第528話

 儀式というモノは非常に緊張を強いる行事で、慣れない俺がそれに耐えるのにはかなりの努力を要した。正直、固く締めたネクタイ及び胸元が助けになったのは否めない。服装の乱れは心の乱れ、ならば服装の整いは心の整いだろう。

「ショーキチ監督、今日はありがとうございます……」

 式典後ご遺族のエルフ女性一名が涙ながらに語りかけてきた時も、俺はまだ何処も緩めていなかった。

「いえ、こちらこそ大事な式に参加させて頂けて光栄です。体調を崩されませんよう……」

 その女性は20代前半に見えたがエルフの例によって年齢は不詳だ。亡くなられた兵士さんの母か妻か、或いは他の縁者かは分からないが、俺はどのパターンでも問題ない返事を返す。

「息子はサッカードウのファンでした。まさか監督に出迎えて貰えるなんて……。むしろ私が来るより喜んでいるんじゃないかしら?」

 おっとお母さんだったか。しかも笑えないジョークを言うタイプの。俺はただ神妙な顔で首を横に振る。

「今シーズンは好調なんですよね? 息子の墓に優勝……の……ううっ、ごめんなさい!」

「いえ……お気になさらず……」

 言葉の途中で感情と涙腺が決壊したらしく、そのお母さんは言葉を詰まらせ俺の肩に頭を預けてきた。

「シーズンの最後にはきっと良い報告が出来るようにします。ええ」

 内心では優勝なんて簡単に口にできないよ! と思いつつも俺は別の言葉を口にしつつ女性の肩を撫でる。数分に感じたが一分以内だったかもしれない。

「すみません、長く引き留めて……失礼します」

 それでも終わりは来て、お母さんはもう一度俺に謝罪をしてその場を去っていった。自分の母親が泣く姿というものを俺は殆ど見た事がない。どうすればもっと慰められただろう? そう悩みながら俺は彼女の後ろ姿を見送った。

「監督、本日は本当にありがとう」

 ついで、終わりを辛抱強く待っていたノートリアスの将官さんが俺に声をかけてくる。

「いえ、こちらこそありがとうございます」

 俺もそちらを向いて深く頭を下げる。将官さんは男性のドワーフで恐らく儀仗兵とかそういう属性の方だ。

「『サッカードウの監督』という方がこういった式に参加してくれたのは、ここ50年ほどで初めての事だ。しかも貴方は最後まで服装や姿勢を崩さなかった。尊敬に値する」

 将官さんはそう言って俺の顔を見上げた。50年か……。そりゃそういうスパンだよな、ドワーフさんだしサッカードウ伝播以来だし。

 しかし服装を崩せなかったのはシャマーさんのつけたキスマークを隠す為でしかないし、それを言うなら遺体引き渡しの式典の最中も姿勢を乱さなかった儀仗兵の皆さんの方がよほど偉いと思うぞ……。

「それは過大なお褒め言葉ですよ。それにこの大陸で暮らす生命の一人として、皆さんへ経緯を払うのは当然の事です」

 なんだっけ地球の儀仗兵だと目の前でゴムチキンを鳴らされても子猫が走っても反応しない過酷な訓練とかするんだよな?

「しかもこの後、ウチのサッカードウチームもエスコートしてくれるのだろう? 貴方には感謝の念しかない。喜んでくれ、ノートリアスの半分はエルフ代表を応援するよ。非公式だがな」

 あれ待てよ子猫は軍用犬の方だっけ? と考える俺に小声で告げ、見える側だけでウインクをしてドワーフの将官さんは去っていった。入れ替わりにサッカードウチームの監督、ライリーさんがやってくる。ドワーフさんの気配りは彼女対策か。

「ショーキチ監督、本日は色々どうも」

 ライリー監督はもう少しフランクな感じで俺に挨拶をした。彼女は地球で言う西洋人で恐らく40歳くらいの見た目だ。外資系の気さくな上司、みたいな感じがする。

「ライリー監督! よくおいでになられました。みなさんも」

 今日もオールバックの髪型が決まっている監督、そしてその後ろに控えるノートリアスの選手たちに俺は声をかけた。

「ティア選手にナリンコーチもお揃いか。世話になるな」

 多種族を率いる人間女性は俺の背後の2名に目をやり、そちらにも声をかける。流石の目敏さだ。

「こちらこそ宜しくお願いします」

「任せてくれ!」

 礼儀正しく頭を下げるコーチに、威勢の良い右SBが続く。ティアさんのその態度で、ご遺族や儀仗兵の皆さんが儀式用の間からほぼいなくなっているのに気づいた。

「移動に儀式に、監督も選手の皆さんもお疲れでしょう。ティアさん、早速で悪いですがご案内を」

「おうよ! ほら、こっちだ!」

 スーツ姿に青い髪のエルフはニヤリと笑うと腕を振って歩き出す。その後を、敬礼したライリー監督やノートリアスの選手やコーチ達が続く。なお集団の中には当然、エルフの姿も何名かいて、ナリンさんやシャマーさんに目配せをして去って行った。

「(バチッ、て言ってなかったか!?)」

 交差する視線に意味ありげなモノを感じて俺は心の中で呟く。一般的に言って男は女性間の空気を察する能力が低い。だが俺は一応、女性だらけのコールセンターでSVをしていたし現在進行形で女子チームの監督だ。世間の男性平均よりは遙かに鋭敏だ、と思う。

 それに何より、今のはあからさま過ぎた。

「木島君は百合か、それ以外か? って雑なロジックで判定してたっけな……」

 聞かれても意味不明だろうし今度のは口に出して言う。木島君とは帝京高校などで活躍したドリブラーではなく、俺の高校時代の友人の事だ。彼は女性同士の関係が大好きで、百合判定がガバガバなので有名だった。俗に

「キジマタワーはキマシタワーの三倍の頻度て建つ」

と言われていたものだ。

「ショーキチ殿。準備ができたようですよ」

 さっきの殺気を微塵も残していないナリンさんが俺に呼びかける。彼女の言う通り、大荷物を載せた荷馬車を引いた兵士さんたちが側に近づきつつあった。いくつかはビーチサッカー用の砂であり、いくつかは解剖用のご遺体だ。

「了解です。ナリンさんシャマーさん、お願いします」

 俺は諸々の雑念を一度余所へやり、荷馬車と兵士さんの群に近寄って行った……。

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