というのはたまにある。また権力や権威を与えられて、他者への共感性が失われてしまうのも組織ではあることだ。

 そういった際には周囲の選手やコーチがアドバイスをするべきだ。幸い、彼女には弟リュウという極めて話し易いコーチがいた。彼が助言をして上手くバランスをとってあげればそれで済む話だった。

 しかも彼はモーネ選手を中心とした戦術の発案者である。フィクションに出てくる戦術家は自分の作戦に拘りがあって、その欠点を認めなかったり

「バカな……こんな事はデータにない!」

と叫んで眼鏡にヒビが入ったりするものだが、実際はそうでもない。己が築き上げたシステムの弱点を一番知っているのは己自身だ。

 余談だがチームスポーツで新たな戦術が現れた時、それの破り方をもっとも熟知しているのはそのチームだったりする。特にアメフトなど攻守が分かれているスポーツは守備チームが攻撃チームの練習台になったりするので、良さも悪さも筒抜けだと言う。

 それはさておき。そんな事情からリュウさんがモーネ選手と良く話し合って、修正が行われるものだと誰もが思った。しかし彼は、有効な手を一つも打たなかった。

 打てなかった、ではない。打たなかったのだ。それどころかあれほど誰にも優しかったコーチが皆と距離を取り、居残り練習や個別相談にも応じなくなったのだ。

 練習では最低限の準備にだけ携わり、試合ではベンチの端に腰掛けてずっと相手チームを見る。姉とは時折ながく話し合う姿も見られたが、どうもサッカードウではない別の込み入った話をしている様だった。

 実のところ、モーネシステムの失敗よりも彼の豹変の方がチームに打撃を与えたのかもしれない。特に選手兼任であったダリオさんと、もう1名のコーチであるナリンさんは糸を切られた凧の様に支えを失い、戸惑う事となった。

 単純に業務が増えただけでなく、シーズン中に試合をしながら新たなシステムを構築していく作業を強いられたのである。うん、まあ残留争い常連のチームなどでは良くある事だけどね! 前の監督が解任されて、コーチが昇格してなんとかやっていくとか。

 ともかくそれでも大鉈を振るって、新たなやり方が整えられた。それが固く守ってカウンター、サイドを突破してクロス、詰まればカイヤさんの閃きにかける……という例の、俺が見たサッカードウの――新たなやり方と言ったが実際はエルフ代表のお家芸に戻った――姿であった。その中で姉と弟は幽霊の様に気配を失っていった。

 やがて、なんとか降格は逃れそうだ、となった終盤に姉弟はアローズを去った。行き先はノトジアである。どれだけチームに迷惑をかけ最後は透明な存在になっていたとしても、この後アンデッドとの戦いに身を投じるとあっては非難などできない。

 心にしこりを抱えたまま、アローズはモーネさんとリュウさんを英雄として送り出した。それから数年、姉弟はノートリアスの選手コーチとして活動する事は一度も無く、エルフ代表チームは停滞期を過ごす事となった。

 だがあの姉弟は――ノートリアスの登録制度上、認められた権利ではあるのだが――唐突に、不意打ちの様にやってきたのである。



「私はその頃に代表に入ったばかりでねー。そんなにサッカードウに集中してなかったけど、見ててもどかしかった記憶しかないなー」

 シャマーさんは語り終わってぐーっ、とノビをしながら言った。

「それはなかなか心労が耐えない状態だったでしょうね……お疲れさまです」

 話に集中しないと身体の一部がもどかしい感じになりそうだったので、俺はすぐに言葉を続けた。

「逆にその姉弟と被ってないのって、どの辺からですか?」

「リーシャとユイノはいたから。それより後ろだー。エルエルとかシノメくらいかなー?」

 どの辺、とはどの年齢ゾーンか? という意味の質問で、シャマーさんはその意図を読みとって少し考えてから言った。

「そうですか。じゃあラッキーな事に今回のスタメンにはそれほどいないか」

 俺はノートリアス戦の予定メンバーとチームの若年グループを思い出しながら呟く。俺が大洞穴から連れてきたナイトエルフ連中とシャマーさんの伝手で来たアイラさんムルトさんも当然、姉弟と関わりが無い筈だ。 

 ……となるとまあまあ影響は無いな。

「そうねー。タッキとリーシャは性格が性格だしユイノは今GKだしー。パリスくらいかなー」

 シャマーさんはやや心配性の右SBの名を挙げた。

「あー確かにパリスさんは気に病むタイプだ。でもその頃の推しってボナザさんじゃないかな?」

 俺はナリンさん情報で知ったパリスさんの推し変履歴を告げる。

「今はレイさんでその前がガニアさんで……うん、ボナザさんの頃の話ですよたぶん」

「そっか、パリスってそういうタイプだったねー。……私はずっと、ショーちゃん推しだよ?」

 シャマーさんはそう言って振り向き目を合わせお尻をグイ、と俺の股間に押しつけてきた! 心に推しを持つのは良いけど、お尻を押しつけるのは駄目だよ!

「あ、あ、あの、もしかしてですけど!」

 俺はシャマーさんの腰を掴んで持ち上げ、話の矛先と俺の矛先をなんとかしようとする。

「いやん、腰がくすぐったいー」

 だがシャマーさんはことさらに艶めかしい吐息を吐いた。まずい! えっと、えっと……

「そうだ! もしかしてだけど、リュウさんとナリンさんって……」

「自分がどうかしましたか?」

 そのとき起死回生で思いついた俺の質問に、シャマーさんではない声が答えた。

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