第526話

 音と同時にステフの懐から飛び出したのは小さなロケットだった。火花を散らして飛ぶ方ではなく、首飾りの一種で蓋があって何かがしまえる方の。

「わーっ、待てまて!」

 ダスクエルフは慌ててその装飾品を掴もうとする。何だ? 見られたら困る絵とか魔法の映像でも隠していたのか? と少し興味を持った俺の前でその蓋が開き、中から半透明の男が飛び出して2mくらいの大きさになって仁王立ちする。

『ぐおぉぉ!』

「あ、いて!」

 その男は伸ばされたステフの手を振り払い勇ましく吠えた。が、それだけにおさまらず、その太い腕を振り回して更にテーブルの小皿や椅子を弾き飛ばす!

「危ない、みんな下がって!」

 俺はなんとか冷静さを保ちつつ叫ぶ。既に同じテーブルにいたスワッグやノゾノゾさんは席を立ち避難している。むしろ何事かと近寄ってきた選手達――夕飯時なのでもちろんたくさんいる――が怪我をしないか心配しての事だ。

「ショーキチ殿も下がって!」

「何だいこれは!」

 ナリンさんとニャイアーコーチも側に駆け寄ってくる。そう、選手だけでなくコーチ陣もいるのだ。

「分かりません! ステフ、説明を……うわっ!」

 先ほどやりとりで尻餅をついた彼女へ近づこうとした俺は、しかし謎の男のパンチが飛んできたのでメイウェザーの様に肩で受け流しつつ一度、退いた。

「むむ!? 見たか? ニャリン?」

「ええ、ショーキチ殿、格好良いです!」

 前半はニャイアーコーチへ、後半は俺に向けてナリンさんが言う。そりゃどうも! タッキさんとの格闘技の練習が生きたな!

「そうじゃニャくて……」

「ショーキチもみんなも落ち着け! 近寄ったり何か飛ばしたりさえしなければこいつは無害だから!」

 そこでようやくステフが立ち上がり、皆へ向けて叫んだ。

「そうか! それでも念の為に皆は動かないで……ってあれ? もしかしてこれって?」

 俺は全員へ注意喚起をしつつも、ある事を思い出して問う。

「俺が発注した……」

「そう、『オリバー君』だ! 調整途中だけどな!」


 周辺に近づく敵を自動的に攻撃し主人を守る魔法生物、というものがしばしばファンタジー世界には存在する。なんちゃらガーディアンだったりゴーレムだったり。ステフがロケットに封じていたのはそんな存在で、しかもこれは最悪の場合、所持者が意識を失っていても敵意を感知したら自動的に機動するタイプのモノだった。

 そんな代物を彼女が持っていたのには訳がある。俺に持たせる為? 残念ながらそうではない。そりゃ確かに俺は誘拐と監禁の経験者ではあるが。俺はそれをちょっと改造して、次回のスタジアムイベントで使うつもりだったのだ。


「『キックターゲット』ですか?」

「ええ。地球ではゲームセンターでもできたりするんですが」

 数分後。何とかオリバー君を停止し荒れた食堂を――コック長のラビンさんに優しく叱られながら――直した俺たちは、スタジアム演出部にナリンさんニャイアーコーチを加えて改めてテーブルを囲んでいた。

「ゴールの中に10枚程度のボードを並べて、限られた時間や回数シュートして、打ち抜いた数を競うゲームです」

 俺の説明に併せてスワッグが資料を取り出しナリンさん達へ見せる。こちらはまだ鞄から出してなかったので無事だ。テル&ビッド関係の書類はオリバー君が暴れた際に滅茶苦茶になったけどな!

「ほほう、これは面白そうだね」

 資料を眺めつつニャイアーコーチが呟く。彼女から好印象を引き出せるとは珍しい。

「ええ。ただそのままだと簡単過ぎるので……」

「ゴール前に邪魔者を置く事にしたんだぴい!」

 スワッグがそう言いながら新たな資料を開く。そこにはパネルの置かれたゴールと、その前に仁王立ちになるさっきの半透明の男、オリバー君のイラストが書いてあった。

「元は護衛用のマジックガーディアンとそれを収めたロケットなんだけどな! 攻撃力を減らしてGKっぽい動きを覚えさせて、敵意の代わりに飛来物に反応するように調整している途中だったんだ」

 ステフは懐にしまっていたそれを取り出し、手元でしっかり握りながら言った。もともと彼女は触れるだけでマジックアイテムを停止する能力を持っている。しかしマジックガーディアンとそのロケットは機能上、停止し難い設定になっていたらしい。

「なるほど。それであの時のパンチがそれっぽい動きだったんだね」

 魔法剣士の説明を聞いてGKコーチが頷く。あれ? もしかしてさっきニャイアーコーチが感心したのって俺のディフェンスじゃなくてオリバー君の動きの方?

「キックターゲットにはそれぞれのチームから選手1名が出て、抽選で選ばれたお客様と組んで対決する予定なんです。お子さんが選ばれるかもしれないから、くれぐれもさっきみたいな事が起きないように上手く調整してくれよ?」

「分かってるって!」

 少し残念な気分になった俺は後半、やや八つ当たりっぽくステフに言った。ちなみにオリバー君の名はもちろん、ドイツの伝説的なGKオリバー・カーン選手リスペクトである。

 彼はGKで唯一W杯MVPを取った名選手ではあるが手抜きできない性格であり、小さな子供たちが出場したチャリティイベントでその子供達のシュートを全て止め泣かせてしまったという逸話がある。そっちの悲劇も再現してしまってはいけない。

「それは分かりましたが……。ステフさん、先ほどはなぜ誤作動したんですか? 何も飛んで無かったですよね?」

 ずっと資料を読んでいたナリンさんが顔を上げて演出部部長に問う。

「今回は無事に済みましたが、万が一でもお子さんに危害が加えられる可能性があるなら、使わない方が良いのでは?」

 そう続けられた言葉は彼女にしては厳しい声だった。だがナリンさんの性格的には看過できない事象なんだろう。優しいな。

「あーそれはだな……」

「たぶん、心配ないよ!」

 やや口ごもりながらも説明しようとしたステフに横入りして、ノゾノゾさんが口を開いた。

「え? ノゾノゾさん理由、分かるんですか?」

 ずっと黙っていた彼女が急に口を開くとは驚きだ。実の所、ナリンさんと同じく子供に危険があるならいっそ辞めようと思っていた俺は気になって聞いてみた。

「うん! だってさっきは明確に敵意とか……殺意が来てたもん」

「ええ? そんなのありましたっけ?」

 テーブルの皆は何か察したように天井を見上げたりしているが、俺だけ分からずノゾノゾさんは何かニコニコしている。仲間外れか!

「分かんない? じゃあ教えてあげる!」

 そう言うとノゾノゾさんは伸ばされたスワッグの羽根をすり抜け、俺を抱きしめて言った。

「恋人同士がするみたいな事を、しよっ!」


『『ビーッ! ビーッ!』』


 再び、聞き覚えのある警告音が鳴り響きオリバー君が飛び出してきて、また惨劇が繰り返される事となるのであった……。


第二十九章:完

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